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56話 恐れる理由



「今日の所はこれで失礼するね」



 信太郎にそう言うと、マスターはリリアと共に席を立つ。

 そろそろ時刻も夕暮れ時。

 大通りも買い物客や夕食目的の人々で混み始める頃合いだ。



「お? 一緒にメシでも食わねーか? 奢るぜ~」


「そうしたいのは山々だけど、なんかうちの隊長が話があるらしくて」



 マスターは信太郎の誘いを残念そうに断る。

 この宿の食事はこの町でもトップクラスの美味しいため、それも当然かもしれない。

 すでに宿の厨房から良い匂いが漂ってきていて、リリアは名残惜しそうに厨房を見つめている。

 予定があるなら仕方がないと、信太郎は気持ちを切り替え、さっき貰ったパンツを握りながら満面の笑みで笑いかけた。



「それじゃ、仕方ねーな。今日はパンツありがとな! 今度なんか奢るぜ! あんた本当にすごいパンツ職人だ!」


「あ、ありがとう……」



 信太郎の言葉に、マスターは困ったような笑顔を浮かべる。

 さすがにパンツ職人と呼ばれるのはマスターも恥ずかしいようだ。

 パンツ職人呼ばわりにリリアの表情がほんの一瞬険しくなるが、すぐに呆れた表情で口を開いた。



「伝説の錬金術士に下着作らせたのってアンタたちくらいじゃない?」



 ため息交じりのリリアの言葉に怒りはない。

 彼女が怒らなかったのは、信太郎に悪意が全くなかったからだろう。

 そのことにマリはほっとする。

 あの亜人キャンプの時みたいになったら大変だ。

 ふと、マリは視界の端にエアリスを見つけた。



(変ね。エアリスちゃんがやけに大人しい……)



 ここで初めてマリがエアリスの様子に気づいた。

 ようやくふんどし姿の信太郎という煩悩から解放されたようだ。



「ではまた今度」


「お! じゃあなー!」


「マスター、また今度商品買いに行くわ」



 信太郎やガンマの見送りの声で、マリ意識は思考の海から引き上がる。

 顔を上げたマリは、リリアが小さく手を振っているのが見え、慌てて手を振り返した。



 ◇



「それで? やけに大人しかったがどうしたんだ?」



 どうやらガンマも小向達の様子に気づいていたようで、やつれた顔で口を開く。

 普段の小向なら、美女を見かけたら顔を真っ赤に染めながら顔や胸元をチラ見し、それをエアリスに叱られるのがデフォルトだ。

 だというのに顔を赤らめるのではなく、青ざめるとは一体どういうことか。

 言いづらそうに口ごもる小向たちを、薫がからかうような声をあげる。



「やい、子ブタに幼女。お前ら一体どうした?」


「小向っすよ~」


「エアリスよ!」



 薫のからかいに、2人は揃っていつもの反応をする。

 それを見たマリは安心する。

 いつもの元気そうな2人だ。



「それで? 何か理由があるんだろ?」



 ガンマの探るような視線に根負けしたのか、小向が言いづらそうに口を開く。



「うまく言えないけど、怖かったっスよ」


「はぁ!? 怖かった? 意味分かんね」



 小向の言葉に薫が驚きの声をあげる。

 あんな絶世の美少女を見て怖いとは何事か、とでも言いたそうな表情だ。

 それは他の皆も同じだった。

 ため息と共にエアリスが口を開く。



「アンタ達には分からないかもね。おバカ、アンタはどうなの?」


「お? 俺のことか? うーん。怖いとは思わねーけど、危ないとは感じるぜ」


「おいおい、どういうことだ? 説明してくれ!」



 信太郎まで妙なことを言い出し、ガンマが慌て出す。

 小向の肩に腰を下ろしたエアリスが重苦しいく口を開いた。



「……あのリリアって女、魔力の量が桁違いなのよ。鬼族の群れが攻めてきた時、ワタシが使った切り札のこと覚えている? 」


「エアリスちゃんの切り札って、サイクロン・ディザスターだっけ? 」



 極大魔法サイクロン・ディザスター。

 エアリスの切り札であり、たった一発で彼女の全魔力を使い切る、最も燃費が悪い大技だ。

 エアリスの言葉でマリは当時のことを思い出す。

 数百匹の鬼を纏めて消し飛ばした大魔法だったはずだ。

 おそらくアレ一発で城塞都市エリーゼを半壊させることが可能だろう。

 思い出しても背筋が震える威力だったのをマリはよく覚えている。



「たぶんだけどリリアって女、あのクラスの魔法を連発できるでしょうね。しかもそれだけ魔法を使っても魔力は半分も減らないと思うわ」


「大精霊より上ってことか……?」



 ガンマの言葉にエアリスが黙ってうなずく。

 そう、小向とエアリスが大人しかったのは怖かったからだ。

 極大級魔導士の小向と大精霊のエアリスは魔力に敏感であり、そのためリリアとの力の差が誰よりもよく分かっていた。



「あの女の魔力は精霊王のシルフィード姉様に匹敵するわ」


「お? スゲーんだな!」


「嘘……」



 それは凄いことだと皆が驚く。

 信太郎は感心した様子で、マリが唖然とした表情を浮かべる。

 凄い魔導士だと思っていたが、精霊王クラスのとは予想もしていなかった。



「たぶん先祖帰りね。先祖に人ではないのが確実にいるわね」



 先祖帰りとは何か。

 この世界における先祖帰りとは、先祖がもっていた特性が、子孫のとある個体に突然現れることをいう。

 総じて魔神や受肉した大精霊の子孫に現れるケースが多い。

 もはや人の形をした別種の生き物といって良いだろう。

 勇者、神の使徒、悪魔、化け物など呼び名は様々だが、どれも同じ存在だ。



「敵対はしない方がいいな……」



 表情を硬くしたガンマの呟きが騒がしくなる宿に溶けていった。



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