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お買い物

 大工さんの家から出て、また町の中心部のほうに歩き、レストランへ向かう道とは違う道に入る。


 その道の道端には、野菜や果物を売る露店が数軒並んでいた。歩きながら商品を見ると、どれも多少色や形は違ってはいても、不思議と日本で見たことのある野菜や果物がほとんどだった。

 その中の一つの露店から、ふくよかなおばさんが走って出てきた。


「噂になってた森の民だね? ……ってあの時の!」


 このおばさんも、じいやを見て驚きとも感動ともとれる声を上げる。


「占いで言ってたのはこのことだったんだねぇ。野菜は元気に育っているかい?」


「あの時はありがとうございました。今はトウモロコーンだけですな」


 どうやら以前、じいやがトウモロコーンを買ったお店の人ようだ。当時は他にも苗を買ったらしい。

 そのおばさんは何かを思い出したように、突然胸の前で手をパチンと叩いた。


「そうだ! 着いてきておくれ!」


「カーラよ。店はどうするんだ?」


「ペーターさんったら、細かいことはいいんだよ!」


 お爺さんはペーターさんと言うらしい。名前すら聞いてなかったことに今気付いてしまった。そしておばさんことカーラさんは、本当に店をほっぽらかして「こっちこっち」と手招きして、私たちを道案内する。

 みんな顔見知りだろうし、万引きの心配なんてないんだろう。私とじいやは苦笑いで、タデは相変わらず無言の無表情でカーラさんの後を追った。


「ここだよ」


 カーラさんのお店の数軒隣にある、道具屋とも雑貨屋とも言えるお店に到着した。この店は露店ではなく、立派な店構えになっている。カーラさんはウキウキとした様子で声を張り上げた。


「ジョーイ! あれを取りに来たよ!」


「カーラか! 占いの通りだな! ホラよ! 持ってきな!」


 カーラさんと店主のジョーイさんが親しげに会話をしているけれど、私は売り物に目が釘付けになる。欲しい物が揃っているからだ。


「ほら、森の民の……えぇと……そういや名前を聞いてなかったね?」


「ベンジャミンと申しますが……?」


「そうかい、ベンジャミンさん。コレが無ければあんたたち困るだろう?」


 そう言って、たくさんの道具が入った麻袋をじいやに渡す。


「コレと食糧を変えてくれ、って来た時は驚いたよ! あんたたちがコレを手放すなんてよっぽどだと思ったんだ。だからコレを売ることも使うこともなく、次に会ったら返そうと大事にしまってあったんだよ。この前占いでね『借り物を返す時』って出たから、もしかしたらと思って磨きに出していたんだよ」


 サバサバとしたカーラさんが話す中、私はじいやの陰からその手渡された袋の中を見ると、木や石を切ったり加工すると思われる道具がたくさん見えた。

 感謝と感動と和やかな雰囲気の中、ずっと無言を貫いてきたタデが吠えた。


「この町の人間は何なのだ! 憐れみか!? 対価も貰わず飯を食わせ、対価で渡した道具を返すなど! 私たちは誇り高き森の民だぞ! 馬鹿にするな!」


 声を荒らげるタデに辺りは静まり返る。ただの怖い人かと思っていたけど、この人はプライドが高すぎる人なんだな。そして自分の正義に忠実で、変に真面目なんだ。


「……タデ、謝罪しなさい。自分で自分を誇り高いなど、本当に誇り高い人は言わないわ。ただ威張り散らすだけの誇りなど、今ここで捨てなさい。

 この町の人たちは憐れみで何かをしている訳ではないわ。好意よ。好意は素直に受け取って、いつか好意で返すものよ。今は何もないあの土地で、私は返せるだけのものを作るわ。絶対に!」


 不思議と姫様モードのスイッチが入った私は小難しいことをスラスラと話し、それをどこか他人を見るような意識で感じていた。


「お嬢ちゃんは森の民の姫様なのかい? 言いにくいことをズバッと言うその心意気、好きだねぇ」


「えっと……姫らしさのカケラもないですが……どうやら姫らしい……です」


 カーラさんに話しかけられると急にいつもの私になり、しどろもどろで返答するとカーラさんは「あっはっは! らしいって!」と豪快に笑う。そんな私たちのやり取りを見ていたタデが口を開いた。


「……申し訳ない。そして姫様、数々のご無礼をお許しください……」


 これでもかというほど頭を下げて謝罪するタデに、カーラさんは「男だったらいつまでも気にするんじゃないよ!」と、何も気にする様子もなく笑い飛ばし、私は逆にオロオロとしてしまう。


「タデよ、姫様が困っておる。頭を上げなさい」


 じいやが声をかけると、ようやく頭を上げたタデは涙目だった。それを見て見ぬフリをして、私は話題を変える。


「ところで急に話題を変えて申し訳ないんだけど、この道具は主に何をするためのものなの?」


 じいやの手の中にある、たくさんの道具を見つめる。


「これは木を切ったり運んだり、丸太を板にしたりする道具ですな。そしてこちらが姫様が気にかけていた石を砕いたり加工する道具でございます。……タデは私たちの中で一番石の扱いに長けているのですよ」


 ほっほっほ、とじいやは笑う。タデを見てみると、先ほどとは違い萎縮して立っている。


「そうなのタデ? だったら時が来たら、石で全く同じ形の物をたくさん作って欲しいんだけど……出来そう?」


 そう聞くと、じいやの持っている道具を見て「可能です」と答えた。嬉しさから「ありがとう」と言いながら抱きつくと、タデはあたふたと慌てていた。


「と、そうだわ! この鍬と鎌を売って欲しいの。あとはそうね……この樽をちょうだい。あとは……」


 異世界だとしてもやっぱり女子にとってお買い物は楽しくて、あれこれと色気はないけど今必要な物を選んでいく。

 全部支払った時にはじいやの残金はほとんど無くなってしまっていた。

 一度町の入り口に戻り、停めてあった荷車を持って来て荷物を載せていると、一人の男性が店に飛び込んできた。


「あぁ! いたいた! ペーターさん!」


 荷物の積み込みを手伝ってくれていたペーターさんが「どうした?」と聞き返す。


「こちらが森の民の皆さんですね? 一回棟梁の家に来て欲しいんです!」


 店に現れた男性は大工さんの弟子のようだった。その必死な様子に、スイレンに何かあったのかと思い、カーラさんに後で店に寄ると伝えて私たちは荷車ごと急いで大工さんの家へと向かった。

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