『バ』
突如始まった足踏式脱穀機の争奪戦は無事に終わり、イチビたちがリトールの町の人たちの分をサービスで完成させた。私たちの分は王国に戻ってからすることにし、自分たちの荷車に積み込む。それが済むとお金のやり取りをする為に一度食堂へと向かう。
私たちが食堂に足を踏み入れるとそれまで寛いでいた御者たちが慌てて立ち上がり、「ごちそうさまでした!」と外に出ようとする。私もニコライさんもまだゆっくりしていて良いと言うも、やはり主と同じ空間にいるのは気を使うのか上手く断り外へと戻って行ってしまった。
私たちは元の席に座りお金を数えお互いに支払いをする。ヒイラギの最高の技のおかげでとんでもなく儲かった私は必死にニヤけるのを堪え、涼しい顔をしてお金のやり取りを終えた。
「ところで皆さんはこれからどうされるのです?」
マークさんがお金を仕舞ったのを確認したニコライさんに問われる。
「うーん……この町用に売り物を作ってきたから、それを売るつもりだけど……」
そう答えるとニコライさんの目が輝く。
「ご一緒してもよろしいですか?」
ワクワクとした表情でニコライさんはそう言うが、じいやたちは全員無表情だ。私は流石にそこまで邪険にしている訳でもないし、無邪気な笑顔のニコライさんが気の毒になり了承したが、じいやたちの表情は微妙なものだった。私たちの間に流れる微妙な空気を変えようと、ひとまず外に出ることにした。
じいやたちと御者たちがお互いの納品したものを馬車と荷車に載せ換えている中、私の目は馬に釘付けになる。
美樹はテレビで見る競走馬しか見たことがなく、小学校の遠足で行った県内の動物園にはポニーしかいなかった。
なので本物の馬を見るのはこれが初めてだったのだが、競走馬の代名詞であるサラブレッドとは違う体型に興味が湧いてしまったのだ。まず、とにかく大きい。競馬の番組を見ているとパドックの様子が映り、厩務員が馬をひいて歩く姿を見ればなんとなく馬の体高は分かる。だが目の前の馬は二メートルほどの体高でサラブレッドよりも胴回りも大きく見え、太い足の膝から下はフサフサの毛で覆われている。全身が黒い毛に覆われたそれは、某北斗の漫画に出てくる黒王のようだ。
「バがお好きなのですか?」
「……バ?」
何を言われたのか分からず思わず聞き返してしまった。そこに作業を終えたじいやがやって来た。
「姫様、これは『バ』と呼ばれる生き物です。森にはいない生き物なので私も久しぶりに見ましたな」
バ……。バが引く車だから『馬車』なのかしら?でも『シャ』の語源は日本ではないここでどうなっているのかしら?……考えても分からないことは考えても仕方ないわ。思考放棄よ。
一人で脳内で会話をしているとじいやはバにそっと手を伸ばす。じいやが撫でくりまわしている間もバはおとなしくしていた。
「私も触りたい!」
そう騒げばこちらの言葉が分かるのか、先頭の馬車に繋がれているバの二頭が顔を寄せて来た。やはり大きなものには潜在的な恐怖感を感じ、体を強張らせていると二頭は右と左から私の頬にスリスリと自分の顔を擦りつけてきた。思った以上に柔らかな毛と、モチモチ感溢れる鼻の周りに魅了され、バたちにされるがままになりながら笑い声をあげた。
「いやぁ珍しいです」
この馬車の御者が後ろから声をかけてきた。この世界でもいくつかの品種があるようだが、このバは大型でおとなしい種類らしい。その上で調教をされているので、このバが自分から見ず知らずの人間に懐くのは初めて見たとのことだった。
「乗ってみたいなぁ……」
なんとなく呟いた一言だったが、たまたまそれが聞こえたニコライさんは御者に指示を出す。一頭のバを馬車から外してくれ、背中に乗る為に踏み台になりそうな物を探しているとバが気を利かせて地面に座ってくれた。このバの行動にも周りは驚いていた。
元が大きな体型なのでよじ登るように背中に跨ると、バはチラリと私を見て確認した後立ち上がった。
「うわぁ!高い!」
高所恐怖症の人であればパニックを起こしそうな高さだが、普段見ることの出来ない視界に私は喜びバの首筋に抱き着いた。
「ありがとう」
バに対してそう言うと、ブルル……と優しげに応えてくれた。下を見ればじいややイチビたちがハラハラしながら私を見ている。心配してくれているのは分かるが好奇心が勝ってしまった。
「歩くことは可能かしら?」
ニコライさんに問えば、ニコライさんは御者と話し合っている。じいやは「降りてくだされ」と懇願しているが、御者はバを見ると「数歩なら」と言ってくれた。鞍もないのでたてがみを掴むように言われ、万が一に備えじいやたちが左右にスタンバイをした。
御者が合図をするとゆっくりと歩を進める。思ったよりも揺れは少なく、体の力を抜いてバの動きと一体になるようにすると「上手ですね!?」と御者に驚かれた。数歩進んだバは方向転換をし、円を描くように元の場所へと戻りまた地面に座ってくれた。この時ばかりはバが気を使ってくれても揺れたので驚いたが、落ちることもなく無事に降りることが出来た。
「一生ものの思い出をありがとう」
私はバに語りかけると、バは顔を近付けて来る。その柔らかい口元にキスをするとイチビたち四人は絶望的な絶叫を上げ、心なしかバは自慢気に流し目で四人を見ていたような気がした。




