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猫の王国  作者: 青柳蒼枝
3/6

第3話「サビ猫と青い瞳のお父さん」

王国に転生してきた小さなサビ柄の仔猫と青い瞳のお父さん。

お父さんが大好きで、必死に想う健気な仔猫と、優しいお父さん。

そんな2人の物語です。

ここは猫の王国。

 私とお父さんはずっと前にこの王国に転生してきたの。

 お父さんはベッドの上で本を読んでる間、私はお父さんの膝の上で猫の姿で丸くなって寝る。

 猫の姿でいるおは、父さんが好きだっていうのと、そうするとお父さんのお膝で寝てられるし、体も撫でて貰えるから。

 私が住んでるのは、商店街から外れた、住宅街の隅っこの小さなお家。お父さんとの二人暮らし。

 本を読むお父さんの膝でノンビリ過ごすのが日課なの。

 コンコン! 

 あっ! お客さんが来たみたい。行かなくちゃ。

 私は今までベッドの上で本を読んでいたお父さんの膝から、飛び降りた。

 床に着くと猫から二足歩行の姿になって玄関に向かう。

 私の毛皮のお洋服はサビ柄。首にはお父さんが着けてくれた赤いリボンと小さな金色の鈴。似合ってるって、お父さんは褒めてくれるの。

「こんにちは~。ハチワレ宅配便です。お荷物をお届けいたしました」

 ドアを開けるとポニーテールが印象的な元気なお姉さんが居た。最近、王国に転生してきたみたい。

「こんにちは、チャビちゃん。元気?」

「はい。元気してます」

 私は、あんまり人間の言葉が上手じゃないの。だって猫の姿でもまだ生後五ヶ月くらいの子供なんだもん。

 でも、このお姉さんは笑ったりしない。何時も優しいの。

「荷物重いから、中に運んでもいい?」

「はい、お願いします」

 仔猫の私には、牛乳の瓶や玉子とかを冷蔵庫に入れるのはちょっと大変。重いし落としたら不安。だから何時もお姉さんに入れてもらってる。

「空の瓶は回収するわね。それと~、お父さんの読んだ本で図書館に返すのはある?」

「あります。あと、借りて欲しい本、リスト、ある」

 私はお父さんが読んだ本を渡すと、次に借りてきて欲しい本のリストと、お買い物のリストをお姉さんに渡す。

「よろしく、お願いします」

 私はお姉さんに頭を下げた。

「じゃあ、また明後日来るわね。頼まれた本が全部揃うかどうかは解らないってお父さんに伝えておいて」

「はい。お父さん、伝えます」

 お姉さんは私の頭を撫でると、手を振りながら自転車で帰っていった。

 一日置きに食べ物や日用品、お父さんが頼む本を届けてくれるお姉さん。お姉さんには植木屋さんをしている素敵な猫さんの恋人がいるらしい。

「お父さん。頼んだ本、届いた」

「ありがとうチャビ。机の上に置いといてくれるかい?」

 私のお父さんは綺麗な青い瞳をした白髪が交じった人間だ。静かな人で凄く優しい。

 確か前は、イギリスって所に住んでたんだって。

 私は本を一冊づつ机の上に置くと、また仔猫の姿に戻ってお父さんの膝に上った。

「ニャー、ニャー(お父さん、お父さん)」

 私はお父さんを呼んで鳴いた。

「どうした、チャビ? お父さんはここに居るよ?」

 私が鳴くとお父さんは頭を撫でてくれる。気持ちがいい。

 私とお父さんが初めて会ったのは、私がまだ産まれて直ぐの時。

 汚い道路の端で一人鳴いてた所をお父さんが拾ってくれて、育ててくれた。ミルクも、離乳食も、お父さんの手で貰った。

 寝る時も一緒。枕の横に小さいベッドを作ってもらってお父さんの寝顔を見ながら寝たの。

 でもお父さんは体が弱くて、私がまだ生後半年くらいの時に病院に入院しちゃった。

「直ぐ戻るから待ってるんだよ」

 お父さんは私にそう言い残して出て行った。

 その後、私は、しぇるたーって猫が沢山いる所に連れて行かれた。同じ位の仔猫とか大人の猫とかいっぱいいたの。

 時々、さとおや、って人に抱かれてどっかに行っちゃう子もいたけど、私はお父さんが帰ってくるって言ってたから待つ事に決めてたの。ここで待ってれば必ずお父さんが迎えに来てくれるはずだから。

