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崩壊のディーア  作者: 朔望
零刻 -地球と理想郷-
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Release0007.それは変異か、進化か(05)




 レイを家族として迎えた後の俺の人生は大きく変化したが、その時点で既にあらぬ使命感にも駆られていたディーアへの対抗策は変わらず模索し続けた。

 もっとも、その初段階では特に何を試していたというわけではなく、千葉県をうろつきながら頭の中でこっそり考えていたというだけのことなのだが――

 そこへどういった偶然か、それとも運命に導かれた奇跡か。……俺はレイから聞いたとある情報を基に若本を含めた数十名の研究員を従えてプロジェクトを発足、地下シェルターの一部を拝借し、本格的に打開策を講じ始める。

 鍵となったのは同年某所にて発見されていた謎の新物質――大久保が主導していた研究の対象でもあった【TDTC】という液状物質である。状況と法則性から、この物質の一部特性について解明することに成功し、それがディーアとは無関係ではないことが発覚したのだ。

 それによって【TDTC】は完全不確実物質ではなくなり、名を【超越異体(ヘテロブレイン)】と改められることになる。それは、二○七八年の二月十七日。

 ――終わりが始まったあの日から、百五十五日目のことだった。




 【超越異体(ヘテロブレイン)】――

 それは、ディーアが分泌液として撒き散らしていた青の粘液と、ほぼ同一のものであった。見た目からは一切紐付くことはないが《データ》という概念に似ているらしく、この物質は《己が質によって容量が変動する体積》と、《そこに内包する細胞量》がほとんどの場合一致せず、零もしくは限界を越えない限りは変幻自在であった。

 また、超越異体が一定量集まると、それはまた同じようで同じではないモノへと変異し、《一つの脳》として機能することが分かっている。まあ脳と言っても思考や意思が確認出来たわけではないが、例えるなら人の脳の記憶部だけがそこに生成されると言うのが分かり易いだろうか。それもまた的確な表現なのか、と言われれば首を傾げてしまうのだが。

 ただ、驚くべきことに、これはただの記憶容量ではない。記憶というシステムでありながら、それでいてそれらを現実として実態化させるような機能も備えているのだ。しかも、《必要な工程・過程》を無視してまで。

 ……つまりは、様々な現象を引き起こす法外で人外の理なるモノ、と理解すれば問題あるまい。

 最初は手探りに実験用のモルモットに超越異体を投与していた。その毛皮はみるみるうちに青黒い対面へと変貌し、紛れもない、人がディーアと名付けた化け物そのものと化してしまうことが多かった。が、我々はこれを失敗と定義した。

 では成功はどうなるかというと、見た目上の変化は投与箇所に碧い傷痕を残し、その個体に法則性をも消し去る滅茶苦茶な性質、または能力を宿すというものだった。しかしこの成功例について、人の言語で筆舌に尽くすのは至難を極める。いや、もしかしたら不可能かもしれない。

 大雑把に言ってしまえば《なんでもあり》……なのだ。

 同チーム内で数百のモルモットを被験体としたのだが、その中の数十はディーアに変異せず、更に数を絞ってあり得ない現象を引き起こす被験体が生まれた。

 ある個体は口から炎を吐き出し、ある個体は実態があるのかないのか断定に至らない摩訶不思議な羽のようなものがその背より中空へと伸び……それは飛び方を知らない鳥が地べたを這いずる姿に酷似する反応を示した。

 確かなことを言うとすれば、研究室にいた全員の口がしばらく開いたままだったということだろうか。どれも間抜け面だったのをよく覚えている。その場で鏡を見れば、同じような表情が映り込んだことだろう。


 失敗と成功の基準もある程度には掴めていた。それは超越遺体が生成した脳の容量と、それが被験体にとって異の変化として耐え得るに値するのか。加えて、投与された脳と被験体との相性はどうか。

 要は、投与先の個体差によって失敗と成功、そして発現する超常現象が異なるに至る。

 ただし、同じ能力が発現するのはそれほど珍しくもないとされた。現に、実験に使われたテンジクネズミ達の中で口から炎を吐き出すようになった個体は六、七体ほどいた結果がある。

 そうして発現する現象は、被験体がソレと問題なく共存するために身体の組織が同調を起こし、適応してしまうというオマケが付属していた。考えてみれば、ネズミの中に突如火が起こせる機能が備わったとするなら、間違いなく自らの内部器官と喉を焼き焦がしてしまうだろう。そのあたりもどういう仕組みなのか身体を順応させてしまい、自分の力が自分の身体へ多大なる危険となることを避けているのだ。更に加えて、適応した身体は身体能力が大幅に強化されることも確認されている。

 だが、ある意味でここまでは前座とも言えるかもしれない。超越異体によって作られた脳は、他の如何なるエネルギーをも超効率的に吸収するシステムも取り付けられていて、己が使用するエネルギーへ変換することが可能なのだ。謂わば、脳を投与した身体で充電器とそっくりな行いが出来るようになるみたいで、それの効率も例外なく個大差、そして体積とその質が影響した。

 これにより、炎を吐きすぎて吐けなくなったモルモットも、栄養と休養さえ取れば同じ能力を何度も行使することが可能になる。つまりこの事実は、発現した個体自身に存在しないはずの超常現象を、永劫的に完全習得したということを指し示すものに他ならなかった。


 ――さて。身体能力の向上はともかく、発現する能力については、暫定的なものではあるが後に【特異能力】と名が通るようになった。

 だがそれだけではなく、これは今後の打開策、つまりディーアへの対抗手段であると期待されたこともあり……俺とその以下のチームメンバーは、生存し、余裕のある研究者を世界中より集めては、日夜数字と現象などを見比べるようにもなった。

