58 作戦の始まり
宿のベッドへ鞄を放り投げる、そして倒れこむ。
フラフラだ……。
理由は簡単、さきほどまで飲んでいたからだ。
いや飲まされた。
オーフェンのベッドは空のまま。
「に、しても高すぎる」
会計の事だ。
フルーツの盛り合わせ、ワイン、麦酒、水、豆とよくわからない料理いくつかで、僕がフローレンスお嬢様の所で働いていた時の月給の五倍以上請求された。
それを素直に払うオーフェンもオーフェンだし。
結局、店の外で別れた。
オーフェンは、ナオという子とオフ飲みがあるらしい。
僕の腕をミーナが引っ張っていたけど、飲みすぎて気持ち悪いからと断って逃げてきた。
僕は鞄から黒篭手を取り出すと、腕に付けた。
優しくなぞる。
「オオヒナ……。
聞こえるかい」
沈黙しか帰ってこない。
昼間は確かにオオヒナから反応があった。
そしてオオヒナとそっくりのヒナ。
「あー……、城勤めといっていたしオーフェンに聞いておけば。
明日にでも聞くか……」
オオヒナは『全てを戻す』と言った。
時間さえも戻す力、人が使っていい力ではないと、散々使った自分が最近思う。
今回の作戦が成功したらオオヒナには悪いが篭手は封印しようと思う。
この世界の二人は無事だ、それ所がファーや第七部隊の皆も今は誰一人死んだと聞かない。
でも、それは本当に僕の知っている彼女達なんだろうか?。
僕が本当に好きだった二人は、やはりもう居ないのだ。
そして僕はひっそりと何処かで暮らそうと思う。
「マリエル……」
僕が好きだったマリエルに、僕を殺そうと向ってきたマリエル。
どちらも同じマリエルであり別人だ。
部屋がノックもせずに扉が開く。
「うっ」
「なんだー、よう兄弟暗い顔をしてるぞお」
凄い酒の匂いをしたオーフェンが帰ってきた。
「兄弟でもないし、元からです。
それよりも、今日は帰ってこないかと思ったよ」
「それが聞いてくれよー」
聞きたく無くても聞かされる奴だ。
僕は黙って水を注ぐとオーフェンへ手渡す。
「さんきゅ、酔いつぶれたっていうから家まで送ったら、彼氏だって言うこわもてのオッサンが出てきた、美人局だぜアレ絶対」
「ご愁傷さま」
「にしても、気晴らしになったか?」
「は?」
「いや、お前ずーっと暗い顔しているから息抜きに誘ったんだけど……。
女の子で抜かないで宿にいるからな」
最低なネタを言っているけど、男同士だまだいいだろう。
「そりゃどうも。
そうだ、ヒナ。
いや、ヒナヒメって知ってる?」
僕の質問に顔を青くした。
「ヴェル、返答によっては……」
オーフェンは腰にある短剣へと手を掛けた。
その眼は細くなり僕を見ている。
そして口を開くと、予備動作も無しに吐き始めた。
「ちょっ! オーフェンっ!!」
「おばえをきらべべべばああああああああ」
「汚いっ」
結局、オーフェンの汚物を片付け水を飲ます。
臭くなったシーツは丸めて部屋の隅へと押しやった。
「いやー、すまんすまん」
「簡便して……、吐くまで飲まなくても」
「次はきーつけるさ。
で……ヒメヒナだったな、簡単に言えば敵だ」
「敵……?」
「もっとも、あっちからしたら俺達が敵だ。
表面上は仲良くしてるけどな、俺達が穏健派ならあっちは強硬派。
それにしても、お前が帝国の情報など珍しいな、誰から聞いた?」
「聞いたというより、会った……」
僕の言葉を聞いて、オーフェンは固まった。
そして腕を組んで考えている。
「もしかして、公園で見かけた奴ってソレか?」
僕は静かに頷く。
「なるほどな……。
箱が気になり様子を見に来たんだろう……。
いや、でもそれじゃ、なんでヴェルに声をかけたんだ……?」
ぶつぶつと疑問を言っている。
「魔力がどうかとか、自分に行く所がなければ城に来ないかって誘われた」
「ああ、ああ見えて、魔力感知に長けた奴だ。
大方ヴェルの力を見抜いて勧誘しようとしたのだろう。
しかし、よく付いていかなかったな……、可愛さだけだったら一級品だからな
いつかヒイヒイ言わせたいランキング二位だ」
オオヒナの忠告や、ヒバリ達とそっくりだから警戒したとはいえない。
「…………ちなみに一位は?」
「もちろんフラン姐」
「そ、そう」
自信たっぷりにいうと、直ぐに真剣な声になった。
「しかし、まいったな。
俺の姿も見られたはず……」
「ごめん」
「いや、箱を欲しがっていたのはアイツだからな、明日からは慎重に動くか」
「わかったよ」
一晩たつと僕らは動き出した。
念のために宿を変え、残った日数を潜伏に使った。
そして当日の朝が来た。
町がまだ寝静まっている間に、町を出る。
町と町を繋ぐ休憩所付近の草むらへと身を潜めた。
フランから貰った剣は既に抜いてある。
オーフェンは反対側の草むらに潜んでいるはずだ。
笛の音が作戦の合図。
煙玉と同時に道の前後から奇襲をかける作戦だ。
休憩所の店が開く音が聞こえる。
中で寝ていた旅人達が挨拶する声、馬の歩く音、一日が始まった。
空の日差しが段々と高くなる時、大人数の足音が聞こえた。
軽装な大男。
その周りに規則だ足しく動く若い男達。
間違いないあの男、ジンだ。
後ろからは馬車が二台ついている。
一台はホロがついており積荷を積んでいるのがみえ、もう一つは木で作られて周りに兵がついている。
窓は一つしかなく鉄格子になっているのが見えた。
フローレンスお嬢様は、そっちの馬車だろう。
ジン達の一団が休憩所の前へと止まった。
馬車の馬が木に縛り付けられ休憩を始める、他の人間達が思い思いに休憩しようとする時、オーフェンの笛が鳴り響いた。




