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猫の王国  作者: 青柳蒼枝
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第2話「猫の王国の王様って? 麦の就職」

猫の王国に転生してきた葵と麦。

住む部屋が決まり、葵は直ぐに仕事を見つけて働き始め、

麦もまた、自分のやりたい仕事を探し始めた。

そして、この猫の王国に君臨する王様とは一体どういう猫なのか?


 ある日の朝、トラックに跳ねられそうになった飼い主の葵を、猫でトンキニーズのボクの麦はそれを助けようとして部屋の窓から飛び出して一緒に死んでしまった。

 そしてボクは葵と一緒に、猫の王様が治める猫の王国へ転生したのだ。


 猫の王国で住んでいるボクと葵の住んでいる街。そこにある口入れ屋さんにボクは来ていた。

「そんじゃあ、君はこの王国で飼い主さんと一緒に暮らすつう事でいいんだな」

 今、ボクは仕事の面接の真っ最中。

 ボクの目の前には、ちょっと癖のありそうな貫禄のある黒ブチの猫が煙管を咥えながら座っている。ちょっと雰囲気がおっかない。

「まあ、飼い主を守ろうとして一緒に車に轢かれて死んじまった、たあ随分気骨がある奴だ。それなら最初は下働きからやる覚悟はありそうだな」

「はい。先ずは鋏を持てるようになることを目標に、しっかり頑張らせてもらいます!」

「うん、いい目をしてるし、声の張りもいい。京さん。いい人を紹介してくれてありがとうよ」

 口入れ屋さんの奥にある一部屋で、面接を受けているボクと雇い主になりそうな相手、それと仲介役である口入れ屋さんが同席している。

 京さんというのは、この街の口入れ屋さんのお頭だ。

「ボン。いや、麦だったな。来週から通っておいで。お前さんの成長、楽しみにさせてもらうよ」

 そう言うと、黒ブチの猫は席を立った。


「今日は本当にありがとうございました。何度もご相談させて頂いて、いい師匠を紹介してくださってありがとうございます」

 ボクは口入れ屋の京の旦那に深々と頭を下げた。

「いや、今は職人目指すって言う若者は少ないからね。黒ブチの師匠はちょっと癖があるけど、腕のいい人だ。伝統ばかりじゃなく、流行もしっかり抑えるし、あんたの要望にぴったりな相手だ。お互いに気に入ってもらえて良かったよ。ま、それが俺の仕事だけどな」

 京さんという細身の黒猫はにやっとボクに向かって笑った。

 そういえばこの口入れ屋さんに、葵もお世話になったんだよね。ってことは、この京さんと葵、面接したんだ⁈ 葵、怖くなかったのかな? 京さんって一見優しそうだけど、ちょっと怖そうな所があるんだよね。

 でも、女の子相手には、そうでもないのかもしれない。

 ボクは口入れ屋の前で大きくお辞儀をすると葵の働いているハチワレ宅配便の事務所へと急いだ。ちょっと時間が掛かってしまったけれど、ボクも仕事を見つけたんだ。それを葵に報告しなきゃ! 

 葵の選んでくれたバンドカラーのシャツに八分丈位のズボン、それに背中がYの字型になったサスペンダー。

 チョコレート色の毛皮のボクに合わせて、薄い生成り色のシャツにオリーブグリーンのズボン。ズボンのお尻からは自慢の長い尻尾がピンと立っていた。

 ボク達猫は人型になった時でも後ろ足の使い方は猫の時と同じ。つまり、つま先で歩いてる状態だから裸足で歩くか、小さな靴を履くか、になるんだ。ボクは葵と同じように靴を履いてる。

 最初は鬱陶しいと思ったけど、慣れればどうってことない。部屋に入る度にいちいち足先の泥を洗って落とさなくて済むからね。

 ハンチング帽子を被り直してボクは早足で向かった。

 葵の働いているハチワレ宅配便は主に小荷物中心の配達業で、個人や小さいお店なんかを相手にしている。忙しい人向けには契約で御用聞きみたいな買い物代行もやってるみたい。

