リトールの町へ
翌朝、目を覚ますと何とも言えない違和感に気付いた。昨日はカレンの体を借りた美樹だったが、今日は美樹の記憶があるカレンになっている。記憶と記憶が融合したようだ。
身支度を整えデーツの実をかじり、まだ足取りは覚束ないけど、準備万端で外へと出た。
外には荷車が用意され、じいやが老後の資金を全額持って待っていた。そしてじいやの隣には、お父様と同じくらいの年齢の男性が二人立っていた。
「姫様、おはようございます。この二人が同行しますタデとヒイラギでございます」
じいやは二人を紹介してくれた。
「おはようございます。タデ……さん、ヒイラギさん」
「呼び捨てで構わない。タデだ」
「私も呼び捨てで大丈夫。ヒイラギです」
二人はいかにも森の戦士といった感じで、眼光鋭く、痩せてはいるけど筋肉が浮き出た身体をしている。ヒイラギの方が若干柔らかい雰囲気を醸し出している。
じいやはツルッパゲだけど、基本的にこの国の人たちはみんな髪が長い。女性は三角巾のような物を被り、男性はヘアバンドのような物をしている。二人は他の人よりは若干綺麗な半ボロの服を着ている。
服は女性だとワンピースのような長めの丈で、男性はチュニックのような、ワンピースよりは短い丈だ。そして男女問わず長ズボンを履き、足首やウエストの辺りを紐で縛る。
じいやが簡単に二人について教えてくれたけど、どうやら二人はお父様の幼馴染で、二人とも三十五歳とのことだった。ちなみにお父様は三十三歳だ。
「そういえばお父様は?」
「レンゲ様と共に、私たちの為に水を汲みに行っております。間もなく戻って来られるでしょう」
寝坊したつもりはなかったけど、二人は私が起きるよりも先に起きて、私たちが道中困らないようにと水を汲みに行ってくれているそうだ。
そこまで頭が回らなかった自分が恥ずかしくなる。シュンとしているとじいやが口を開いた。
「スイレン様はどうされました?」
「先に外に出ててと言うから先に出て来たの」
「左様でございますか……あ、スイレン様」
じいやが私の後ろを見てスイレンの名前を呼ぶので、私も振り返ってみると……何かがおかしい。
手には薄い石版と手の平サイズの石を持っている。そして何時になくキリリとした表情で立っている。
「……スイレン? それは何? どうしたの?」
「僕も行く!」
「「「「……は?」」」」
唐突なスイレンの言葉に、私、じいや、タデ、ヒイラギの四人がハモる。
「何言ってんの!?」
「駄目ですぞ!」
「何を!?」
「聞いてないぞ!?」
と、四人が口々に思ったことを言えば、スイレンはスッと背筋を伸ばし私たちを見て言った。
「カレンが行くなら僕も行く! カレンのことは僕が一番知ってる! それにカレンはソクリョウっていう技術が欲しいみたいだ! それは数字が関係してるって寝る時に言ってた! 僕は数字が得意だもの!」
「いやいや……スイレン、足し算引き算でどうにか出来る問題じゃないの」
ただでさえ中卒で、数学なんて見るのも聞くのも嫌いな美樹の記憶がある私には絶対に測量なんて出来ないのに、スイレンになんて出来る訳がない……と思っていた。
「姫様……お言葉ですが、スイレン様は数字の達人でございまして……もはやこの国に数字でスイレン様に勝てる者はいないかと……」
じいやの言葉に凍りつく。いやいや……え? 本当に?
「最近では独学で計算などをやっておられまして、私にはもう何が何やら……姫様はそれを見ると必ず寝ていましたが」
どうりで記憶にないはずだわ! 寝てたのね私。
「ところでその石は何なの?」
「これに技術を書いて帰ってくる!」
やる気満々なのは嬉しいけれど……、と思っているところにお父様とお母様が戻って来た。
やっぱりスイレンを見て不思議そうな顔をしているから、今までのやり取りを伝えた。
「駄目だ駄目だ駄目だ!」
「駄目よ!」
案の定二人は大反対している。
「カレンだって昨日目覚めたばかりなんだぞ!? それにスイレンは外を知らなすぎる!」
「カレンもじいやもいるから大丈夫! 行く!」
おとなしそうに見えて、実はなかなか頑固なところがあるスイレンはお父様に反抗している。どうしようかと思っていると、バラックのような家から一人の老婆がヨロヨロと歩いて来る。占いおババさんだ!
「モクレン様。先程から騒ぎが聞こえて来ましてな。占っておりましたが結果が出ました。カレン様だけ行っても問題はありませんが、スイレン様が行くとより早くこの国は発展します。ですが……帰りが遅くなると占いで出ました」
「遅くなるとは!?」
お父様は占いおババさんに食ってかかる。
「分かりません……ですが、全員無事に帰って来ると占いに出ております」
お父様は無言で考え、お母様は涙目でオロオロとしている。スイレンが本当に国の発展に役立つなら、私としては連れて行きたいんだけどな……。
「……分かった。許可しよう。だが! じいや! タデ! ヒイラギ! 私の子どもたちに何かあったら必ず責任をとってもらうからな!」
本当は行かせたくないんだろうけど、背に腹は替えられない状況にお父様も困り果てているんだろう。悩みがイライラとなり、叫び散らすお父様を見て心苦しくなった。
「じゃあ……行ってくるわ。あ、お父様! お母様! 水草は採りすぎないように。あと私たちが帰ってきたら、トウモロコーンを植えられるように種を取っておいて」
「お父様、お母様。僕も頑張って行ってくる!」
キリリとしたスイレンに、石版は荷物になるからと家に置いて来させ、私たちはついにリトールの町へと旅立った。