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崩壊のディーア  作者: 朔望
(A)零章 -理想郷と偽りの星-
33/90

Release0033.根幹(21)




 間一髪のところで躱せた巨躯なる爪はレ・ミーユを容易く半壊させた。

 空想竜種型の一体、《アドラメレク》が名。確か偉観の地(アストロイヒルズ)では七番目か八番目ぐらいの強敵だったと記憶している。姿勢が悪かろうとあのサイクロプスを悠々と捻りつぶしてしまいそうな図体を誇る黄土色の竜で、その体面は騎士甲冑を強固に並べたような鱗肌に覆われていた。

 せいぜい二階の窓までだった人形怪異ですら獣を握って花火にするというのに、こんな建物の屋根にまで頭部位置が到達している相手がその手を振り下ろせば、ただの家屋が一瞬にして壊されるのも道理だ。

 だから結局、アタシの人生はここで終わりだと直感した。

 街路に溢れる軍隊ネズミやあの憎き蟷螂(かまきり)野郎とか、それから道両側の家などを尻尾の(はた)きだけで吹き飛ばしながらアタシを地獄と化している店先に突き落とす。小さく儚い希望の中に踏み留まっていたオリヴィアと手を伸ばしあうも、指先すら触れぬままアタシの身体は天井から遠ざかっていく。

 息を吐く余裕もなく、背中に冷たい気配が忍び寄る。

 その刹那に思うのは生涯のことだった。人間、死ぬ寸前に走馬灯に縛られるのはみんな一緒なのかもしれない。全てがゆっくりと進む中、頭の中は見たような気がする景色でいっぱいになっている。

 それらを意識してみれば。

 ――ああ、あんまり面白くない人生だったかな、と。

 アタシの人生は、世界を広く望めば意外にも多く存在してしまっている不幸に始まる……と聞いている。物心付く前に放られ、それが捨てられたのか仕方なかったのかも分からないまま命付きようとしていたところを拾ってくれたのだそうだ。

 それは当時、数多の国によって使用権が管理されたロイヤルスティールを一つの是認もなくして持ち出すという、反人類的行為を企てたテロリスト集団筆頭。

 すなわち、オールード・レグナートの手によってである。




 詳しいことを訊ねる前にあの人は逝ってしまったから正確には把握してないけど、生後数ヶ月程度の赤子が戦場に取り残されていたところを偶然見つけたと言われている。

 場所はロシアの南端。地表に要塞もある地域。その遥か地下にロイヤルスティールが隠されていた。

 つまり、人類を裏切るという作戦の決行中にそんな異様な現場に遭遇したらしい。

 複数の国家絡みで隠蔽された彼の存在は、馬鹿正直にとある国際的軍事勢力が持つ領地内にあった。物を隠す難しさというのはものによっては難易度が高く、隠したい場所を守るのはどれに対しても自然な心理だが、むしろ何もしないからこそ実は重要ではないと相手に思わせるような考え方だってある。国家間の裏で企てていた機密事項ともなれば当然そういう駆け引きも慎重になるはずで、故にそんな防衛機構を配置したのはきっと裏の裏の裏の裏ぐらいには考えてのことなのだと思う。

 そこへの道中に通ることになった街中で、人間に必ずある恐怖心により、なるべくして肥大化した〈脱地球勢力(テロリスト)〉がその国際基地より編成された軍と戦闘することになる。しかし心の力というのは人自身が思うよりも盤石なもので、両勢力多くの犠牲を生み出しつつも、この悲しき同士討ちは〈脱地球勢力〉側が勝利を収めた。反乱軍を止める思いよりも、何を犠牲にしてでも自分達が生きる、そんな覚悟の方に軍配が上がったのだ。

 いや第三者視点として現実的な指摘をするのであれば、実際はその軍も度重なるディーアの襲撃から一時的にでも街や人々を守るため、何度も何度も戦地に身を駆り出し疲弊していたからによるところが大きいだろうが……その時期は兵站などの目的で徴発や物資提供が行われていたため、ある程度なら差し引いての話に出来るだろう。

 そうして、その時少なからず第三勢力としてやってきたディーア諸共どうにか撃退に成功した頃には、その街は焼き討ちにでもあったかのように姿を一変させ、住民や避難民も去った後だったという。元々そこは国から指定された避難区域であり(恐らくはそれもカモフラージュや手を出し難くさせる対テロ意識の一手だろう)、事情などなにも知らない無関係者含め、人々がディーアから逃れ息をつく場所でもあったのだ。

 オールード達は、その大地一面に咲き覆った罪悪感を踏みしめ、決断のままに動いた。同族でも敵対した軍人、それから自軍から死者へと成り代わった同志、あるいはその戦に不運にも巻き込まれてしまった者達に追悼の念を抱きながら、荒れ果てた瓦礫の山々のあいだを抜け軍拠点に向かって。

 そんなところに何処かからか気が抜けそうになる喚きが聞こえてきたかと思えば、まあ誰の子かも分からぬひ弱な生き物が岩々の隙間に取り残されていたと。オールードの眼にはその赤子が異常な輝きを放っているように映り、その場に捨て置くなんて考えは微塵も浮かばなかったそうだ。