 だから、大きくなっても、大きくなっても、ずっとしぇるたーの窓に座ってお父さんが迎えに来てくれるのを待ってた。

 大きくなって、大きくなって。起きてる時より寝てるほうが楽になって来た頃かな? お父さんが夢に出て来たの。

「ごめんな、迎えに行けなくて」

 って、悲しそうに私を見て言うの。その時、私、あ、お父さんはこの世界とお別れしたんだって解った。

 お別れは知ってる。私のお母さんも、一緒に産まれた兄妹も直ぐにお別れしちゃったから。

(待ってて、お父さん。私も同じ所に行くから……)

 夢の中でお父さんに言ったら。

「待ってるよ、チャビ……」

 って、名前を呼んでくれたの。

 目が覚めた時、他の猫から、猫の王国って国がある事を聞いた。そこは例えお別れしても、またお父さんとずっと、ずっと一緒に居られる国だって。

 夢の中で、またお父さんに会ったの。だからお父さんに。

「お父さん、一緒に猫の王国に行きましょう。そしたらずっと、一緒に居られるの」

 私はがお父さんにそう言うと、お父さんも。

「そうだねチャビ。お父さんと一緒に、猫の王国に行こう」

 そう言ってお父さんは私を抱きしめてくれた。

 気がついたら、私とお父さんは猫の王国に居た。私はお父さんと別れた時と同じ、まだ仔猫の姿で。


 王国に着いてから知ったの。お父さん、あれからずっと、ずっと、ずっと病気で病院に居たんだって。

 その間、いつも私の事を思ってくれてたから、離ればなれになっても、私はお父さんと出会えた。

 お父さんは私と夢で出会うまでずっと病院で寝てたから、王国に来て病気が治ってもベッドから起き上がれないの。

 いいの。私はお父さんと一緒に居られるなら。本当は王国でお父さんとやりたい事がいっぱいあるけど、我慢する。だって王国にいれば、もう絶対離れないって解ってるから。



「こんにちは~!」

 宅配便のお姉さんだ! 今、お父さんは寝てるから、私はそっと玄関を開けた。

「こんにちは。お父さん、今、寝てる」

「そう。じゃあ、そっとやりましょうね」

 お姉さんも静かに冷蔵庫に持って来た物を入れて、図書館に返す本を受け取って、机の上に新しい本を置いてくれた。

 玄関にお姉さんをお見送りに行って、何時もだったらそこでバイバイするんだけど、今日はお姉さんとお話したくて外に出て来ちゃった。

「お姉さん、あのね、チャビね……」

 私が珍しく声を掛けたからか、お姉さんは自転車に乗るのを止めて側に来てくれた。

「どうしたの? チャビちゃん」

 心配そうにお姉さんは私を見て、膝を地面に着いた。そうすると、丁度私と視線が同じ位になった。

「お父さん、具合悪いの?」

 お姉さんも王国に居る人は病気にならないのを知っている。でも、お父さんがベッドからなかなか起きられないのも解ってくれてる。

 だから私は、お姉さんならと思って、頑張って話してみた。

 お父さんはここに来る前、ずっと、ずっと病気だった事。びょういん、て所に居てそこで死んで一緒に王国に来たこと。長い間病気だったから、王国に来てもなかなか普通に暮らせないこと。全部話した。

