第2話
「何を言ってるんですか、探偵さん」
その場の面々で真っ先に口を開いたのは緑原康太。この別荘の主人、大富豪緑原氏の一人息子だ。五年前までは一人ではなく、歳の離れた弟と妹がいたのだが、どちらも『緑原家連続殺人事件』で亡くなってしまった。もちろん解決したのは聡一郎であり、緑原氏や康太とは、その時に知り合ったのだ。
「懐かしいですな」
「事件解決にあたっての、金谷川探偵の決めゼリフですからね」
と言ったのは、緑原氏の正面に座る二人。パイプをくゆらす松井老人と、華奢な青年である堀田記者だった。
松井老人は引退した網元であり、緑原氏に招待されて瀬戸内から来ている。彼の島では十年前、般若の面をかぶった怪人による連続殺人事件が発生して、彼の妻と子供も巻き込まれたため、今では孤独な一人暮らしだ。その『般若離島殺人事件』こそが、聡一郎の手がけた最初の事件だった。
堀田記者は、日本中を飛び回るジャーナリスト。『首縊り山殺人事件』や『悪鬼の蹴鞠事件』などで、聡一郎とは何度も顔を合わせている。大抵は事件記者の立場から関わるが、『悪鬼の蹴鞠事件』では最愛の妹を殺されており、あの時の彼の悲痛な様子は、今でも聡一郎の目に焼き付いていた。
そんな二人とは対照的に、
「私は初めて聞きました……」
と呟いたのが、艶やかな黒髪の女性、八嶋ミキ。この別荘に来るまで聡一郎とは面識なかったが、彼の方では、名前だけは知っていた。『首縊り山殺人事件』の捜査の過程で、最初の犠牲者の恋人として、名前が挙がっていたのだ。ただし当時の彼女はアメリカ留学中だったため、容疑者にはなりえなかった。