久しぶりのシャイアーク国
国境へと到着したので、すんなり入国出来るかと思いきや、そう簡単にはいかない。頑丈な石造りの外壁に門……というか、扉は固く閉ざされている。こちら側からは開けられないように作られているようだ。
「……どうやって入るのコレ?」
ずっと無言が続いていたので、誰に話しかける訳でもなく扉を見て独りごちた。スイレンは疲れて寝ているし、タデは相変わらずだし、ヒイラギもタデに気を使っているのか無言で通している。
そんな中じいやが動いた。
「おーい! 誰かおらぬのか!」
門は木で出来ていたので、じいやは叫びながら門を叩いている。挙げ句の果てに門の扉と扉の隙間に顔を近付け「誰かー!」と叫んでいる。
すると『ガチャン!』と鍵が開くような音がして、扉が少しずつ開き始めた。私たちは少し身構えながら、その扉を見つめる。
やがて扉が全部開くと、そこには鎧を着た屈強そうなおじさんが中央に立っていた。
その後ろには同じ鎧を着た警備隊風の男性が数人立っている。筋骨隆々な大男であるそのおじさんは腕組みをしたまま仁王立ちし、こちらをギロリと睨みつける。私とタデとヒイラギがさらに身構えると、なんとポロポロと涙をこぼし始め、私たちは困惑した。
「先生〜!」
「誰かと思ったらジェイソンではないか!? さらに大きくなりおって!」
呆気に取られた私たちは、口を開けた間抜けな顔でやり取りを見ていたけど、会話の内容からどうやら昔じいやが弓や槍の使い方を教えた生徒だったそうだ。
「うぅ……占いで『恩人に会える』と出ていたが、まさか先生とは……私はもう亡くなっているとばかり……シャイアーク国王もそう思っておりました……」
見た目に反しておいおいと泣く大男は、ジェイソンさんというらしい。
どうやらこの世界では占いは一般的なようで……と言っても、日本人も朝のニュース番組で占いを見たりするのを思い出す。でもそれ以上に占いに頼っている印象だ。
「分かった分かった。私はこの通り元気だ。して、お主ほどの男がなぜ国境警備などしておる?」
どうやらジェイソンさんは、将軍にまで登りつめたほどの戦の技量を持っているらしい。
将軍としてシャイアーク国王と共に元コウセーン国へと赴いたそうだ。けれど、その王があまりにも元コウセーン国民に酷い仕打ちをするのを見ていられず、思わず口を出してしまったのだとか。
それに怒ったシャイアーク国王は将軍職を解き、当て付けや見せしめのように、誰も来ないであろうこの国境の警備隊長として任命したらしい。
「元コウセーン国王も、反発する民もみんな牢獄へと入れ、動ける者は奴隷のように扱っているのです……」
「なんと……」
ジェイソンさんは泣きながら、シャイアーク国王の非道ぶりを口にする。
「……逆にここへ任命されて良かった。また先生に会えたのだから。私の他にもここや、他の国境警備にあたっている者は皆、シャイアーク国王への不信感でいっぱいです。ですので……先生たちのことは報告しません! 自由にお通りください!」
「え!? ホントにいいの!?」
とても嬉しい申し出だけど、本当に大丈夫なのかと心配になり思わず声が出た。
「君は? まぁいい。残酷なことに、国王は先生たちがそちらの土地で生きていけないと分かっていて追いやったのだ。そしてもう全員死亡していると思っている。まさか生き抜いていたとは、さすが私の先生だ! 私は王よりも先生のことを信頼している。部下たちもだ。安心したまえ!」
握りこぶしを自分の胸に打ち付け、ジェイソンさんは私を見て笑顔でそう言った。その目に嘘は微塵も感じられない。
ジェイソンさんの後ろに控えていた部下の人たちも、同じように握りこぶしを胸にし「新しい風が吹くと占いで出た」とか「人に親切にするようにと占われた」と口々に言っている。
「ジェイソンよ、助かる。では通らせてもらって良いかな?」
「「「「はい!」」」」
ジェイソンさんたちは左右に別れ、敬礼をしながら私たちを見送ってくれた。私たちはお礼を言いながら国境を越え、シャイアーク国へと足を踏み入れた。
赤ん坊の記憶がない私にとっては、初めて見るシャイアーク国だ。どうやら砂漠からの砂が飛んで来るようで、サラサラのベージュの砂が薄く大地を覆っている。ヒーズル王国とはまた違う色の大地には、まばらに草木が生えている。
街道を進むにつれ草木は増え、土の色も黒っぽくなってきた。そして空気はヒーズル王国よりも湿気を含み、懐かしい日本の空気を思い出させる。
「じいや、あとどれくらいかかりそう?」
「もうすぐでございますよ」
「分かったわ。ところで……前に来た時は国境からどうやって入ったの?」
「……賄賂ですな」
小声でじいやと会話をしていたけど、タデたちに聞こえないようにさらに小声でじいやは言った。驚いてじいやの顔を見ると「しぃー」と秘密にするように合図された。じいやの老後の資金が……!
もう何も言えなくなってしまった私はおとなしく景色を見ていると、スイレンが目覚めた。
眠気まなこのスイレンに、もうシャイアーク国だと言うと、ヒーズル王国とは違う景色を見て興奮している。けどタデが怖くて、私に対して指をさしたりジェスチャーで興奮を表していた。
ゴトゴトと荷車に載ったまま小さな坂を登ると、目の前には森と畑がたくさん見えてきた。そしてその中に小さな町が見えた。
「見えましたぞ。あれがリトールの町でございます」
村よりは少しばかり大きなリトールの町に、私たちはようやく到着した。