「うん、解った。それで、チャビちゃんは、どうしたいの? お父さんと何がしたい?」

 お姉さんは私の話を黙って聞いてくれて、頭を撫でてくれた。

「チャビ、お父さんとお外、出たい。たくさん、散歩したい。たくさん、おしゃべりしたい。お父さん、元気、したい」

「それから?」

「お父さん、もっと美味しいもの、食べたい」

 私は思ったことをとにかく喋った。順番も少しおかしいけど、でも、お父さんとやりたい事、お父さんにして欲しい事をお姉さんに言った。

 喋ってるうちに、私の目から涙が溢れて、サビ柄の顔を濡らす。

「お父さん、もっと、元気、したい!!」

 私は思わずお姉さんに抱きついて泣いてしまった。

「うん、うん。チャビちゃんは優しいね……」

 お姉さんはそう言って、ずっと私の頭を撫でてくれた。


「そうね。お父さんを元気にするには、まず美味しい物を食べることかな?」

 私が泣き止んで落ち着くまで、お姉さんは待ってくれていた。

「美味しいもの、食べる?」

「そう。人間も猫も、美味しい物を食べると元気になるわよ。チャビちゃんは普段は何を食べてるの?」

「仔猫用のカリカリと缶詰……。でもホントはお父さんと同じ物、食べたい」

「そうよね。お父さんと同じ物を一緒に食べたいよね」

 私のご飯は、お父さんと一緒にテーブルの上で食べる。ちゃんと私専用のランチョンマットの上にお水とカリカリの入ったお皿が置いてあるの。レディだから、散らかしたりしないよう気をつけて食べる。

「チャビちゃんのお家にお庭はある? ベランダとか」

「お庭。小さいの、ある。ベランダ、屋根付いてる」

「お父さんはそこまで歩ける?」

「大丈夫。チャビ一緒なら、平気」

「解った。じゃあ、明後日のお昼はご飯食べないで待っててくれる? 私にいいアイディアがあるから」

「あいでぃあ? それ、いいこと?」

「うん。絶対お父さんも喜んでくれるから。だから、待っててくれる?」

「分かった。チャビ、待ってる!」

 それから私は、お姉さんの自転車が見えなくなるまで手を振った。



「お父さん、起きるの! 宅配便のお姉さん、もう直ぐ来る!」

 お昼までまだ時間はあるけど、私はうずうずして寝ているお父さんを起こしてしまった。

「どうした、チャビ? この前言ってた宅配のお姉さんが何かしてくれるって事かい?」

 お父さんの綺麗な青い目が、眠そう開いた。

「お父さん、元気、なる! チャビ、嬉しい!」

 うきうきして、私は思わずお父さんの顔を舐め回す。


「こんにちは~!」

 玄関の外から元気な声が聞こえてきた。

「お姉さん、来た! お父さん、お姉さん、来た!」

 お父さんの膝から飛び降りて、私は玄関に向かって走り、扉を開ける。

「こんにちは、チャビちゃん。今日は約束通り良い物を持ってきたわよ」

「ホント? チャビ、嬉しい!」

 ドアを大きく開けると、焦げ茶色の猫さんともう一人体の少し大きな黒ブチの猫さんが入って来た。

「初めまして、チャビちゃん。ちょっとベランダまで案内してくれるかな?」

 焦げ茶色の猫さんはそう言ってきた。私は焦げ茶色の猫さんを庭の見えるベランダに案内する。

 お庭は雑草ばっかりだけど、お花もちゃんと咲いてて私は好き。

「わあっ! 小さいけど庭が見られてこれはいい雰囲気だね。良かった~!」

 ベランダとお庭を見ると、焦げ茶色の猫さんは玄関に戻ると、黒ブチさんに声をかけた。

「師匠。バッチリですよ!」

「そうかい。じゃあ、入れちまおうか」

 そしたら二人の猫さんが、なんか黄緑色の木の棒みたいなので作った長いのを持って入って来ると、それをベランダに置いた。

「チャビちゃん、見てごらん。竹で作ったベンチ。これならお父さんと一緒に庭を見ながら一緒にお昼が食べられるし、お喋べりも出来るよ」

 焦げ茶色の猫さんは、私がベンチに座るための小さな踏み台も一緒に置いてくれた。

「お父さん、見て! 見て!、ベンチ、素敵!」

 私は思わず興奮して、お父さんの手を引くとベランダに連れてくる。

「これは凄い……」

 お父さんはゆっくりと竹で出来たベンチに腰掛けた。

「いや~、久々に植木屋以上の仕事しちまったぜ」

「あの、この竹は?」

 お父さんがベンチを触りながら少し黒ブチさんに聞いた。

「ああ、こいつはオレの客が持ってる竹林から切ってきた。なかなかいい竹だろう?」

 そう言って黒ブチさんがベンチを叩く。

「お姉さん、猫さん、誰?」

 私は初めて見る知らない猫さんにちょっと驚いた。

「焦げ茶色の猫は植木屋さんをやってる私の彼。それとその師匠よ。ベンチを作ってくれないか? ってお願いしたら、直ぐに作ってくれたの」

 この焦げ茶色の猫さんが、お姉さんと一緒に転生してきた恋人さん。素敵……。

「それとね、チャビちゃん」

 そう言ってお姉さんはバスケットを二つ私に見せてくれた。

 一つにはサンドイッチが入ってる!

