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《⭐︎》『お前を愛する事は無い』なんて言ってないでしょうね?


☆さらっと読めるショートショートです。


「『お前を愛する事は無い』なんて言ってないでしょうね?」


 伯爵夫人である母の私室に呼ばれた時から、用件は見当が付いていた。先週結婚したマリエッタとの夫婦関係だ。

 幸せなはずの新生活で、マリエッタは日に日に(しお)れていく。


「……言ったのね」

 成人後間も無く父に嫁いだ母は、三人の息子を育て上げた今も若々しく美しい。マリエッタとは対照的だ。

 結婚式の夜、薄暗い寝室で私から「お前を愛する事は無い」と言い渡されたマリエッタは、黙って(うつむ)くだけだった。

 親に命じられれば愛人のいる男に嫁がなければならないとは、貴族令嬢とは哀れなものだ……。


 優雅にティーカップを手にした母が、微笑んで僕を見る。

「マリエッタさんは立派な淑女よ。不埒(ふらち)な扱いは許しません」

 笑顔のまま厳しく言い放ち、お茶を口にした。きっと、ルイーゼの存在を知っているんだ。


「で、でも、マリエッタとは政略です。僕が愛するのは一人だけです」

「その愛を貫きたいのなら、最初から結婚しなければいいじゃないの。伯爵家を継ぐのはあなたじゃなくてもいいのよ。弟が二人もいるのだから」

「そんな!」

「あなたが結婚を了承した時点で、あの女との関係を終わらせるつもりなのだと思ったわ。それが、こんな中途半端などっちつかずの男だったなんて」

 酷い言われ方だ。

「……本当、旦那様にそっくり」


 

 父上には、身分の低い長年の愛人がいる。

 幼い頃は、愛人優先で自分に興味を持ってもらえないのが寂しかったが、ルイーゼを愛して分かった。身分違いのせいで、愛する者と結ばれる事が許されない悲しさを。



「……『時間をかければ、やがて愛が育つ』と言う人もいるけど、私からすればそんなの時間の無駄遣いだわ」

「僕もそう思います」

 僕の愛はルイーゼだけのものだ。

「だからね、マリエッタさんに他の人と子供を作ってもらって、それをあなたの子として育てるわ」

 は?


「な…、何を言ってるんです?」

「だって、娼婦が産んだあなたの血を引く子供と、マリエッタさんが産んだあなたの血を引かない子供だったら、マリエッタさんの子供の方が跡継ぎに相応しいわ」

「ルイーゼは娼婦では無い!」

「じゃあ、あなたから一度も金品を受け取らなかったと言える?」

「それは……」


「大丈夫よ、先日のお茶会で『息子がマリエッタさんを離さないから、マリエッタさん、毎日疲れてて大変そうなの』って言っておいたから、子供が出来たって父親が違う人だなんて誰も思わないわ」

「なっ! は、伯爵夫人が何てはしたない事を公言してるんです!」

「夫婦円満をアピールしてこその政略結婚よ」

 

 これが母の「社交」……。

 夫の庇護がないまま社交界に出ざるを得なかった母は、(あなど)られないよう、足を(すく)われないよう、見事に立ち回り、今では貴婦人たちの一派をまとめている。皆、夫に縛られない母の生き方に憧れるのだろう。

 そんな母なら、マリエッタが誰の子供を産んでも周りに不審など(いだ)かせないだろう。



「今すぐ選びなさい。愛人と別れてマリエッタと夫婦になるか、マリエッタを解放して彼女の好きな人と子供を作らせるか」

 母は僕の目を見据えて断言した。



 そうだ。愛人のいる男に嫁ぐよう言う家があるように、我が家だって決して甘い訳では無い。なぜ忘れていた。



「……そ、それでは伯爵家の血筋が!」

「元々あなたも伯爵家の血は引いてないもの、今更よ」

「………え?」


「私と旦那様も白い結婚よ。本当、血が繋がってないのに、あなたたちってそっくり」

 はくはくと声が出ない。あわててお茶を飲む。

「旦那様もね、結婚式の夜に『お前を愛する事は無い』って(おっしゃ)ったの。『私の愛を得られると思うな。私の愛はジュリアのものだ。お前はただ伯爵夫人としての役目を果たせ』ですって。困ってしまったわ。伯爵夫人の役目と言えば、後継者を産むことでしょう? 苦労したわ」


「……冗談……ですよね」

「ええ、冗談よ。貴族令嬢の矜持を甘く見ない方がいい、って言いたいだけ」



「さあ、どちらを選ぶの?」



 母は笑顔で紅茶を味わう。

 僕にはもう何の味もしなかった。



2024年8月29日 

日間総合ランキング4位になりました!

ありがとうございます!!


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