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自由貿易都市カサンドラの中心部にある、自らの商店のこぢんまりとした一室で、ギリアムは4人掛けの椅子に腰かけた1人の老人と向かい合い、座っていた。
ギリアムは24歳。
深緑の髪。
白い肌。
やや面倒そうな表情を浮かべてはいるが、整った顔立ちの美男子だった。
普段はこの店を番頭のサントスに預け、店主自ら行商であちこちを飛び回っている。
そのため、今も実用的でラフな格好をしていた。
痩せた老人の顔をじっと見つめ、少々、首を傾げた。
左の耳たぶに付けたピアスが僅かに揺れる。
「それで」
瞼が閉じかけ、一見、寝ているような老人が、しわしわの唇を開き、しわがれた声を発した。
「首飾りは見つかりましたかのぅ?」
老人は茶色の布服を身に纏い、いかにも隠居の好好爺に見える。
「ああ、見つかったぜ」
ギリアムが片方の口角を上げ、シニカルに笑った。
傍らの鞄の中に手を入れ、巧みな意匠を施された1本の首飾りを取り出す。
テーブルを挟んだギリアムの左手に光るそれを見た瞬間、それまで閉じていた老人の瞼がガッと持ち上がった。
鼻の穴が大きく広がる。
興奮を隠しきれない様子だった。
「おお…」
老人は歓喜の声を洩らし、右手をネックレスに伸ばした。
枯れ枝の如き指が首飾りに触れる寸前、ギリアムが左手をサッと引く。
「な!?」
老人の瞳が怒りに燃えた。
「何じゃ!? わ、わしが依頼したんじゃぞ!」
老人の怒声に、ギリアムは眉ひとつ動かさない。
「あのな…爺さん」
ギリアムの双眸がギラリと輝く。
「俺を誰だと思ってるんだ」
「ギリアムー!」
部屋に入ってきたネコ半獣人の娘が大声で呼ぶ。
4人掛けの椅子に腰かけ、仕入れた宝石の鑑定中だったギリアムが、そちらを向く。
「そんな声出さなくても聞こえるぞ、ミリー」
やれやれといった表情。
「あら、そう?」
ミリーは肩をすくめると、ギリアムの隣にドーンとかわいい尻尾付きのお尻を下ろした。
ギリアムが、2歳下の茶髪で小柄な恋人の顔を細目で見つめる。
「何よ、その眼」
「ああ、宝石を鑑定してたからな。別に他意はない」
「嘘! あたしを避けてるでしょ」
「はあ?」
ギリアムの眼が大きく開く。
「何故、俺が? 忙しかっただけだ」
「そう? それならいいわ」
ミリーが満面の笑みを浮かべる。
「お父さんがね」
一瞬にしてギリアムの顔が不機嫌になった。
「ちょっとー!」
ミリーがギリアムの脇腹を小突く。
「また変な顔するー」
「親父さんが…何だって?」
「ギリアムにお父さんの店で修業して欲しいって」
「はあ…」
ギリアムが、大きなため息をつく。
「修業も何もないだろ? 俺はこうして、ちゃんと自分の店を切り盛りしてんだぞ」
「ギリアムのやり方は邪道だって言ってた」
「そんなわけねえだろ! 人聞きの悪い! 俺もちゃんとカサンドラの商人組合員だ!」
「うーん、たぶんね…」
ミリーがギリアムを見つめる。
「お父さんはお父さんらしくしたいと思うのよ。あたしたちが結婚したら、ギリアムにお父さんの店を継いで欲しいんじゃないかなー? はっきりは言わないけど」
「…俺には俺のポリシーがある。別に親父さんの商売を否定してんじゃない。俺はあちこちを回るのが好きなんだ。性に合ってる」
恋人の真剣な表情を見つめるミリーが、いきなり抱きついた。
「お、おい!」
ギリアムが顔を赤らめる。
「いいじゃーん! 急に愛情が爆発したの!」
「何タイミングだよ!」
「イチャイチャしよー!」
「わ! 変なとこ触んな!」
2人が騒いでいると、ミリーの入ってきたドアが再び、バタンと開いた。
10歳ほどの細身の黒髪少年が1人、部屋に入ってくる。
「何してるのさ!」
少年の顔は呆れていた。