「これは今日のお昼よ。お父さんと一緒にベンチに座って食べてね」

「お姉さん、ありがと。チャビ、うれしい」

「それともう一つは、今夜のお夕飯。これも一緒に食べて。ほら、チャビちゃん、お父さんと一緒にご飯食べたいって言ってたもんね。これなら同じ物を一緒に食べられるわ」

 お握りと卵焼き、プチトマトが入っている。

「うれしい! チャビ、お父さんと一緒、食べれる!」

 お父さんと同じご飯を一緒に食べられる。凄く嬉しい!

「それと、これは私の部屋の大家さん推薦のお店と、宅配便の事務所のみんなの推薦のお店のメニューよ。これを見て、お父さんと食べたい物があったら電話してくれるか、配達に来た時にメモを渡してくれれば持ってくるわね。あ、チャビちゃん、お父さんとのお昼と夕飯は、これから毎日一緒に食べるのよ。毎日配達してあげるからね」

 お姉さんは、写真のついためにゅーを私に渡してくれた。美味しそうな物の写真が沢山載ってる。お父さんと選ぶのが楽しみ。

「旦那、庭、どうしますか? 小さいけどイギリス風の庭園をお望みなら造りやすけど?」

 庭師の師匠はベンチに腰を下ろしているチャビのお父さんに声を尋ねていた。

「いや、暫くはこれでいいよ。いままでずっと見てやってない庭だったからね。慈しんであげなきゃ」

「さすが旦那、優しいねえ! ま、その気になったら何時でも声かけておくんなさいね」

 そう言うと、焦げ茶色の猫さんも、黒ブチの猫さんも、そしてお姉さんも家から出て行った。

「お父さん、お昼、一緒、食べる」

「そうだね、チャビ。みんながせっかく気遣ってくれたんだ。美味しく頂こう」

 私はお父さんと並んで、知らない小さなお花が咲いてる小さな庭を見ながら美味しいサンドイッチを食べた。

「お父さん、美味しいね」

 私は、父さんを見て笑った。お父さんも私を見て嬉しそう。



 あれから毎日、お姉さんは私やお父さんが頼んだお弁当を持って来てくれる。美味しいお弁当を一緒に食べられて私は幸せ。

 お父さんの顔色も良くなった気がするし、元気も出て来てくれた気がするの。

 


 何時もみたいにお姉さんが配達に来てくれた日、珍しくお父さんがお姉さんに何か相談してる。私も横に座って聞く事にした。

「毎日、美味しいご飯を届けてくれてありがとうございます。食事とはこんなに美味しいものだったんですね。私は王国に来るまでずっと長い間病院に入院してまして、食べる物といったら病院食だけ。しかも最後は首からチューブを使っての給餌だったもので、食べる事に対して無関心だったんですよ」

「病院食……。それは辛かったですね」

「でも今はチャビと一緒に美味しい食事を食べられて幸せです。何よりチャビが嬉しそうで」

「それは良かった。美味しい物を食べる事が、まず元気になる最初の一歩ですから」

 お父さんの笑顔を見て、お姉さんも嬉しそうだ。

「それで、実はいつまでもこうして寝てばかりいるのも段々気が引けてきまして、何かしたいと思っているのですが、お恥ずかしい事に王国に来てから外に出た事が無いもので、この世界の事を何も知らないんですよ……」

「大丈夫ですよ。私もこっちに来た時は何も知らなかったんですから」

 お姉さんはそう言ってお父さんに向かって笑顔を向けてくれた。それを見てお父さんも少しほっとしたみたい。

「そしたら、口入れ屋さんなんてどうですか? 口入れ屋さんなら王国の事を色々知ってますから、話し相手になって頂いては? 口入れ屋さんも、お父さんと色々話していればお父さんの人柄や趣味も分かってきますから、きっといいご縁を紹介してくれますよ」

