83話 元凶
「そんな場所で待ち構えているとは……。ゴルド大将、あなたはどう考える?」
「間違いなく罠ですな」
大将用の幕舎の中で、勇者の言葉にゴルド大将は即答する。
言外に「それ以外に考えられるか?」と言いたげな口調に、四聖の一人――ランスロットが表情を歪める。
仮にも王族であり、勇者でもあるアルトリウスに対してさすがに無礼であると感じたのだろう。当のアルトリウスは全く気にしていなかったが。
今のアルトリウスには魔王が妙な場所で待ち構えていた事で一杯だ。
伝令によると今回の魔王は遮る物が全くない大平原の端にて、切り立った崖を背にして布陣しているとのこと。
今まで奇襲ばかりしてきた魔王が姿を現し、こちらを待ち構えているなど想定外である。大将や参謀との軍議では、逃げ回る魔王を包囲して決戦に持ち込む予定だったのだが読みが外れる形になってしまった。
現在、包囲のために散開させた部隊を呼び戻しているところだ。
考え込む勇者アルトリウスに、ゴルド大将が語り掛ける。
「勇者殿、魔王の動きは神出鬼没にしてその移動手段は未だに分かっていない。敵はこちらを一方的に奇襲できるというのにその利点を捨ててまで姿を現した……私ならそんな事しませんな」
「向こうには勝てる算段があるということか。敵の策は読めるか?」
「現時点では何も。先ほどの竜騎士に魔導士を連れて行かせ、調査させております。……まさか戦うおつもりか?」
ゴルド大将は正気を疑うような視線をアルトリウスに向ける。
「取り逃がしたくない。友好国の重要な拠点がいくつか潰されている。これ以上戦を長引かせるのは得策ではない。何より、これはまだ始まりに過ぎない。少し前にも話しただろう、ゴルド大将?」
「魔王を産み出し続けている元凶を倒さない限り人類に未来はない、でしたな」
ゴルド大将は戦争前に開かれた、上級将校のみ招かれた会議を思い出す。
当時のゴルドはまだ大将ではなかった。
彼は上官の殉職や、今回の戦争で手柄を上げて出世した軍人であり、当時の会議についてあまり詳しくない。
ゴルド大将が知っているのは、会議の内容が魔王を産み出す元凶についてということぐらいだろう。
そもそも、この世界における魔王とは魔物の突然変異のことを指す。
その発生感覚はおよそ百年に一度。
だがこの200年間、十数年に一度の割合で魔王が侵攻してきている。
これは明らかに異常だ。
不審に思ったアルゴノート王国の調査団が百年前から調べ続けた結果、すべての魔王は皆同じ場所で生まれていることが分かった。
「ゴルド大将、以前君に渡した資料には書いてなかったが、魔王を産み出す元凶は数百年も前に人類が放棄した東の果て――タイガの森にいる」
タイガの森。
それはローレシア大陸の最東端にある大森林である。
元々人類は肥沃な土地であるローレシア東部に住んでいたのだが、200年以上前に発生した『災厄の魔王』によって大陸西部に追い出されたのだ。
「確か人類を大陸の東から追い出した魔王の名は……シアエガでしたか?」
災厄の魔王『シアエガ』
かつて人類を大陸の東から追い出さした怪物だ。
当時、実を言うと魔王という存在はさほど脅威ではなかった。
確かに驚異的な力は持っていたが、どれほど強力な魔物であろうと単独で出来ることなどたかが知れている。
魔王など兵力を一万人ほど動員すれば問題なく討伐できる程度の脅威だったのだ。
しかし魔王シアエガは単身ではなく、群れを率いた初めての魔王だった。
津波のように押し寄せる魔物の大群。
おまけにシアエガの能力は魔物の進化を促す能力であり、初めて見る強力な魔物たちに当時の軍は成す術がなかった。
いくつもの国が滅び、各国の残党が連合軍となり戦うこと数年。
ついに決死の覚悟で挑んだ英雄たちが魔王シアエガを倒せたが、もはやローレシア大陸東部は人の住める環境ではなくなっていた。
というのも死んだ魔王シアエガの巨体から数百を超える魔物――後世にてデーモンと呼ばれる存在が生まれ、四方八方に散っていったのだ。
余力を失った当時の連合軍にそれらを追跡し、討伐する力はなかった。
魔王を倒せたはいいが、後に残ったのは荒れ果てた大地、そして人類を異常なほど敵視する人食いの怪物――デーモンのみ。
貴重な戦力を失った人類は仕方なく大陸の西部に移り住むことにした。
その時に作られたのが勇者の国アルゴノートだ。
アルゴノート初代国王とその仲間たちはずっと夢見ていた。
いつか故郷に帰るのだと。
故に子々孫々に語り継がせた。
必ず故郷を取り戻せと。
だからこそアルゴノート王国は、ローレシア大陸の東部を奪還することを夢見て200年間刃を研ぎ続けていたのだ。
(……普段冷静な勇者殿でもこれか。ということは愛国心の高い連中はもっと酷いはず。これはもう止まらんな)
「おそらく元凶はシアエガと同じ能力を持ってるはず。すぐに攻めねば新たな魔王が生まれ、その度に人類は衰退していく。これ以上時間はかけられない」
ゴルド大将は勇者アルトリウスを見て、ごくりと唾を飲む。
人類の希望にして大英雄と称えられるアルトリウスの眼には狂気の光が宿っていたからだ。
ゴルド大将はため息を吐きたくなるのを堪えながら、地獄に飛び込む覚悟を決めた。




