95話 仲間たちの撤退
「おぉ! みんな無事そうで安心したぜ」
満身創痍のマリ達を見て、信太郎は開口一番にそう答えた。
確かに傷だらけとはいえ周りの兵士と違って五体満足なため、信太郎がそういうのも分かる。
そして信太郎やエアリスが大半の魔物を倒してくれたおかげでマリ達は生き残れたと言っても過言ではないし、仲間達もそれを理解していた。
だが信太郎の吞気すぎる声がカンに触ったのか、ガンマに肩を貸して貰っている薫が表情を歪める。
「無事……といえば無事か、一応生きてんだからな」
脂汗を浮かべる薫が憎まれ口を叩く。
先ほどの戦闘で魔物の突進をまともに受けてしまった薫は痛そうに肋骨の辺りを抑えていた。どうやら折れた肋骨がどこかに刺さっているようで、苦しげに呻いている。
「お? 薫の兄ちゃん、ケガしてたのか。マリや小向も寝てるみてーだけど、薬と魔法は使わねーのか?」
信太郎は不思議そうに首を傾げると、気を失ったマリと小向を背負う空見へと視線を向ける。すると空見は疲れ切った様子で肩をすくめた。
「魔力もポーションも品切れさ。みんな辛うじて生きてるけどすぐに治療が必要だよ」
ガンマは魔眼の酷使で血の涙を流し、マリと小向に至っては魔力切れで気絶し、エアリスも限界が近い。とても戦える状態ではない。
信太郎以外で戦えそうなのは空見くらいだろう。
「そういえば信太郎君、伝令は聞いたかい? 周囲に魔物の大群が集まって来てるんだってさ。戦える者は勇者率いる精鋭部隊の背中を守るためにここを死守せよ、だって」
今思い出したと言わんばかりに空見が声をあげる。
そして周囲をそっと見回すと、信太郎に歩み寄った。
「……こんな状況だし僕らは棄権してた方がいいと思う。今の状況で戦闘を続けるのは無謀だよ」
信太郎の耳元でそう囁く空見の声は震えていた。
責任感が強く真面目な空見としては能力のある者の務めとして、ここに残って戦いたい気持ちを強く持っている。
しかし仲間の安否を思う気持ちが勝ったのか、空見は負傷兵として戦線を離脱しようとしていた。
信太郎もまた疲労の色が濃く、このまま連戦して強力な魔物と戦えば万が一もあるだろう。だが皆で戦線を離れようという空見の提案に信太郎は首を横に振る。
「悪ぃ、空見の兄ちゃん。俺だけここに残る」
「信太郎君!?」
驚く空見に信太郎は珍しく真面目な顔で言葉を続ける。
「俺、バカだからうまく説明できねーけど分かるんだ。直感って奴? 誰かがその集まって来た魔物の群れをどーにかしねーとヤバいってことがさ。もし止められなかったら、たぶんたくさん人が死んじまうと思う。それは嫌だ」
「信太郎君……」
「アンタ、真面目なこと喋れたのね……」
久々にまともなことを喋った信太郎にエアリスは心の底から驚愕した。
空見はそんなエアリスに咎めるような視線を一瞬送ると、エアリスが居心地の悪そうな表情を浮かべる。
さすがのエアリスも失礼だと感じたらしい。
微妙な空気を払拭しようと空見が軽く咳払いすると、信太郎と目を合わせる。
「信太郎君、なら僕も残るよ。一緒に生き抜こう」
「いや、空見の兄ちゃんとエアリスはマリ達を守ってくれ。俺が腹の底から信じられんのはいつもの皆だけなんだ」
信太郎は真剣な表情で空見の眼を見つめ返す。
その言葉と視線で空見が苦虫を噛み潰したような顔つきになる。
(確かに本当に信じられるのはいつものメンバーだけ、でもここに信太郎君を残していっていいのか? きっと激戦のはずだろうに……)
共に残って戦うか、託された仲間を守るか。
どちらを選ぶべきか迷う空見の頬をエアリスが突っつく。
「分かったわ。マリ達を安全な場所に避難させたら必ずアンタを助けに来るわ。それでいいわね?」
「エアリス君……。分かったよ、信太郎君。安全地帯に皆を連れ帰ったら助けに来る。それまでは生き抜いてくれ!」
エアリスの言葉で、迷いの消えた空見はマリと小向をしっかりと背負い直す。
そしてエアリスに耳を引っ張られながら、撤退する負傷兵の一団へと歩いて行った。