 ……なーんて、アタシが本人から聞かされた昔話は、搔い摘めばそんなものである。


 それからのアタシは、彼に見い出されたこの身に宿る能力に磨きを掛け続けた。アタシは人の眼には映らないはずの、法則のようなものが見えることがあった。

 発見が得意なんじゃないか、そう言われた。だから立場上は学者という(てい)で生き、アルカディアの上層部に使われることになっていった。

 といっても、やることは普通の研究者とあまり変わらない。幼さ故、他者に向けた説明も覚束ないながらアルカディアの地質や原生物の構造などを見て調べ、()ったり意見を出したりする。

 アタシとしては、それは不思議に感じたことや思ったことを口にする、ただそれだけのことだった。具体的には『初めて見るこの花はこんな匂いなんだ、でもなぜ鼻の奥が痛くなるんだろう』とか、『あの虫は飛んでもすぐ着地する、長く飛べないのかな』とか、そういう感覚だ。

 時には本職の人と言い合ったりすることもあった。あんまり覚えてないけど、アタシが覚えていないということは頭の中に残す価値もない話をしたのだろう。

 でも、そうやって言い合った時に限って悉くアタシの考えが間違っていて。泣きっ面で拗ね、父となった人の自室の窓から光球(フォース)を眺めるのが日課。それを繰り返し、繰り返し……。そのうち、同業者達にはいちいち泣かれては心も痛むと餌付けされる癖がついた。美味しくはなかった。

 そんな生活を何年と過ごす中で、アタシの心はあの人の想いでいっぱいになっていった。

 失敗しても、彼は笑ってくれた。成果が出せなかった時も、彼は頭を撫でてくれた。他の誰かに怒られへこんでも、彼が励ましてくれた。大きくてゴツゴツしているのに、だけど暖かくて柔らかい。そんな手が、最初から最後までそばにいてくれる。それは生きる気力や理由となっていた。

 その生活は、まだ十歳前後でしかなかったにしても、人生で一番楽しいと感じていたように思う。自分に役割が与えられ、はぐれ者でも居場所が出来た気がして。それがなんだか嬉しくて喜び跳ね、勢い余ってたんこぶを作ったこともあった。

 オールードは腹を抱えてまで笑ってくれた。豪快に、優しく。そこにちょっぴりのスパイスとしてアドバイスや注意も加えて。……でも、それが良かった。

 親の顔は知りもしないけど、アタシにとっての“本当の親”は、そこだけにあった。

 血は繋がっていない、それでもこんな人に拾ってもらえてアタシは幸せだ。そう思うような、思わせてくれるような人。アルカディアの誰もが知っていて、信頼していて、天の光よりも輝かしい存在。眩しい、存在。

 だからなのだろうか。最初はどう接していいのかも分からなかったけど、いつしかあの人の考えが、アタシの意志であるとも思うようになった。

 そんな彼は、いつもみんなにこう言っていた。


『今を謳歌し続ける気はない。まだ準備が必要だが、俺は、俺の故郷を取り戻したいんだ。そして、どんな風に罰されることになろうが、俺がやったことについてのケジメを向こう側の連中につける。いや、つけなきゃいけない』


 テロリストなる不義の扱いを受けても、アルカディアの人々がそこまで人情を捨てた人達じゃないのは同じ時間、同じ場所を過ごしていてアタシも分かっていた。みんな最初からそのつもりではあったのだ。だからこそオールードの一声に続いたのだろうし、そこに非難や反対意見が生まれることもなかった。意志は、彼らが地球の上で奮い立った時から一つに収束していたわけだ。

 ――でも、それはあの時までのことだった。




 彼の笑み同様、その光景もまた鮮明に覚えている。

 怖いぐらいに。――消えない焼き印のように。

 夕日で色を誤魔化す赤。小さな海に巨大な天罰が落ちたように広がる赤。赤はアタシの両手を染め、頬にも散って。それは一つの塊を出所として、尽きることがないのではないかというぐらい並々と流れ出て、少しずつ硬い鉄の地面を侵食していった。

 全部が人の血だった。ロイヤルスティール最上層。テラスともデッキとも言われる屋外。冷えきった艦の外郭素材はほんの少し湾曲していて、血が傍若な意思を宿したかのようにじわじわと滑り落ちていく。

 アタシはそこでただただ無表情に、その大きな雫と塊を眺めていた。テスト運用していた人口知能を有する実験機と一緒に。

 あまりにも信じられない……信じたくない光景だったのは間違いない。それほどに大きいショックが頭を支配し、どうしてそういう状況になったのか、原因……というより、その明確な理由はなんなのか、それは今のアタシの中にさえはっきりとは存在しない。ずっと霧がかっていて、漠然としている。何かの実験中だったのだけは確かだ。

 少しして、戻りが遅いと階下から彼の相棒、オズ・アストロイがやってきた時。

 アタシは、あの人の右腕と言われている割に皺を重ね過ぎなその顔を見て、やっと自分の感覚が戻ってきたのを感じ取った。その時点よりも前からオズは、アタシに向けて憂懼(ゆうく)な表情と突き刺すような言葉で肩を揺さぶっていた。

 それがとても胸に突き刺さって。次第に、人生で一番手放してはならないであろう大切な何かを失ってしまった気がして。

 逃げるように視線を逸らした先にソレを見た時、アタシはとにかく叫んだ。そうすることしか出来なかった。

 ――アタシの父となった人の命は、そこで終わりを迎えていたから。




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