「そうでしょうか?」

「はい。何しろ時間はたっぷりあるんですから、焦らなくて大丈夫! 口入れ屋さんとお話しているうちに、お父さんも色々とやりたい事とか浮かんで来ますよ」

 ニコニコとお姉さんは笑う。

 あの焦げ茶色の猫さんも、今のお仕事にたどり着くまで時間が掛かったって言うから心配ないって言ってる。

「今度、口入れ屋の京さんっていう黒猫さんを紹介しますね!」

「ありがとうございます」

「そうそう。お父さんにはチャビちゃんと一緒に、これから毎日、少しづつでいいからお散歩をしてください。お散歩しながら体力を付けましょう。勿論、疲れたらお休みしていいんですよ。お散歩しながら近所の猫さん達とおしゃべりもしてくださいね。この世界も知れて、きっと毎日が楽しくなります」

 お姉さんは別れ際に、私に新しいめにゅーを渡してくれた。お父さんの体も随分食べることに慣れただろうから、もっとパワーの付きそうなめにゅーが載ってるって。



 何日かすると、口入れ屋の京さん、っていう真っ黒い猫さんが家に来たの。最初見た時怖くて、私は思わず仔猫の姿になってお父さんの膝で震えてた。

 でも京さんはお父さんがどうやって王国に来たのか、その前はどうしてたのか、って話す間も、静かに聞いていてくれた。

 それから時々、京さんはお父さんに会いに来るようになった。

 私へのお土産にお菓子を持って来てくれたりして、優しい所もある。

 もう京さんは怖くない。普通にお父さんの横で一緒に座ってお話することが出来るようになった。

 京さんが来ない日は、お父さんと一緒に外にお散歩に行く。

 お父さんはずっとベッドの上で生活してたから、沢山歩けない。私も仔猫で外に出られなかったから、あんまり歩けない。

 三日お散歩したら、疲れて一日ずっと寝ちゃったりなんて日もある。

 でも、少しづつお散歩で歩ける距離も長くなった。

 今日は初めてお父さんと家から一番近い喫茶店に行けたの!

 お父さんは紅茶。私はオレンジのくりーむそーだ。パチパチするオレンジジュースは酸っぱいけど、アイスクリームが甘いからとっても美味しい。

「お父さん、今度、ケーキ、食べる!」

 手を繋いでお家に帰りながら、私はお父さんと約束した。次のお散歩が楽しみ!


 

 久しぶりに京さんが来た。怖くはないけど、妙にニヤニヤ楽しそうな顔してる。ちょっとびっくりして、私はまた仔猫になってお父さんのお膝に入いちゃった。

 仔猫の姿だからおしゃべりは出来ないけど、お話は聞こえるからお父さんの膝で聞いているの。


「どうだね、旦那。最近の体調は?」

 相変わらず京さんの声は深くて静かだ。

「随分良くなりましたよ。この前、そこにある喫茶店まで行って二人でお茶をしてきました」

「そいつぁ良かった。それなら大丈夫だな」

「大丈夫とは?」

「旦那。ちょっいと仕事してみないかい?」

 藍染めの着物の襟から腕を出して顎に触れ、京さんがにやりと笑う。ちょっと悪そうな顔だけど、本当はそんな事ないのは私も知ってる。でもこの顔って怖いのよね。

「仕事ですか?! いや、私が仕事なんて到底まだ……」

 お仕事?! さすがのお父さんもビックリして首を振る。

「なぁに。たいした仕事じゃないよ。そんな体力使う仕事じゃねぇしよ。日がな一日、椅子に座ってりゃいいだけだ。あとは話し相手をすりゃぁいいさ」

「座ってるだけって……。そんな仕事が?」

 お父さんはちょっと訝しげな顔をする。だって座ってるだけの仕事って怪しいのは、私だって解る。

「ああ。お前さんぴったりだと思ってな、持って来たんだ」

「はあ……」

「まあ、とりあえず話しだけでも聞いてくれや」

 そう言って京さんは話しを始めた。


 猫の王国にある幾つものメインストリート。その一つにある店。灰色の瓦屋根に白い漆喰の塀。下の方は黒っぽい灰色に白い漆喰で彩られたうろこ壁。藍色の大きな日よけに白抜きで屋号が描かれている。

