リトールの町
リトールの町は木の柵でぐるりと囲まれていて、入り口と思われる場所には柵はなく、代わりに見張りっぽいお爺さんが椅子に腰掛けていた。
その人は私たちに気付くと立ち上がり、こちらを警戒しているようだった。
それも当然だ。こちらはボロのような服を着ているし、そもそも服のデザインが違いすぎる。
見張りのお爺さんの後ろを歩く町の人も皆こざっぱりした格好で、男性はみんなシンプルなカットソーにズボン、女性も同じくシンプルな色合いのワンピースを着ている。
見張りのお爺さんは警戒しながらしばらくこちらを睨んでいたけど、私たちがある程度まで近付くと突然叫んだ。
「あんたら! 森の民か!?」
酷く驚いたような叫び声にこちらは驚き歩みを止め、その叫び声に反応した町人が集まって来る。
私たちヒーズル王国の人間は黒髪と黒目で純日本人風、対してリトールの町の人間は髪も目も黒かこげ茶で日本人と西洋人のハーフ……でもどちらかと言うと日本人に近い顔立ちをしている。
「あんた! 生きてたのか!? 早く中に入りたまえ!」
追い返されるかと思っていると、お爺さんは慌てて手招きしている。じいや以外は戸惑いながらもリトールの町へと足を踏み入れた。
「あぁ! 占いで珍しい人が来ると出ていたんだ! 前に来たのは何年も前か! 生きていて良かった!」
「覚えておいででしたか」
「あんたら森の民を忘れる訳がないだろう!」
お爺さんは豪快に笑う。そして集まった町人もじいやを見て「生きていたんだねぇ!」とか「私のことは覚えているかい?」とか、とにかく友好的に騒いでいる。
私たちはお爺さんにレストランのような場所に無理やり連れて行かれ、コレを食べろ、コレを飲めと、理由も分からないまま熱烈歓迎されてしまった。
目の前に出された料理は、見た目と香りからして肉を焼いた物や果実を搾ったジュースだ。空腹感から今すぐにでも食べたいけど、他のヒーズル王国の民が空腹に苦しんでいるのを知っているので、私たちは手をつけることがなかなか出来ずにいた。
「どうした? 食べないのか?」
お爺さんやその周りの人たちに心配され、少し悩んで私が代表して答えた。
「歓迎ありがとうございます。お気使いいただき感謝します。ですが私たちの国民は皆、空腹に喘いでいるんです。それを知ってるから、私たちだけ食べるのは心苦しいというか……」
深々と頭を下げながらお礼を言い、理由を言うとお爺さんはニッコリと笑った。
「森の民はあの土地で国を建ち上げたんだな? 今日は食糧の調達に来たんだろう? ならたくさん持って行くといい。その為には体力を付けないとな! だから遠慮なく食べなさい!」
こちらが嫌な思いをしないように、そしてとてもフランクに言うものだから、こちらも断ることが出来なくなってしまった。
「……ではお言葉に甘えていただきます。みんなも頂戴しましょう」
私たちは顔を見合わせ、私とスイレンが先に料理に手を付けると、じいやたちも渋々といった感じで料理を食べ始める。
……ヤバイ! めちゃくちゃ美味しい! 体は正直で、久しぶりのちゃんとした食事に食欲も手も止まらなくなる。
チラリとじいやたちを見ると、やっぱりみんながっついて食べている。そうだよね、お腹空いてたよね。町の人たちは優しい微笑みを浮かべ、こちらを見ている。
「たくさん食べてくれて嬉しいぞ。そちらの人以外はこの町は初めてだろう? 案内するよ」
私たちが食べ終わると、最初に出会ったお爺さんはそう言って上手く私たちを誘導する。
私がお金を払うと言いかけると、お店の主人であろう人が「今日出会う旅人から、お金を受け取ってはいけないと占いで言われた」と言い、頑なにお金を受け取ってはくれなかった。
しばらく押し問答が繰り広げられたけど、私たちはお言葉に甘えて折れることにした。
レストランを出ると、私たちに興味津々といった様子の子どもたちに手を振られる。ヒーズル王国にはほとんど子どももいないし、元気に動き回れる子もいないので、微笑ましくてこちらも手を振り返すと「きゃー!」と照れて逃げてしまう。カワイイなぁ。
「で、どこから見たいんだ?」
お爺さんもにこやかに子どもたちを目で追っていたけど、ふと我に返ったようにこちらに振り向いた。そして私が口を開くよりも先に、スイレンが口を開いた。
「あの! ごちそうさまでした! 僕、ソクリョウっていうのを知りたい!」
「気にせんでいい。測量か……ふ〜む……では大工の所へ向かおうか」
元気よく右手を上げ、まるで選手宣誓のような宣言をしたスイレンの頭をくしゃりと撫でると、お爺さんはゆっくりと歩き出した。私たちも自然とその後を追う。
歩きながら町中をキョロキョロと見回すと、建物はレンガで作られていたり木で作られていたりと材質に統一性はないけれど、絵本に出てきそうな造りのものばかりで、日本では見ることが出来ないその建物を見てとても楽しめた。
レストランから少し歩くと噂の大工の家に着いたようで、「ちょっと待っててくれ」と、お爺さんは中へと入って行った。
大工の家はレンガ造りで、私は近付いてレンガ造りの壁に見入っていると、玄関からお爺さんと大工が出てきた。
「おぉ! 今日は小さな天才が現れると占いに出ていたが、お嬢ちゃんのことかな?」
お爺さんと似たような年齢のお爺さん……大工さんが私たちを見て、そして少年のような表情で私に話しかけた。
「残念だけど私ではないわ。でもちょっと聞いてもいい? このレンガの目地はどうしているの?」
「おや? その歳で目地のことを聞くなんて、君もなかなか賢いと思うがね! これはモールタールという物だよ」
壁を指さす私に、大工さんは笑顔で答えてくれた。モールタールって……モルタルのことかな?
「じゃあ原料は……セメント?」
「セメント……? あぁセーメントのことかな? そうだよ、セーメントに混ぜ物をしているんだ」
やったわ! モルタルがあればいろんなことに使えるわ! 私が一人で喜びを噛みしめていると、スイレンが一歩進み、また選手宣誓のようなポーズをとっている。
「僕にソクリョウを教えてください!」
「おやおや。では君が小さな天才なのかな? 教えることは可能だけど、すぐに理解出来るものではないし難しいよ?」
「僕、やるって決めた! 頑張ります!」
大工さんは冗談だと思っているようで笑っている。けれどとても良い人で「では中で勉強しよう」とスイレンに声をかけた。すると今まで静かだったヒイラギが口を開いた。
「失礼、大工というのは建物の建築技術を持っている人のことでしょうか? だとしたら、私も私の知らない技術を学びたい」
それを聞いた大工さんは笑顔でどうぞ、とヒイラギも家に招き入れた。
ここで私、じいや、タデと、スイレンとヒイラギの二手に分かれることにして、私たち三人は買い物に行くことにした。