 葵はその中でも数少ない人間で、自転車に乗って少し重い物や遠くまで配達している。

 猫も自転車に乗れない事もないんだけど尻尾が邪魔でね。長いと乗ってる間、ずっと尻尾を上げてなきゃならないからちょっと辛い。

 だから自転車に乗れるのは人間か、尻尾が短い猫に限られるんだ。

「葵!」

 事務所に飛び込むと、ちょうど葵が配達を終えて戻って来た所だった。

「あ、麦! 面接どうだった?」

 転生前はスーツが多かったから、髪型は真っ直ぐ肩を少し越えた位にしていたのを、葵はこっちに来てから元気そうなポニーテールに変えた。

 首からは社員証を下げ、胸元に会社のマーク、ハチワレ猫の顔がプリントされた短い丈のエプロンを着けている。

「OKだったよ。来週からお仕事に行く」

「やったね! 今日はお祝いしよう!」

 受け取りのハンコを貰った用紙を提出しながら葵が嬉しそうに笑った。

 正直、王国に来てからのほうが葵はよく笑うようになったかもしれない。死んじゃって、もう家族と会えないっていうのに大丈夫なのかな? って最初は凄く心配したけど、でも仕事は今の方が楽しいよ、って言ってたからそれもあるかもしれない。

 前世では会社からは毎日疲れて帰ってきてたし、時々顔色が悪い事もあった。

 ブラック企業じゃないみたいだったけど、根本的にお仕事が合わなかったんだと思う。それに、毎日の通勤ラッシュも大変だって言ってたし。


「それじゃあ、また明日~!」

 仕事を終えて事務所から出てきた葵は、いきなりボクと腕を組んだ。

「麦。今日の夕飯は外で食べよう! それで帰りにワイン買って部屋でお祝いね」

 葵がボクのほっぺたに顔を寄せて来た。ちょっと葵、人前だよ、恥ずかしいって!

 ボクの地の毛色はチョコレート色だから、顔のポイントが濃くなってても全体的に焦げてる感じて解りにくいかもしれないけど、これでもボクの顔は赤くなってるんだからね!


 久しぶりにボク達は美味しい軍鶏肉を出してくれるお店に行った。

 まだ葵もお給料が出てないから、生活費全般は王国が無償で出してくれるけど、葵は真面目だからなるべく王国に頼りたくないって、普段はちゃんと自炊してる。今日はボクの仕事が決まったから久々の外食だ。

「それで麦はどんな仕事に決まったの?」

 ボクは口入れ屋さんで仕事を探しているとは言ってたけど、何の仕事かは葵には言ってなかった。恥ずかしかったのと、驚かせたかったのもある。

「植木屋さん。いい師匠が見つかってね、来週から入門することになったんだ」

「植木屋さん?! どっからその発想が出たの?」

 そりゃ驚くよね。ずっと室内飼いの猫がいきなり植木屋だもんね。

「葵は覚えてる? 前の世界の部屋、あの窓から公園が見えたでしょ?」

「あ、そう言えば」

 葵は普段、会社に出かけちゃうから覚えてないかもしれないけど、ボクはいつも外を見ながら葵が帰ってくるのを待ってたんだよ。その時に窓から見ていた風景が公園だったんだ。

「前にあるマンションの私有地だったのかな? 何時もキレイで季節になると色んな花を植えてキレイに咲いて。昼間は子供達が遊んだり、読書する人がいたり。夜は夜で、ベンチにカップルが座ってたり。ずっとあんな素敵な場所の匂いを嗅ぎたかったし、あの中に入ってみたかったんだ」

 頬杖つきながら葵がボクの話を聞いてくれている。

 キレイに選定してもらう度に植木達は喜んでたし、お礼に花を沢山咲かせて、若葉を茂らせてくれてた。

 それを見て、ボクは世の中にはこんな素敵な世界があるって知って、それを保つために働いてる人がいるのも知ってた。だから今度は、ボクがそういうキレイな世界を作りたい、キレイな世界を作って沢山の猫や、ここに移住してきた人間に喜んでもらいたい、って思った。だからボクは植木屋さんを選んだんだよ。