 その店の中へ京は入っていった。

「よう、オヤジさん、元気にしてるかい?」

「やあ、京さん。丁度良かったぜ」

 薄暗い店の奥からサバ柄ブチの体の大きな猫が姿を見せた。

 店の前にある木製の椅子に京は腰を下ろすと、着物の中から煙管を取りだそうとする。

「おい京さん。この店じゃ煙草は禁止だぜ」

「ああ、すまんすまん」

 慌てて煙管を仕舞う。

「丁度良かったなんて、どうしたんで、オヤジさん?」

「いやなぁ、京さんや……」

 そう言いながら店主は口入れ屋の横に腰を下ろした。

「オレもそろそろ洋服着替えて、向こうの世界に行こうと思ってな」

「何だい、どうしたってんだ?」

「オレも長い間ここに住んでるが、最近とみに人間と一緒にやってくる猫が増えたじゃねぇか。奴らの幸せそうな顔みてるとな、誰かと一緒に腰落ち着けるのも悪かねぇと思って」

「そんなら嫁さん貰えばいいだけじゃねぇか」

「バカ言え。今のオレにカカアを養う甲斐性なんてねぇよ。まあ勿論こっちで一緒に住みてぇなんて女が直ぐに見つかるとは思っちゃいねぇけどよ。何て言うか、また向こうの世界が恋しくなってなぁ……」

「オヤジさんともあろう男がそんな事言うとはねえ……」

 京は少し驚いたように溜息を付いた。

「そんでな、この店を誰かに任せてぇんだよ」

 そう言ってサバ柄の猫は後ろを振り返る。

 店の中は天井まで占める棚とびっしりと詰まった本。ここは本屋だ。

「この店は先代から受け継いだんだが、オレの代になって殆ど手を加えちゃいねぇ。そのせいか客足もさっぱりでな。店の中は好きにして構わねぇから、誰か腰を落ち着けて継いでくれる奴を探して欲しいんだよ」

「この店は、国が出来た時からある老舗だからなあ……」

 京は古いその本屋を見上げた。

「腰を落ち着けてくれる奴ねぇ……」

 顎に手を当てながら京は空を見上げる。

「一人当てが無い訳じゃねぇなあ……。まあ最後は本人がうんと言うかどうかだが」

「頼むよ、京さん。あんたなら顔も広いし、紹介してくれる奴への信頼もある。当てがあるんなら頼んだよ」


「そんな訳でな、あんたに本屋の主人をやって欲しいんだよ」

 京さんはお父さんに本屋さんをやってもらいたいらしい。

「いや、私なんぞが本屋の主人だなんてとても無理ですよ……」

 お父さんは困ったように返事をする。

「いや、オレはあんたが適任だと思うぜ。あんたはしょっちゅう図書館から本を借りて読んでる読書家だ。それだけじゃねぇ。あんたは本の価値と本の役を良く知ってる。店番なら誰でも出来るが、店にある商品の意味を解ってる奴となるとそうはいねぇ」

「……」

「そうそう客も来る訳じゃねえし、何より店をあんたの好みの本屋にしていいって言ってるんだ。あんたなら出来るよ。オレの目は節穴じゃねぇ」

 そう言って京さんは、じっとお父さんの顔を見つめた。

「本屋ですか……。ですが、私にはここから本屋に通うだけの体力がまだ……」

「安心しな。本屋の奥と二階は住居になってる。住み込みで出来るぜ」

「はあ……」

「まあ、直ぐに返事をくれとは言わねぇよ。じっくり考えな」

 そう言って京さんは家を出て行った。


「お父さん、お父さん。お父さん、本屋、やる? チャビ、ここ好き。引っ越す、イヤ」

 この家は王国に来てからずっとお父さんと二人で住んでいた所。静かで安心する大事な場所。私は引っ越ししたくない。

「猫は家に付くって言うからね、チャビが嫌がるのも良くわかるよ」

「じゃあ、本屋、やらない?」

 私は首を傾げてお父さんの顔を見た。

「実はね、私は、いつまでもこんな生活しているのも気が引けるんだよ。生活に十分なお金が入らなくても、誰かと接点を持ちたいっていうのは、病院に入院している時から思ってたんだ。だって入院中は家族も殆ど見舞いに来なかったし、ベッドで寝てるだけの寂しい生活だったからね」

