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8話 風の大精霊エアリス2



「すごいっすよ、エアリスさん!」

「さっすがエアリスちゃん!」

「ありがとう、エアリスさん」

「エーアリス! エーアリス!」


「ちょっと! この程度のことで騒がないで。恥ずかしいわ」



 エアリスはそっけない口調だが、照れたように笑っている。

 信太郎たちのエアリスコールに満更でもなさそうだ。

 だがニヨニヨと笑っていたエアリスの顔が急に真顔になった。



「何か来るわ! 警戒して!」


 慌ててマリを中心にして円陣を組む太郎たち。



「この感じは魔法生物……? 上から来るわ!」



 エアリスの言葉に信太郎たちは空を見上げる。

 十数メートル上空から魚影が3つ突っ込んでくるのが見えた。

 慌てて小向が風魔法で霧を散らすと、その魔物の姿が露わとなる。

 それの姿は白いホホジロザメによく似ていた。

 体長は6メートルほどで赤黒い目で信太郎たち睨み、上空を旋回し始める。



 この魔物の名は『霧鮫』といい、タラスクの生み出した使い魔だ。

 タラスクは自分の作った狩場に、自分以外の捕食者が居座るのを嫌う。

 そのため、そういった存在を追い払うために一定数の霧鮫を森に放流していくのだ。

 信太郎たちは運悪く巡回中の霧鮫に見つかってしまったらしい。



「エアリスちゃん、戦いは避けられない感じ?」


「無理ね。マリ、子ブタ。やりなさい! フォローはしてあげるわ」


「分かった!」


「行くっすよ!」



 マリと小向から上級魔法が無詠唱で放たれ、氷刃の嵐が、竜巻の槍が霧サメへと迫る。

 目前に迫ったその魔法を霧サメは急加速であっさりと避ける。



「ウソっ……!?」



 驚く間もなく、大口を開けた霧サメが突進してくる。

 不揃いで鋭い歯が何列にも並んでいるのが見え、マリは恐怖で固まってしまう。



(た、食べられ……!)