「植木屋さんにガーディナーね……」

 葵がうっとりしたように目を細めてボクを見る。喜んでくれてるのが凄くわかる。


 レストランの帰り、二人で酒屋に寄って冷えた辛口の白のスパークリングワインとケーキを買った。

 ワインにケーキ? って驚く人も多いと思うけど、葵のお爺さんがお酒呑みながらお饅頭食べる人で、辛口のお酒と一緒ならイケる家系らしいんだよ。他の人からは気持ち悪がられたみたいだけど。

 

 ボク達は部屋に帰るとベランダにウッドチェアーとテーブルを出して、夜空を眺めながら祝杯を上げることにした。

 アパートの部屋から見る空は暗かったけど、今は降る程の星空で眩しいくらいだ。

 涼しい風が時折ボクのヒゲを揺らす。

「これでやっと、二人とも落ち着いたね」

 住む所も仕事も決まって、なんだか漸く二人とも王国に腰を落ち着けたような気がする。それでなくても、こっちに転生してからバタバタし通しだったからね。

「そうね。これで本当の王国の住人になれたって気がする」

 葵もどこかホットしたような表情だ。

 自分がさっさと気に入った仕事を見つけて働き始めてしまったけど、葵はボクに何も言わなかった。仕事を探すんだ、とは言ったけど急がせることも、何がしたいのかとかも無理に聞いたりしなかった。まあ、内緒って言ったからだけど。

 これからずっと暮らすんだから、やりたい仕事が一番だよ、とは言ってくれた。

 それは嬉しかったけど、葵は自分が仕事から帰ってくる度に迎えるボクに抱きついてくるのは、ちょっと恥ずかしかったな? いや、猫の時もそうだったけど今の姿になっての場合とはちょっと違うって言うのかなあ……。

「ねえ麦。猫の王国の王様ってどんな人か知ってる?」

 そう、ここは王国だから当然王様がいるんだよね。

 ボクは振り返って、遠くの夜空に輝くように浮かぶ白いお城を見た。

「知ってるっていうより、伝説みたいなものかな?」

 ボクは思い出そうとして少し顔を傾けた。

「ボクも噂でしか聞いたことが無いんだけど、っていうかここの住民で王様に会ったって人、聞いた事がないな……」

 ボクはそう言ってもう一度お城を振り返った。

「猫の王国は昔からあったんだけど、以前は猫の国って呼ばれてて、次に転生するまでの間、普通に野原や森や林を走り回ってたんだ。それが今の王様が来てお城を建てて、人も転生してくるようになってから王国って言われるようになったんだよ」

「え? じゃあ、人と一緒に暮らすようになったのって、そんなに古くないの?」

「まあ歴史的に言えばね。でも王様が来てからは随分変わったよ。猫が2本足で歩くようになったし、家に住むようになった。住みやすい環境も出来て、猫が人間みたいに仕事をするようにもなった」

「それって、猫さん達にしたら良かったの?」

「良かったんじゃなの? 猫って確かに環境が変わることを嫌うけど、その反面便利になる事は歓迎するからね。ほら、前は葵が夏に仕事に出かける時はずっとエアコン付けてくれてたじゃない? おかげで暑くなくて助かったもん」

「確かにそうね……。エアコン大好きとか、コタツ大好きって猫は沢山いるもんね」

「王様も猫の国に転生して来た猫なんだけど、その前はね、どこかの国のお姫様に飼われてたんだって。そのお姫様が国から逃げる時に先に別の国に避難して待ってたんだけど、結局お姫様は悪い奴に掴まって殺されて、王様の待ってる国には行けなかったんだ。王様はそれを知って凄く悲しみながら死んじゃったらしい。自分だけ逃げないで一緒にお姫様と天国に行きたかったって。それで猫の国に転生してから王様になって、今度は大好きな飼い主と離ればなれになりたくない猫や飼い主が一緒に暮らせるような国を作ったんだ。あれ? 葵、どうしたの?」