 成功した後に何が起こるかも分からない超越異体(ヘテロブレイン)という名の“パンドラの箱”は基本的に生物だけに作用し、間接的に環境物にも影響を伴う。そして人為的には、無機物にも不可能ではない。

 それを念頭に、この研究結果はいつの日にか、公に諸刃の剣であることが公表された。――いや、公表した。


 まず、これまでの観察や結果からして、ディーアは通常の武器・兵器でトドメを刺すことは到底不可能であった。たとえ相手がどんな個体であっても、過去に存在するどの銃火器を用いたところで牽制までの効果しか見込めない。

 しかし打開策として広めるからには、やはりその壁を突き破るものを示さねばならない。

 そこで俺はレイとの出会いで得た情報――《自身の身体を喰らっていた》というところに目をつけ、危険ながら軍に協力を要請してある実験を行った。

 どうにも違和感が拭えないと思っていたことがある。

 二○七七年の九月十三日。終わりが始まったその日から百五十五日にも至るあいだ。

 ディーアは確かに人の手で死に追いやることは不可能だと思われているはずなのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。どうやって死に絶えたのか不明な存在ならば実はたまに目にするし、ただの道端に横たわってさえもする時だってある。

 そこにある秘密が、レイの言葉によって解き明かすことがあるいは……

 その思いの中で行われた実験は、具体的に死骸となった小型の狼型ディーアから牙を採取し(採取というよりかは個体をまるごと動かす形であったが)、それをディーアの身体へ突き立てるとどういうことになるか、というものだった。

 これは苦労しながら数十回行われたが、その結果に驚かない者などいなかった。

 加害物としたディーアに生えていた牙では、その個体自身に傷は一つも付けることが出来なかった。

 だがその牙として扱った個体以外のディーア全てには傷を付けることに成功したのだ。

 超越異体には、同一系統の個体が存在する。それは、大きさは違えど同じ姿同じ形を取る敵個体の存在が証明している。しかし、それは同一の脳が存在している、ということとは同義ではない。厳密には違うが、人間を含めた生物に確認される《DNA細胞》と似ていると言えば、大抵の人は一旦は理解することは出来るのではないだろうか。

 この実験で解明されたことの要点は、【TDTC】と同物質によって構造を成していると思われる地球外生命体ディーアは、それが集約することで生まれた《脳》そのものであるという仮説が浮上し、そしてそこにある己の《脳》と《脳》を持たないモノからは非常にダメージを受け付け(がた)く、また逆に、己以外の《脳》とそもそも超越異体を含まない物体へのダメージは実に有効である、という一方性のものだ。

 これら可能性の集合を簡潔に纏めると以下のようになる。


 目には目を、歯には歯を――傍観者には無慈悲な鉄槌を。


 とはいえ、これには忘れてはならない矛盾というべき事象が残されている。

 レイの話では、祖父を喰らったというディーアはその直後に自らの身体をも喰らっているのだ。これは自身の《脳》によるダメージを受け付け難い、という点において齟齬を生む。

 これについては、その後の検証で分かることはなかった。可能性としてはその生物自体が何か他とは違う特殊な個体なのか、あるいは我々が見落としている法則性というものが残されているのか。

 ……もしかしたら、人間を揺さぶるための巧妙な欺瞞なのでは? という声もあったが、現状までに知能さの欠片も有しているとは思えないディーアがそんな芸当をすると考える者はいなかった。むしろ、そういう話であれば知能など関係なく偶然の行為だっただろうと思った方がまるでしっくりくる。

 どちらにせよ、憶測を抜け出すには長き時間を要することだけは確かだった。


 しかし、これで得た結果――《超越異体を含む攻撃手段さえ作り出すことが出来れば、奴らに対抗することは可能であろう》という一筋の光を掴めたのは、人類にとって大きすぎる成果であった。

 ならば次の問題は、超越異体をどうすればそう扱うことが出来るのか、だ。元は【TDTC】と呼ばれていたこれは細胞であり、一定量集積させなければただの有害な液状物質だ。脳が作られない以上その個体に合った適当量を投与しても意味はないし、そして望まれる数値を与えても扱えなければ意味がない。そのため手っ取り早きはやはり“人に”という倫理を逸脱した行為に手を伸ばさなければいけないのだが、これは失敗すれば人自らが最悪のディーアを生み出したのも同然たる結果になってしまう。そうじゃなくとも、《非道徳的》な罪だって永続的に付き纏う。

 だから、あらゆるリスクを考慮した後に行き着く答えが《既存兵器への融合化》となるのは道理だろう。本当は手始めに超越異体のみで武器等を作れないかと試みはしたのだが……

 一時的に形成出来たと喜べば数十分で融解が起きてしまい、反抗の材料として弱すぎるとの判断が下されている。武器としての形を長く保つことが出来ないのだ。厳しい制限下にあるそれを今後の戦力と数えられるわけがない。

 そうして頼みの綱とした《既存兵器への融合化》も、結果から言えば失敗に終わった。

 元より、超越異体も無闇矢鱈と消費していい代物ではなかった。これは数国の某所にふと観測されたのがきっかけで知られた新たな物質であり、安定した産出があるわけでもなく、しかしその手段があると言えどもそれはあの化け物どもを鹵獲なり討伐なりしないといけないことを意味する。為す事のためにその結果にあるもの物が必要というのは研究の上で幾度と現れはする壁だが、今回ばかりはその壁を誰も突き破ることは叶わなかった。


 (ゆえ)……に。

 『これは倫理に反します。踏み入れてはならない禁忌、その領域だ』――俺達は……いや、俺は、そんな言葉を最後まで唱えていてた若本を邪悪にも説き伏せ、非道の渦中を貫くこの罪の道。


 ――【人間の兵器化】という道を選ぶしかなかった。 




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