56 二人の覚悟
手が届きそうなぐらい空が近く感じる。
マチルダさんと別れて、既に数日が過ぎた。
情報は殆ど完璧だった、殆どと言うのは幾つかの道が崩れたりして通れなかったから。
今も僕達は前日の大雨で通れなくなった道を迂回し、鉄壁に近い崖をよじ登っている。
別に崖を登らなくても道はあるんだけど、そうすると、この先の近道から離れていく。
右手で岩を掴む、左手離して次のくぼみへと引っ掛ける。
何処か外れたら真っ逆さまに下へと落ちる。
本来は、崖に鉄などを打ちつけ登るらしいけど、僕らはもっていない。
あるとすれば、オーフェンと僕を繋ぐロープぐらいだ。
突然腹部に鈍い痛みが走り、崖から引き離されそうになる。
腹部に着けている、そのロープが力の限り引っ張られているからだ。
その先を見ると、命綱のロープ一本で空中にブラブラと振り子になっているオーフェンが僕を見ていた。
「いやー悪い悪いー」
百パーセント悪いと思っていない声をかけられる。
「そ、それはいいから。
早く崖に」
「わかったわかった」
絶対わかってないなあれ。
オーフェンが崖に戻ったのを見て僕も、空を見上げる。
確実に進む。
崖を登りきると、とりあえず座り込む。
暫くすると、涼しい顔のオーフェンがよじ登ってきた。
「お、ヴェルどうした若いのに息切れか」
「ど、どの口が――」
崖の上で荒い息を出す僕に対して、後半は吊るされていたほうが早くね? と言い切ったオーフェンとの差だ。
「ロープを切ってしまおうかと思ったよ」
「はっはっは、地図持ってるのは俺だもんな。
でも、なんども落ちそうになってるおり、吊るされていたほうがお前も安心だろ?」
「そりゃまぁ……」
言いくるめられたきもする。
「じゃ、いこうぜ。
すこし雲行きが怪しい」
「確かに、急いだほうが良さそうだ」
僕らは荷物をまとめて歩き出す、空を見ると先ほどまで晴天だったのに黒い雲が広がっているからだ。
次の町までは予定ではまだ数日はある。
町といえば、二日前に立ち寄った町で僕一人で情報を仕入れた所、カーヴェの町では既に収穫祭が始まっていた。
余りの事でその場に倒れそうになったけど、王国が襲撃されたという事実は無く僕の知っている未来と少しかわっている。
うっそうと茂った森を歩く事、顔に水滴が落ちてきた。
前を歩いていたオーフェンが立ち止まり振り向く。
「どうする」
「強くなるかな」
「だろうなあ。
出来れば夜までにもう一つの川を渡っておきたいな」
僕とオーフェンは静かに頷くと山を登る。
目的地はこの山を越えた先にある川を渡った先だ、雨粒が大きく激しくなってきた。
数歩先のオーフェンの声すら聞こえなくなってくる。
立ち止まるオーフェンに僕は近づくと、腕を真っ直ぐに伸ばすオーフェン。
その先は自然の亀裂で出来た洞くつが見える。
僕は静かに頷くと二人でその洞窟へと足をいれた。
突然の来訪でびっくりしたのか、小さな動物が雨の中、外に走っては見えなくなった。
過去に何人も人が来てるのだろう。
焚き木や薄汚れた鍋、松明をかける場所まで作られていた。
直ぐに火を付け着ている物や旅道具などを乾かす。
「風も強い明日には止むだろう。
どっちみちこのまま行っても川が渡れないだろうしな」
「そうだね、崖を上って短縮した時間が帳消しになるとは、ついてない……」
「そうでもないだろう。アレが無かったら途中で引き返す事になったかもだし、崖の途中で降っていたらと考えるとラッキーじゃね」
そういう考えもあるか……。
「なんにせよ、お前は物事を暗いほうに考えるというか、もっと気軽に考えると楽だぞー」
「そういうつもりは無いんだけどね。
で、そういう気軽なオーフェンの作戦を聞きたい」
「作戦とは?」
火の中に入れていた携帯食料を木の棒を使って取り出し僕に手渡す。
焼きパンに近い食べ物をかじった。
「言わないとダメか」
「追いついた場合の作戦、ひとっつも聞いてないんだけど」
「いってねえからな」
同じく焼きパンに近い物を食べながら、短い双剣の手入れをするオーフェン。
その刃にオーフェンの横顔が映っていた。
「僕は人質を助けたい。
言い方は悪いけど、そのためなら僕はオーフェンを利用する」
「それで結構。
変な感情で動かれても困るからな、俺は箱を手に入れるために、ヴェルを利用する」
箱か……、箱の中身は僕がつけている黒篭手である。
前回と違い今は簡単に外れる、持ち運びが楽なので腕につけているだけだ。
毎晩オオヒナへと語りかけているが、一回も返事は返ってこない。
「その箱ってのは……」
「ぱんどらの箱ってしってるか?」
僕は黙って首を振る。
「いや、俺も城にいる偉い人からしか聞いた事がないんだけどよ。
その箱には世界中の悪がはいっていて、最後に希望だけを入れてあるだっけかなあ」
僕はちらっと黒篭手を見た。
オーフェンは、気付かずにそのまま話を続ける。
「嘘か本当かは、どうでもいい。
俺達が狙っているのは、そういう箱だ」
「で、オーフェン達はそれを手に入れて何を望むの。
話を聞いているだけでも、隣国を襲ってまで手に入れたい物なの?」
「ふー……、痛い所をついてくるな。
一応俺の上司はその箱を手に入れたら封印したいと思っている。
すぎた力は身を滅ぼすからな」
「じゃあ……」
オーフェンは、焚き火に湿った枝を入れながら喋る。
「強硬派というのは、過ぎた力を使いたいってわけだ。
まぁ、機会があれば俺の上司にも合わせてやるよ」
「余り会いたくはないな」
面倒な事は避けたい。
オーフェンは木の枝で地面に線を書いていく。
「で、作戦だったな。
ジンの部隊は十名程度、お前が三人倒したって事は残りは七~八人だろう。
人質を護送する移動式の箱がこれぐらいだから、煙玉で視界を奪い奇襲をかける。
俺は箱、お前は人質を連れて逃げればいい」
「…………えっと。
それだけ?」
「問題あったか?」
「豪快かつ簡単な作戦
失敗した時や、逃げ遅れた時、ジンと捕まった時などが何一つ無いんだけど」
オーフェンは、酷くがっがりした顔になった。
「お前ねー……。
失敗した時の事考えてどうするんだよ」
「…………」
「いや、わりい。
そんな眼で俺を見るなっ!。
言いたい事はわかったちゅうの、凄く簡単に言えばだ。
失敗した時には俺もお前も、…………いや、人質も死ぬ」
「死ぬって」
「煙玉には毒成分もある。
一般人である人質が吸い込めば、時期に死ぬだろう。
解毒剤は持たせるが、俺もお前も死んだら自動的に人質も死ぬって事。
流石に、二回も三回も失敗は許されないからな」
無意識に唾を飲んでいた。
ちゃらんぽらんしているけど、オーフェンは真面目に考えている。
「もっとも、それは二人とも死んだ時だけだな。
俺が捕まってもお前は逃げろ。
そして、ヴェルが捕まっていても俺が箱を手に入れたら逃げるからな」
「当然」
「はー……、お前のそういうドライな所は本当に関心するわ。
そこは嘘でも引き止めるのが人情って奴だろう」
「次回はそうするよ。
じゃ、雨が上がるまで暫く休もう」
「そうだな」
僕とオーフェンはそれぞれ体を横にした。