 ボクの目の前で、葵が腕を組んで何やら思い出そうとしてる。

「ねえ……、猫の王様って体が大きい長毛の猫さん?」

「さあ、詳しくは知らないけど、威厳がある大きな猫だって話しは伝わってる」

 ボクの説明を聞いて何か思い当たるのか、葵はまた考えこんだ。

「別の国に避難……、お姫様が掴まって殺された……。あっ! そのお姫様って、マリー・アントワネット王妃じゃ⁈」

「えっ? 葵、知ってるの?」

「知ってるって言うか、猫マニアの雑学みたいな話しなんだけどね。フランスの王妃だったマリー・アントワネットが革命で国から逃亡する際、自分の飼ってた猫を先にアメリカに移住させたの。だけど王妃様は斬首にされちゃって結局猫とは会えなかった。そうなると、猫の国の王様って、王妃様が飼ってたメインクーンじゃないかな?」

 メインクーン? そう言えば、ショップに居た時に会った事がある。ショップの主みたいな子で、凄く大きい男の子がいた。凄く大きくて、やっぱりボクみたいに赤札になってたけど、「大きくて可愛い~!」って言われて抱っこされて出て行ったっけ……。

「じゃあ今の王妃様は人間なの?」

「いや、同じ猫さんらしいよ」

「そうか~。それで猫と飼い主が一緒に暮らせる王国を作ったんだ。そう考えると猫さん達が人間みたいに家に住んだり仕事したりっていうのが理解出来るな」

「猫の王国か……」

 ボクはワインを一口飲むと、もう一度振り返ってお城を見た。



 遠くに小さく光る王国の灯を見つめる体の大きい豊かな毛を持つ猫の影があった。

 王国の城のバルコニー。

「国王様……」

 柔らかな声を掛けられ、その大きな影は振り返った。

 立派な耳、その先には飾り毛。体の大きさにあった長いヒゲ。

「マリー様を思い出してらしゃいましたか?」

「うん、少しな……」

 フワフワのブラウンタビーの毛皮が風に揺れた。

 その横に白く短い毛に、耳、顔の中心、手足に尻尾とブラウンのポイントを持ったスラリとした猫が寄り添った。

「マリー様をこの王国に連れて来たかったですか?」

「連れて来たかったとは思うが、マリー様は一国の王妃様だ。一緒に暮らすには辛かろう……」

「そうですね。私の可愛いお嬢様も、私がこの国に来た時はまだまだ小さなお子様でしたから、ご両親と離れては寂しいでしょう……」

 王妃がこの猫の国に来る少し前、彼女はまだ母国がシャムと呼ばれていた頃だった。その国の王国の幼い姫君の遊び相手として可愛がられていた。

 愛しい愛しい可愛い王女。その成長を見届けたかったが、彼女の寿命がそれを許さなかった。

 小さな手に撫でられながら彼女は息を引き取り、この国に転生し、同じ悲しみを負った彼と出会い、人と猫が幸せに暮らせる王国を作ったのだ。

「我々に出来るのは、この国の皆が幸せに暮らす事を祈るだけだ」

「そうですね。でも国王様。最近、また新しく人間がこの国に転生したそうですよ。まだ若いお嬢さんだそうで。私達が祈れば、きっと幸せに暮らしてくれますよ」

 そう言って王妃は、長い尻尾を国王のフサフサした尻尾にゆったりと絡みつけた。



「王様、ありがとう。私達、幸せに暮らすからね」

 そう言って葵はボクの手を握り、お城に向かって誓いの言葉を掛けていた。


        つづく

ここで葵と麦の転生話しは一区切りとなります。

この先は、王国に転生した猫や人間達にスポットを当てた、

一話完結のショートストーリが続きます。

葵と麦は、その中のどこかで、これからも関わり続けていきます。

これから続く、新たな「猫の王国」をお楽しみください。

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