Release0004.人とディーア(02)
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全てを陥れた災厄の星々。地球を絶望に染め上げる地球外生命体。
【絶望の使徒】――そう人々に流布されたあれらの存在は、ただ当然の如く【ディーア】という名で知れ渡り、僅か数日にして全てを凌駕する畏怖の言葉となった。これまで人の天敵はウイルスなんて言われていたものだが、その認知は覆されたのである。
そして、奴らが侵略と破壊の手を止めることはなかった。
人の居なくなった土地は瞬く間に穢され、腐食し、そして美しくも醜い青き様相へと塗り替えられた。月光下如何によって大きく印象が変わるそれは、自然環境にも様々な悪影響を引き起こし、人間の常識を掻き乱すものとなった。
ある所は大地が抉れ、二つの山や谷が押し合い隆起し、あるいは沈没した。
ある所は木々が枯れ、隣接する植物同士で残された栄養を奪い合うようにして循環的異常成長を組織し、互いを飲み込んだ。
ある所は凄まじい速度で風化し寂れ、奴らが跋扈する絶望の死地となった。
ある所は止まぬ酸性雨に蝕まれ、正しき水の摂理から抜け落ちた。
ある所は辰星の血が如く獄炎が噴き出し、大気に触れるだけで凍傷となる極寒の光地と化した。
当然ながら、これは人が確認した限りの一部である。
――《天変地異》。そんな言葉など、きっと誰もが生温いの一言に伏すだろう。ごく僅かな地域を残し、地上は荒れ狂った世界へと変貌したのだ。
奴らが引き起こした未曾有の侵略は、過去の如何なる事物と説にも似つかず、そして比較にすらならない完全なる“大崩壊”だと明言出来よう。
◇
二一七七年、九月十三日。すべてはその日の夜に訪れた。
悲劇が始まるまでの世界人口は、約九十七億四千万人。運命が裂かれた日から今日までの間で、その人口は十三億六千万人にまで激減した。
生き残ったほとんどの人間が家族を、友人を、あるいは血縁者の誰かや恋人を失い、泣き崩れた。遺体の回収も許されないことが多く、葬儀が執り行われないことも珍しくない。いや、行われる方が滅多にないと表現する方がより的確と言えた。
その理由はいくつかあるが、一番はやりたくても出来ないという単純なものだ。それだけに解釈違いとなるケースも多く、具体的にはその街々によって危険なディーアが巣食ってしまったがために死体の確認が不可能な状況か、可能でも居たという痕跡すら残されていなかったかのどちらかである。
そういった中で特に残酷なのは、人の形で残っておらず、しかし人だったと分かる“何か”がそこに落ちていた、といったものだった。遺族の怨み、辛さ、悲しみ……それらが酷く入り混じり、声にならぬ嗚咽が喉奥に残留してしまうその姿は、たとえ悪童であっても見てはいられない。燃えカスよりも小さく儚い遺体など、誰もが現実だと認めたくはなかった。
そんな人の心を病ませる日々が延々と続いていくかのような凄惨な毎日だった。一部の者たちに限定すれば、いつしか人ならぬ存在も盲目的に崇めるようにもなった。
人ならぬ存在がこれら悲痛の叫びに答える瞬間は、人が絶滅することになっても訪れはしない――誰かがそう叫ぶまでは、狂教じみたその信仰は彼らにとって何よりも現実的なことだった。
しかし、人は何も為さずにただのうのうと滅ぼされ続けていたわけではない。最初期のうちは効力が薄いと知ってもなお、まだ安全地帯だと言える場所を、そうである時間を引き延ばすために各国が総力を上げて奮闘した。いわば持久戦というやつで、避難民も一時的に身を寄せる前線にほど近い市街地では、夜間にもかかわらず幾重もの怒声や爆撃音が収まることはなかった。時には一般から戦場への協力の申し出もあったという。
そうした苛烈な状況下の背景では、政治家や研究者たちがその頭脳を結集させ、策を練り、未知なる軍勢に対して我々人類が行うべきはなんなのかを決議した。満場一意の場は一つとして相成らずとも、おおよその意見はまず安住地を模索、もしくは作り出し、そこで態勢を立て直すべきだろうと纏まり、最終的には団結することでひとまずの収束を迎えることが往々だった。
その後、そこで人間たちが取った行動は、文明をも変化させる人族の順応であった。
西暦二○○○年を境に飛躍的に科学と技術が発展し続けてきた国々の中には、実は二十一世紀後期より、一部の国で秘密裏に進められている研究・計画があった。これは政治家のあいだでも隠匿されてきたもので、当然ながら広く周知されるものではなかった。
人工による、《エクメーネの拡大》。
エクメーネとは、人が住み、その場所に社会が形成され、経済の流通と行き交いが行われる――すなわち人間が生きることで生じる営みが観測出来る場所を指す。もっと掻い摘んで言うと、人が力を合わせて生きている環境そのものだ。
つまり国の中でも極めて一部の者たちだけで計画されていたこれは、人の住処を開拓するというものだった。各国首相なども含めた議会では、大勢に詳細を知らせずして裏でそれが行われていた。
終末を迎えようとする人類が、それを利用しない手は無かった。もはや最後に残された唯一の選択と言ってもいい。
この計画は元々、《宙》と《地中》を対象に大きく二つに分けられていたものだが……
様々な思惑と展望が錯綜し入り乱れる中で、最終的に人類が選び取ったのは後者だった。
そして、二一七七年の十二月十二日。運命が裂かれた日から八十八日が経った日。
人は、《発展途上の地中へと逃れた》のである。
それは様々な偶然や結果が齎してくれた安住の場という名の聖地であり、
それらには秘匿の地――〈INワールド〉という呼称が与えられることになった。