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94話 追撃


「よーやく死んだか」



 穴だらけになった平原の端で、ようやく絶命した山脈ムカデの巨体からのそりと信太郎が這い出てきた。

 その姿はボロボロで泥まみれだ。

 信太郎が山脈ムカデの頭を潰してから十数分もの間、信太郎は地面に叩きつけられていたのだからそれも当然だろう。



 さすがに疲れているのか、信太郎は疲れ切った顔でため息を吐くと腰に着けたポーチへと手を伸ばす。

 このポーチはマスターに作ってもらった収納の魔道具だ。部屋一つ分の荷物をしまえて、重量も子供でも持ち運びできる程度という高性能な魔道具である。



 信太郎はポーチからマスター特製の回復ポーションを取り出すと、一息で飲み干す。すると信太郎のケガが急速に治っていく。

 まるで映像の早戻しでも見ているようだ。

 信太郎の両腕は山脈ムカデの牙を受け止めた時に半ば潰れていたが、見た目だけは完全に治っていた。



「おお! なんかケガ治ったぞ!」



 喜ぶ信太郎だったが、立ち眩みでもしたのか思わずその場に座り込む。

 そして信太郎の豪快な腹の音が鳴り響く。



「やべ~ぞ、血が足りねぇ。何か食わねぇと……」



 回復ポーションで怪我や毒は治るが、失った血までは戻らない

 穴が空くほどの空腹を感じ、座り込んでいた信太郎がふと視線を上げると、牛頭や山羊頭のデーモンが率いる魔物の群れに取り囲まれていた。

 信太郎を仕留めるチャンスだと思ったのか、牛頭のデーモンが嗜虐的な笑みを浮かべている。

 それを見た信太郎はニヤリと笑う。



「牛っぽい頭ってことは食えるんだよな? おーし! 昼飯は生の牛肉踊り食いだぁっ!!」



 信太郎はそう叫ぶと、魔物の群れへと飛び込んだ。



 ◇


 信太郎が牛頭のデーモンたちと戦っている頃、勇者アルトリウスとゴルド大将は死体だらけとなった平原で話し合っていた。

 人や魔物の無残な死体の前でも眉をピクリとも動かさず、勇者アルトリウスはただ一方向を見つめている。

 その方角は魔王が逃げていった先だ。



「だいぶ消耗したな、戦える兵は残りどの程度だ?」


「まともに戦えるのは……多くて2000名といったところですな」



 魔王を追い詰めた勇者たちだが、あと一歩のところで逃げられてしまい、すぐにでも追おうとする勇者たちをゴルド大将が押し留めた。

 そんなボロボロの状態で勝てるはずがないと訴えるゴルド大将の言葉に従い、勇者アルトリウスは僅かな間だけ休むことにした。

 最低限の治療と軍の再編成のために休んでいた勇者の元へ騎馬兵が駆け寄ってくる。



「伝令! 魔王がさらに魔物を呼び込んでいるようです。その数は2万を超えるとのこと。何故か脱走した兵士も混じっているようですっ!!」



 伝令の言葉に勇者とゴルド大将が顔を見合わせる。



「どういうことだ? 他国の兵士……いや、乗っ取られたか?」


「操られているか乗っ取られたか、いずれにしても殺す必要があるでしょうな」



 痛ましい表情の勇者を見てゴルド大将は重苦しく頷くと、伝令へと顔を向ける。



「それで? 魔物の群れには大型はいるのかね? それとも小型だけかな?」


「報告によると魔物の種類は小型や中型が多く、大型はほぼいないとのことです」


「雑魚ばかりか? ならば絶好の機会だ」


「ですな。これは光が見えてきましたぞ」



 伝令の報告を聞き、機嫌が良くなった勇者とゴルド大将を見て四聖の一人――アンナが首を傾げる。



「……どういうことです?」



 アンナの言葉に勇者は察しの悪い幼子を咎める様な視線を向ける。



「分からないか? 魔王は雑魚を呼び寄せなければならんほど衰弱しているということだ」


「これを逃せば後はないでしょうな。勇者殿、確実に仕留めましょう」


「もちろんだ、ゴルド大将。それと精鋭を100名選んでくれ。精鋭と共に魔王を討伐する」


「了解です、勇者殿。残り1900には集まって来た魔物を抑えさせます」



 勇者の命に従い、ゴルド大将は兵に支度を急がせた。



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