2 部室、去りし古を語り、釣れる禍神(2)
――さて、と長谷川は思う。
――そこが問題だ。
この部の部長こと有坂は黙々と本を読み続けている。
そう、問題は明らかにそこにあった。
といっても、部長に問題が有るわけではない。
有坂は長谷川より一年上の先輩だったし、他に長谷川と同学年の新谷亮月しか部員は在籍していない。
学年的に言って彼女が部長の責を負うのは当然だった。
問題は、それよりも上の概念――部自体にある。
長谷川の所属している部は、大した足跡もないこの学校の中でも群を抜いて歴史が浅く、創設わずか四日という輝かしい歴史を誇っている。これが問題の一個目だ。
しかも――といえるかどうかはわからないほど、些細な問題ではあるが、この四日というのは、土日をはさんでいるので実質的には今日を入れて二日だ。
つまるところ、この部は先週の金曜日に設立されたわけだ。
そのため、部室には長谷川の座っている中央の机と、有坂が座っている窓際の机以外のものは一切存在しないという、真に理に適ったモダンなレイアウトになっている。
部が出来た経緯も洒落ている。
一週間前のことである。
――おい、これに名前を書けよ。
昼休みの教室。プリントを左手にして長谷川に迫るのは、新谷亮月という名の少女である。
当然おいそれとは名前を書けない。何のプリントかと尋ねると、「部活動設立申請書」と彼女は言う。
長谷川は何の部かと更に尋ねる。
すると亮月は「気にしなくて良いから」と言う。
そんなわけにはいかない、と長谷川は強硬に抵抗する――が、その五分後には何故かそのプリントに名前を書いている自分の姿があった。
教室の周りの目も気になったのだ――と後で長谷川は自分の心に弁明する。
それに、そう簡単に部活動の申請が下りるわけが無い。
――その期待は儚くも消え失せた。
つまり先週の金曜日、亮月は有坂と長谷川をこの部屋に案内し
「今日から、これが私たちの部室ね」
などと、宣ったのだ。長谷川は思う。亮月はいったいどうやって根回しをしたのだろうか――と。
何はともあれ、部は出来てしまった。
断腸の思いで血涙を流しながら切歯扼腕して百歩譲り、そこまでは良いとしよう。
更なる問題は、この部が一体何をする部なのか、ということを長谷川には一切知らされていないことである。
そもそも部名すらわからない。
亮月に訊いても、「気にしなくて良い。部活の内容も、私が持ってくるから」などという曖昧な供述しか返ってこない。
下手をすると、部活ですらないのかもしれない。
大体、部というものは、同好会や愛好会などが何年かの実績を経て初めて部活動として認められるのだ、と聞いたことがある。
そう考えると、この部の存在自体が疑わしい。
長谷川は部屋にいるもう一人の部員、有坂未季を見る。
――この人は本当に部長なのだろうか。
そんな疑念も頭に浮かぶ。
有坂は依然として、難しそうな本を読んでいた。様子を見るに、彼女は一応この「部」と呼ばれている得体の知れない組織の全容を把握しているらしい。
聞いてみようかとも思うが、なかなかタイミングがつかめない。
――まあどうせ、いつかわかるだろう。
長谷川は半ば諦めに近い結論に至って思考をやめる。
――部活動にしろ同好会にしろ顧問がいるはずだし。