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「アニエスのお気に入りの森へは行けないけど」

「構いません。もともと、あの森は私の生まれた場所であり帰り着く場所ですから。それより

 も大丈夫ですか?他の村人の方に見られたら」

「それは大丈夫だと思うよ、みんなだいたい寝てる時間だから」

 あたりを見渡しても、人が起きて活動している様子はなかった。

「リシャール様」

 突然、『花』は僕の名を呼んだ。

「私はアニエス様に記憶を頂いただけで、お会いしたこともないのに、今、アニエス様が

隣にいてくださっているような気がします」

「そうか」

 残念ながら、僕は『花』の隣にアニエスの存在を感じることはできなかった。けれど、『花』が言わんとしていることは分かるような気がした。

「リシャール様は、今恋人はいらっしゃるんですか?」

「いないよ。アニエスが死んでからずっと。今のところアイツが最初で最後の恋人だ」

「義理立てしているのですか?」

『花』はずけずけと踏み込んで話しかけてきた。

「そういうわけじゃないよ。もちろん義理立ての気持ちが無いわけじゃないけど、もう五年も

経つし、そもそもアイツは待たなくていいって出て行った。だから、義理立てしているから

恋人がいないとかそういうわけじゃないんだ」

「そうですか」

『花』は考え込んでいた。どうもアニエスの検索ベースには『花』の求めている解決策は載っていなかったらしい。

「でも、どうしてそんなこと聞くんだい?」

「アニエス様が今際の際に気にしておられたようで、私の頭の中に強い疑問符が着いていまし

た」

「余計なお世話だ‼……今のはアニエスに向かって言ったのであって、君に言ったわけじゃないんだよ『花』。ごめん」

 ついつい、語気を強めてしまったことに気が付いて、慌てて謝罪した。いくら姿形がそっくりでも感情をぶつけるべき相手は目の前の『彼女』ではないからだ。

「しかし、お一人だと大変ですね」

『花』はなぜか肩を落として、落ち込んだように言った。

「どうしてそう思ったの?」

 僕は特に一人で困ったことは無かった。もちろん寂しさはあったけれど、無理矢理にでも生活することができていたし、そもそも困ったとは違う感情だと思った。どうして『花』がそんな風に思ったのか不思議だった。

「アニエス様は生前、ひどく寂しがっておられたようです。リシャール様と離れてから。ですから、人間は一人でいると、困るほどに寂しくて辛くて堪らない生き物なのかと。私の人間についての知識はアニエス様の記憶から得たものですから」

「そんなに寂しがっていたのなら、一時的にでも帰ってくればよかったのに」

 たとえ、アイツが夭折する運命が変えられなかったとしても、もう一度生きているアイツに会いたかったし、看取りたかった。もちろん、生きていてほしかったけれど。

「そもそも、アイツは十七か十八の頃まで一人暮らしだったのに」

「もともと、寂しがってはおられたのですよ。幼い頃から夜になると一人になってしまうので夜はずっと一人寂しいものだと思っておられました。ですが、リシャール様と暮らして、好きな人と過ごす夜を過ごしてから、再び一人の夜の過ごすのはより辛かったみたいです。リシャール様との暮らしはそれはそれは幸せだったのだと思います。私の、アニエス様の記憶はリシャール様との思い出が色鮮やかに遺っています。どれも、幸せな思い出ばかり」

