57 三人目の女性
突然の大雨で足止めも食らうも、その後は順調だった。
山を登っては降り、湖に当ると渡し船で反対へと運んで貰う。
おかけで今朝ついたシグマという商業都市では、まだジン達の帝国の兵が来る前に先回り出来た。
「予定通りというか順調すぎるな」
「本当気味が悪いぐらいね」
「そういうなって」
嬉しそうなオーフェンに僕も頷く。
場所は人が少ない朝の公園である。
朝食を取る事になりベンチに座った。
手には先ほど買った、軽食だ。
オーフェンは、煙球の材料を買いに街に出るらしい。
「じゃぁ、僕は宿にいるよ」
「なっ……、一緒に来ないのか?」
「男二人で買い物かい?」
「…………それもそうだな。
四日ほど先回り出来たし、少しは体を休めたほうがよさそうだな」
また後でと、いうとオーフェンは公園から出て行く。
パンを包んでいた包み紙を畳むとゴミ箱を探す。
立ちくらみがした。
思わずベンチへと手を付くと、視界が切り替わった。
見覚えのある小さな部屋、両側には本棚などがならんでいて……、オオヒナの世界だ。
目の前にはオオヒナが立っていた。
「オオヒナっ!」
思わず声を出す。
言いたい事や聞きたい事がいくつがあった。
「まて、緊……ようす――の……ゃ。
お主はわがは…………いを外し、直ぐにかば――――入――――て隠せっ」
「何を……、それになんだがオオヒナの形が薄くなっているというか。
声も聞き取りにくい」
オオヒナが手を叩くと目の前に白い板が出てきた。
そこに文字を書いていく。
『黒篭手を隠せ』
「隠せ……?」
僕が口に出すと、オオヒナは頷き、それとともに世界は崩れていった。
気付くとベンチに手をかけたままだ。
オオヒナの意図はわからないけど、緊急をようするのだけは伝わった。
左腕から黒篭手が簡単に外れる、そしてとりあえず鞄へとつめた。
「ここにいるのは君一人かな?」
女性の声だ。
突然声をかけられて僕は顔を上げた。
「いや、すまないな……。
驚かせるつもりはないんだ、ただの確認だ。
ここにいるのは君一人かい?」
「お……」
「お?」
「いいえ、ずいぶんとお綺麗な人と思いまして。
そうですね、先ほどまで連れと居ましたけど、今は一人です」
驚きすぎて、オオヒナという所だった……。
赤い髪と赤い眼、幼さを残した顔たち。
喋り方と服装は違えと本人かと思ってしまった。
オオヒナはきっと、この事を言っていたはずだ。
だからこそ、黒篭手を隠せと、誰かはわからないけど変な事は言わないほうがいいだろう。
「よく言われるよ。
しかし……小さい魔力は確かに感じたし。
人違い、いや連れというほうだろうか」
「あのー……」
「ああ、すまない。
一つ質問していいかな、君は能力者か?」
直球だ。
能力者、王国側でいうと人であり人よりも優れた力を持つ人間の事だ。
王国に属するのは聖騎士として、属さないのはハグレと呼ばれる。
「っ」
「ああ、そう構えなくてもいい。
反応を見る限り、君は帝国出身じゃないな。
なに、帝国は差別をしない。
これでも一応城勤めでね、優秀な人材が居ればスカウトしたりもする立場なんだ。
そう、名前を聞いてなかったな。
私の名前はヒメヒナだ、ヒナと呼んでくれ」
名前、どうするべきか。
ヴェルと名乗ったほうがいいのか、偽名のほうがいいのか。
偽名と言っても、直ぐに思い当たる名前もない。
「僕の名は……」
僕が自分の名前を言おうとした時に、おーいと呼ぶ声がした。
オーフェンが僕めがけて走ってきていた。
「おーいっ! あれ、今誰かいなかったか?」
「え?」
周りを見るとヒナと呼んでくれといった子が居なかった。
「まぁいいか、それよりもお前の力がどうしても必要なんだ……。
俺一人じゃ無理な作戦があってな、その力を貸してくれないだろうか?」