「お父さん、本屋、したい?」

「そうだね。チャビの人見知りも直して色々な猫さんや人とお話したり、遊んだりして欲しい」

「お父さん、チャビ、要らない?」

 私は急に不安になった。またお父さんと離ればなれになってしまう気がして。

「そんな事はないよ。本屋さんはチャビと一緒にやるんだ。チャビは本屋さんの看板娘になるんだよ」

「かんばんむすめ? お父さんと一緒?」

「そう。ずっとお父さんと一緒だよ。ダメかい? チャビ」

 お父さんが心配そうに私を見る。お父さんは私を一番に考えてくれてる事が解る。

「いいよ。お父さん、一緒なら、チャビ、平気。お父さん、ずっと一緒!」

 私はお父さんに抱きついた。お父さんと一緒なら、この家じゃなくても平気。

「じゃあ、今度京さんが来た時にはお返事しようね。そうそう、宅配便のお姉さんに伝言するのが一番早いかな?」

「本屋すれば、お父さん、元気出る?」

「ああ、元気になるよ」

「ならいい。チャビ、応援、する!」

 嬉しそうに笑うお父さんの顔に、私は何度も頭突きをしてしまった。



 数ヶ月後。

 私は毎日お父さんと散歩に行って体力付けて、やっと新しい本屋さんの前に立った。

 お店の屋号は「本屋 英茶えいちゃ」。お父さんの出身の国、英国と私の名前のチャビを組み合わせたんだって。

 前と同じように、藍色に白で屋号を抜きで書いてもらった日よけをさげ。

 京さんにお返事してから、まず引っ越しして、それから本屋さんに並んでる本の選別。お父さんが貴重だったりマニア向けの本は図書館に寄付して、私や子供向けの絵本やマンガ、黄表紙や色々な世界の小説、お料理の本。みんなが読みそうな本を選んで持って来てもらった。

 片隅には、高級そうな万年筆なんかの手帳なんかも置いたの。お父さんのこだわりなんだって。

 お店の前には、植木屋さんが作ってくれた縁台を置いて座って読みながら本が選べたり、お父さんとおしゃべりしたり出来るようにした。

 もうちょっとしたら、美味しい紅茶を入れて出してあげたいなんて、お父さん言ってたな。

 それと、お父さんの知識を活用して、本の相談も受け付けることにしたの。本の題名とか解らなくても、こんな本が読みたいって相談すれば探してあげたり、本によっては買うより図書館にあるから借りて読んだ方が安いよ、とか色々教えてあげるだって。

 新装開店のチラシを配ってくれたのは、もちろんハチワレ宅配便のお店の人達。宣伝もしてくれたの。

「へえ、こいつぁ洒落た本屋になったもんだねぇ」

 前の本屋のご主人が来て、お父さんの本屋さんを見て関心してた。

「オレが居た時は埃かぶったカビて暗い雰囲気だったが、やっぱ本好きの人がやると違うねぇ」

 ニコニコと嬉しそうにお店の中を覗いてる。

 アンティークなランプとか置物とかが、妙に和風の本屋さんとマッチしてるんだって。そりゃ、私のお父さんはお洒落だもん。素敵なお店になるのは当然よね!

「京さん、いい人紹介してくれてありがとよ。これでオレも向こうの世界に行けるってもんだ。旦那もありがとうな。こんな良い店にしてくれてよ」

 サバ柄のおじさんが、お父さんの手を取って半分泣きながらお礼を言う。

 お礼を言いたいのは私の方よ。お父さんのこんな元気で明るい顔を見たのは初めてなの!

 儲かるかどうかは解らないけどね、なんて言ってたけど、そんな事よりお父さんが元気になって笑顔を見せてくれるのが一番私には嬉しい。

 京さん。ちょっと怖くて苦手だけど、ありがとう。宅配便のお姉さんも、京さんを紹介してくれてありがとう。

 私とお父さん、この本屋さんで新しい王国の生活を楽しむわ!


       おわり

お父さんもやっと元気になって、本屋さんを継ぐ事が出来ましたね。

チャビちゃんは、この先素敵なレディに成長して欲しいような、

舌足らずな可愛い仔猫のままでいて欲しいような。

もし、あなたが王国に行ったら、是非2人の本屋さんを訪ねてみてください。

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