「そうか」

 僕も幸せだった。幼少期からの付き合いで、だんだん口数は少なくなったけれど、それでも二人でいるのが心地よかった。

『花』と二人で話しながら、とぼとぼと村の道を横並びで歩いた。そういえば、アニエスは背が小さかったから早く歩くのが苦手だったな、と懐かしく思った。

「覚えてる?分かるって聞いたほうがいいのかな?僕の実家だよ」

 僕の実家は森とは逆の街の方にある。明かりは消えているので、僕の父母は寝ているのであろう。

「よく、夕飯に招待して頂いておりましたね。私ではなく、アニエス様がですが」

「そうそう、アニエスが来ると母さん、張り切って料理を作っていたっけ」

「魚の香草パイ包み焼きが好みでしたね」

『花』は感慨深そうに目を細めた。面倒見の良い僕の両親はたびたび、アニエスを夕食に招待していた。母さんは張り切って、ごちそうを作ってアニエスをもてなした。祖母と両親、僕とアニエスの五人で食卓を囲んで、話しながら夕飯を食べた。普段は一人で食事することが多かったアニエスは、いつも嬉しそうに僕の両親の正体に応じてくれた。

「懐かしい、アレも母さんしばらく作ってないな」

 そもそも、実家で食事する機会がめっきり減ってしまったのだけど。

「リシャール様は今、アニエス様が育った家で暮らしているんですよね」

「そうだよ、まあアニエスが育った小屋を改築したんだけどね、二人で住むために」

「実家には戻られないのですか」

『花』は率直に聞きたいことを素直に聞いてくる。

「父さんも母さんも僕に気を使いまくるんで、居づらくなっちゃったんだ。まあ、もともと、何年も前からあの家に住んでいたし、アニエスとの思い出もあるし」

「ごめんなさい」

『花』はそう言って俯いた。

「どうして、君が謝るんだい?」

「私、いえアニエス様が……、早くに……、亡くなって……、でもそれは私が言う資格はなかったですね。ごめんなさい、リシャール様、ごめんなさい、アニエス様」

 混乱のためか、それとも申し訳なさのためか、『花』は泣き出してしまった。

「この身体、涙も出るのですね」

『花』は泣きじゃくりながら、平静を装おうとしていた。

「『花』、大丈夫だよ。僕は気にいないし、アニエスも気にしないよ、優しい子だから。君もアニエスの記憶を見たのなら分かるだろう?」

 今度は僕が『花』を慰める番だった。背中をさすりながら優しく声掛けをした。『花』は一生懸命、指や掌で涙を拭っていた。

「ちょっと休憩しようか。落ち着こう。君とアニエス記憶が同化してきている気がするし」

 さっき、『花』はアニエスの記憶を自分のことのように語りだしていた。『花』自身の自我が薄れてきているのではないかと、心配になる。

「不愉快でしたか?」

『花』は落ち着いてきていた目を再び潤ませながら、不安げに僕を見上げた。かつての恋人とそっくりな瞳に見つめられてこれには弱かった……。

「そういう訳じゃないよ。ただ、短い時間でも自分で歩き回れる身体を手に入れたんだからアニエスそのものになる必要はないんだよ。過ごしたいようにすごしていいんだ」

 僕は『彼女』から目を逸らせ、理性で押さえつけながら『花』が落ち着くように言った。

「どうして、私から目を逸らすのですか?」

『花』は再び僕の目を不思議そうに覗き込んでくる。『彼女』の潤んだ瞳に見つめられて、僕はとある感情を刺激され、理性を失いそうだった。さっき会ったばかりの、不安がっている女の子に僕の勝手な激情をぶつけてはだめだ、となんとか抑え込んだ。。

「アニエスの記憶に男が何をするのか書いてなかったか?」

 ピンとこないのか、心当たりがある記憶が多すぎるのか『花』はキョトンとしていた。

「さあ、少し夜風に当たりながら僕の家に戻ろうか」

 僕は話を逸らせながら、クルっと踵を返して僕の家へと歩く。涼やかな風が僕を冷静にしてくれることを期待して。『花』はさっき僕が言ったことの答えをまだ考え込んでいる様子だったが、僕の後ろをひょこひょこと着いてきた。

「ちょっと、中で待ってて。僕はもうちょっと外の風に当たるから」

『花』を家の中に残し、僕は家の外に出た。


次で最後になります。次の話は今日17時頃に投稿予定です♪

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