オーフェンがこんなに頼むのは珍しい。
旅をして初めてである。
「わかったよ、僕で良ければ……」
「すまねえ、一人じゃどうしても無理では。
ついて来てくれ」
僕はオーフェンに裏路地へと連れて行かれた。
顔を黒眼鏡、たしかサングラスという物で目元を隠した男が二人立っている。
オーフェンが男達に口を開いた。
「約束どおり来たぜ……」
「ほう、逃げずにまた来るとはお前も中々やるな。
では、武器を出し、入れ」
「ちょ……、オーフェン?」
「今は黙っていろ」
そのまま裏口から、どこかの家へと入る。
僕もオーフェンも丸腰になった。
とはいえ、本気を出せば突破だ出来るだろう、周りは暗く部屋全体が見渡せない。
アルコールの匂いが充満し、思わず鼻を押さえた。
男の一人が座るように命じ去っていく。
オーフェンが先にすわり、僕へと目配せしてくる。
「オーフェンここって……、酒場?」
「お、おう……。
大事な取引があって、俺一人では……。
いいか、絶対に相手の機嫌を損ねたら駄目だ」
「せめて、訳を――――」
僕が言い終わる前に、黒いカーテンが開かれた。
「「いらっしゃいませー」」
女性二人が僕達のいる空間へ入ってきた。
青毛と茶色の女性が二人、眼がくりっとしていて美人の部類に入るのだろう。
青髪のほうはオーフェンの隣にすわり、茶髪のほうは僕の隣に座る。
「ミーナでーす。
お隣失礼しますねー、やだー、おにいさん緊張してるのー?」
「え、いや……」
「もう、おにいさんったら案外えっちねーどこ見てるのよー」
どこと言われても、水着の上からすけすけの布を羽織っているミーナの姿だ。
とてもじゃないけど、何か重要な取引先の相手には見えない。
でも、以前紹介してもらった、娼婦館のマチルダさんという前例もあるし……。
ちらっとオーフェンを見た。
「やだ、おにいさん。
イタズラすぎるおてては叱っちゃいましょうねー」
「いたたたた、ナオちゃんつねったら痛いって」
僕の顔が強引に横を向かされた。
「いっ!」
「やだー、おにいさんったらナオのほうばっかりみてー。
ミーナも見てくれないとつまんない。
所でえ、ミーナ喉渇いたなー」
「み、水でも飲んだら?」
ミーナの顔が一瞬鬼の顔になった。
見間違えたかとおもっていると、笑顔に戻る。
「お兄さん冷たいーっ!」
「まぁまぁ、ミーナちゃん好きなのを頼んで。
馬鹿ヴェル、彼女達に水ってのは酷だろ……、適当にワインとフルーツの盛り合わせ頼んでっ」
「本当? ミーナ嬉しいっ! こっちのお兄さんは優しいっ!」
「いやー、こいつこういう店初めてだからさ」
オーフェンの言葉に、ミーナが僕を振り向く。
顔が怖い。
「ぐふふ、じゃぁミーナが初めて相手?
こまっちゃうなー」
「オーフェンっ!」
僕は少し大きめの声を出す。
悪びれた様子もなくケロリとしている。
「いやー、この店セットではいると割引あるんだわ」
「取引ってのは……?」
「もちろんこれ」
オーフェンはナオという女性の肩へ手を回し、胸を揉む。
ナオはオーフェンの手を笑顔でつねっていた。
全てを悟った。
簡単にいうと騙されていたのだ。
「悪いけど、そういう事なら僕はかえ、ぐふっ!」
「やだあーミーナさびしいい」
頭を抑えられて、ミーナが僕の顔を胸へと抱きしめている。
「ぷはっ! な、なにを」
「やだー、お兄さんだいたーん」
「わ、わかったから。
あれだよね、こういうのって何か頼めばいいんだよね。
で、でも僕はそんなに持ってないんだ」
「何心配するな。割引の分懐が暖かい」
はい、これで手持ちがないから先に帰るという選択肢が潰された。
オーフェン……。
「そう怖い顔をするなよ。
俺達は何時命がなくなるかわからねえ。
癒しが必要なのさ」
「「お兄さんかっこいいー」」