「だらっしゃぁ!」



 食いつかれる前に間に入った信太郎のワンパンで霧鮫は粉々に砕け散る。

 不思議なことに死骸や血肉は残らずに、まるで幻のように消えてしまった。

 霧鮫のような魔法生物の体は魔力で出来ているので、死ねば溶けるように消える。

 だから血も肉片も全く残らないのだ。



「シンタロー、アンタやるわね。ワタシの魔法より速く動くなんて」



 小向の方に来た霧鮫はエアリスが倒したようだ。

 彼女はマリの方に来た魔物も倒そうとしていたが、信太郎の方が早かったらしい。

 残る魔物は一匹。

 だが警戒しているのか寄ってこない。



「最後の一匹はこのエアリス様が……」


「いや、僕にやらせてくれないか」



 エアリスが手を出そうとするが、それを遮って空見が前へ出ていく。

 一人パーティから離れた空見に向かって霧鮫が突進する。



「シッ!」



 空見は突進してきた霧鮫の脳天へカウンターでメイスを叩き付ける。

 しかしそれは致命打にはならず、空見は霧鮫に食いつかれてしまう。

 霧鮫に噛まれた左手からミシミシと嫌な音が聞こえ、空見の背筋が恐怖でゾワリと震える。

 霧鮫は空見に食いついたまま上空へと彼を浚っていく。



「おい、やべーぞ!」


「大丈夫よ、ワタシが今助けるわ!」


「大丈夫だ! まだやらせてくれ! 『バースト・レイ』」



 そう叫ぶと空見は噛まれている左手に魔力を注ぎ込み、そこから中級の光魔法『バースト・レイ』を発射する。

 さすがの霧鮫も内側からの攻撃には耐えきれなかったのだろう。

 霧鮫は空中で爆散し、空見は上空から落下していく。

 そして地面に叩きつけられる直前に、信太郎が空見を抱きかかえて助ける。



「アブねー! 大丈夫か?空見の兄ちゃん」


「どうにかね。助かったよ、信太郎君」


「へえ。アンタ中々根性あるじゃない」


「……どんな強い敵でも内側から攻めれば倒せるって知ってたからね」



 転移初日、同じやり方で不良達がオークに殺されたのは今でも忘れられない。

 空見はそれを実践してみただけだ。



「ところでその、血は出てないでしょうね? マリ、回復魔法使えるんでしょ?」


「大丈夫だよ。ケガはない。盾は壊れちゃったけど・・」



 困った様子で空見がつぶやく。

 その視線の先には砕けた盾がある。

 また余計な出費が増えてしまったと頭を悩ませる。



「でも誰も酷いケガしなくてよかったっす! そろそろ帰るっすよ」


「そうだな、オレ腹減ったぜ」



 森から出ようとする信太郎たちだが、そばの茂みが揺れて思わず一行は身構える。

 茂みからは大きなネズミが数匹出てきた。

 こちらに視線を向けてきたが、興味がないのか、近くに生えるキノコにかじりついた。

 敵対する気はなさそうだ。



「ただの大ネズミよ。無害だから大丈夫。一応食べれるけど臭みが強くてかなり不味いらしいわ」


「食えるんだろ? 今日のおかず一品ゲットだぜ!」


「ちょっ……!?」



 エアリスが止めようとする前に信太郎が飛び出し、食事中の大ネズミを捕獲しようと手を突き出す。

 信太郎はガチャで得たチート能力によって身体能力がベヒーモス並みだ。

 当然ながら大ネズミは爆散し、辺りに赤黒い肉片が飛び散る。



「げ! やっちまった、食うところが減ったじゃねーか」



 細かい肉片が飛び散り、信太郎は真っ赤に染まる。

 だが信太郎は血で汚れたことより、肉が減ったことを悲しんでいた。



「信ちゃんったらもう……。魔法で洗うよ?」



 マリは信太郎に近づくと水魔法で彼を洗っていく。

 そんな光景を見ながら小向はふとあることに気が付いた。



「……ん?エアリスさん、どうしたっすか?」



 自分の肩に座りこんだエアリスの様子がおかしいことに気付いた小向は心配そうに彼女の顔を覗き込む。

 その時だった。



「うぼええぇぇっ!!!」


「ひええぇっ!?」



 小向の肩にエアリスがゲロを吐いた。




 ◇


「え? エアリスさんちゃん、血の匂いダメなの?」


「……ええ」



 気分が悪そうに吐きまくるエアリスを落ち着かせ、森から出た信太郎たちは町へと続く道を歩いていた。

 日が傾き、周囲が茜色に染まる草原の中でエアリスは小さな声で事情を語りだしたのだ。



 故郷では風の精霊王シルフィードの末妹であったエアリスは、まだ若いが強力な力を持つ精霊だった。

 だが彼女には欠点があった。

 エアリスは血の匂いがダメなのだ。

 血の臭いを嗅ぐたびに抑えきれない吐き気が彼女を襲う。

 その欠点のせいで、住処を魔物から守る戦いの度にゲロを吐きまくっていた。

 そのことで精霊の仲間にからかわれ、ずっと馬鹿にされていたらしい。

 故郷の仲間を見返すために小向の召喚に応じたとのことだった。



「あれ? 今まで平気だったでしょ」


「肉食花も霧鮫も血の匂いしないでしょ?」



 言われてみれば確かにそうだ。

 肉食花は植物だし、霧鮫は魔法生物で血の匂いはしない。



「子ブタ。契約はどうする? 切る?」



 エアリスは不安そうにつぶやく。

 その顔は先ほどのような自信に満ち溢れていたものとは全く違う。

 まるで捨てられるのを恐れる幼子のようだ。



「いや、そんなことしないっすよ」


「ああ! 母ちゃんが言ってたぜ! どんな人にも苦手なモノはあるし、足りないものは友達と補い合えって! オレらダチだろ?」


「そうっすよ。僕もポンコツなんで半人前同士よろしくっす! 僕らと一緒に故郷のお仲間を見返してやるっすよ!」


「おう! 俺たち3人ポンコツ同盟だな!」


「子ブタ……おバカ。アンタたち馬鹿っぽいけどいい奴ね」



 エアリスが感極まった様子で呟く。



「子ブタじゃなくて小向っす」


「信太郎な。てゆーかこのオレがバカだって? 九九だって言えるんだぜ?」



 太郎と小向との会話でエアリスに笑顔が戻る。

 夕日で茜色に照らされる中で微笑むエアリス。

 その様はどこか幻想的な光景だ。



「みんな、改めてこれからよろしくね!」



 エアリスは先ほどの泣きそうな顔とはまるで違う、満面の笑みを浮かべたのだった。



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