上州百両首
「お前、鎌太郎親分さんの友達なんだってなぁ。」
滅多に話をしないちっこいのは、主人にそう言われてびっくりした顔をして主人を見た。
「あー、あれ、この土地の親分さんだったのか。」
「よろしく頼むって言われたよ。」
「って言ってもなぁ、別に今までと変わらないだろ?」
「お前よく分かるなあ。その通り!負けもしなければ、なんの徳もねえ。」
「ハハハ。」
「ただ、お前は立派にこの芝居小屋のお客さんだから、堂々と観てていいんだからな。病気なんて気にするんじゃねえよ。側から見りゃお前はまともだよ。」
ちっこいのは主人の顔をじっとみて、
「かたじけない。」
と言った。
「お前はいつからお侍さんになったんだ!面白い奴だなぁ。」
ちっこいのは心の中で鎌太郎親分にありがとうと告げた。
そして好きな一座の芝居の幕が上がった。
演目は、ちっこいのの大好きな、上州百両首。
演目を聞いた途端に高鳴る鼓動。
ワクワクワクワク。
めちゃくちゃ期待を膨らませて見たそのお芝居は、
想像とは少し違っていた。
無かった。
大切なものがそこに無かった。
見たかった大切なものがない。
ちっこいのは少し寂しく思っていた。
あると信じていたその大切なもの。
口では表せない。
心でしか感じ取れない大切なもの。
ちっこいのはそれが見たかったのに。
形だけの中身のないそのお芝居を、
ちっこいのは大好きだとは言えずにいた。
ちっこいのの、大好きな上州百両首はそんなんじゃない。
ちっこいのの大好きな上州百両首は、
心温まる良いお芝居なんだ。
ちっこいのは少し寂しい気持ちで芝居小屋を後にした。
たった一言だけでもいい。たった一言、心のこもった台詞があったなら、心のこもった温かな眼差しがそこあったなら。ちっこいのが大好きなお芝居になったのになとそう思うのだった。