45 お嬢様と二人っきりの夜
本格的に胃が痛くなる。
なんだったら、牢に戻っていいですか? と訪ねたいぐらい。
取調べ室の扉が丁寧にノックされた。
「どうぞ」
マリエルが事務的に答えると、扉が開く。
人を安心させるような微笑を作り出す女性。
髪は茶色く少しウエーブの付いた長い髪。
レンズの小さい眼鏡をかけた顔が部屋を見渡している。
「隊長、外まで丸聞こえです。
そしてこんばんわ、フローレンスさんとヴェルさんですね。
村長さんから大体の事は聞いています。
ファーランス、名前は言いにくいと思いますのでファーとお呼び下さい」
「いやー。
休みの所ごめんね、ファー」
「休みのたびに厄介ごとを入れないでくださいね。
まったく、それと……」
フローレンスお嬢様と、僕にわからないように目配せをする二人。
僕は気付いたけど、黙っている事にした。
「とりあえず、ヴェルさんが人をあやめた」
「ヴェルは理由があったんですううううーっ」
「そうですね、その理由を調べてくるので、フローレンスさんは部屋から出て行って貰っていいでしょうか?」
「やだっ」
やだって、わがままを言う。
「ええと、フローレンスお嬢様。
僕から離れて外に居たほうがいいです」
「その間に殺されたらどうするのよっ!」
「それはないかと……」
ちらっとマリエルを見ると、マリエルも何度も頷く。
「事情がわかるまで、見張るだけよ」
「それって事情が悪かったら殺すって事ですよねっ!」
「……まぁ」
「やっぱ、人殺しじゃないのっ!」
「あの、フローレンスお嬢様。
そうなると、僕もそうなんですけど」
「ヴェルはいいのっ!」
無茶苦茶である。
「まぁまぁ、ヴェルさんがフローレンスさんをどうこうする気は見当たりません。
私は少し隊長とお話があるので、お部屋の中でお待ちください」
「しょうがないわね」
部屋には僕とフローレンスお嬢様が残された。
沈黙が続くと。フローレンスお嬢様が瞳を滲ませ僕に抱きついてくる。
「ヴェル、死んじゃいやっ」
フローレンスお嬢様の頭が胸に強打されて痛い。
思わず咳き込む。
「だ、だいじょうぶっ!?」
「とりあえずまだ生きてますね。
そうだ、この篭手もう少しお借りしたいんですけど」
「あ、それ、もう要らないわよ」
「いや、でも中身だし」
嬉しそうにフローレンスお嬢様は、早口で喋り始める。
「そう、聞いてよヴェル。
あの箱ね、蓋閉めたらもう開かないのっ。
私が思うにあの時は偶然開いたのね、それでねパパから聞いた話なんだけどあの箱は元から開かない、開かずの箱なんだって。
だから中身を取ったってのは、ばれてないし、パパからみたら箱さえあれば良いみたい。 だから今更箱の中身が出てきても私がこまるから、それヴェルに上げるわよ」
あー……。
確かに、箱の中身は誰も知らない。
「はぁどうも……では、一応預かっておきますね」
「ヴェル、本当にどうなるのっ……」
結果はどうあれ僕は最初の事件を回避した。
もう一つの心残りはマリエル達だ。
今回みたいな何かきっかけがあれば変わるのか。
手紙を出して伝えれればいいけど、こう処罰されたらそれも無理だろう。
「――っと、ちょっと。
ヴェル聞いてるのっ」
「えっ何がです?」
僕の言葉が気に食わなかったフローレンスお嬢様は顔の頬を膨らませる。
「私はヴェルが好き」
「どうも……」
「ヴェルはどうなのよっ!」
言葉に詰まる。
好意はある。
それはあの時フローレンスお嬢様を失った時に確信したし、好きだったのは間違い無い。
「好きと思いますよ」
「じゃぁ、抱いてっ!」
僕のひざの上に向かい合うように座っているお嬢様は、僕に命令をする。
いやいやいやいや。
「なぜです?」
「だって、ヴェルが殺されたら……。
私知ってるもん。
聖騎士は怖いからヴェルは殺されちゃう、でもヴェルの子を宿せば」
はー、どこの小説ですがそれ。
そもそも、一回抱いたからといって子供が出来るとは限らないし、場所が狭い。
……。
…………。
………………いや、場所だけの話ではなくて、こんな場所で作れるはずも無い。
僕は黙って首を振る。
「な、なんでよ! 好きな男女が一緒になる、素晴らしい事じゃないのよ。
パパだってママだって私とヴェルが一緒になるのが普通っていっていたもん」
二人の思いを感じ胸の奥が熱くなる感じがする。
「フローレンスお嬢様、それは今朝までの話です」
僕を信頼してくれていたマミ夫人だって、此処に連れて行かれる時に駆け寄ってこようとしたフローレンスお嬢様を背後から止めていた。
村長だって人を殺すボクを息子にはしたくないだろう。
この牢屋にくるフローレンスお嬢様を外で止めたのも恐らくは村長だ。
「ヴェルは私の事嫌いなのっ! 正直に答えて」
「……好きですよ」
言葉を聞いてガッツポーズを取るフローレンスお嬢様は僕に向き直る。
「じゃぁ良いじゃない。
ここでヴェルと既成事実が出来ればいくらパパだってヴェルを殺しはしないわよ。
聖騎士達が戻ってくる前に事を済ませましょう」
胸を隠しているブラ紐を解いていくフローレンスお嬢様、もう少し恥じらいというのを覚えて欲しい。
「はっきり言います。
僕が好きと言ったのはフローレンスお嬢様が妹のように思えたからです。
僕は僕以外の人とフローレンスお嬢様が幸せになるのが一番だと思っています」
少し嘘と真実を混ぜる。
妹のようにも思ったし、守りたいとも思っている。
時間にしては筈かだったかもしれない。
僕とフローレンスお嬢様は真っ直ぐに見つめあった。
数年間も一緒に暮らし今の僕があるのはフローレンスお嬢様が居るからでもある。
解いた胸元の紐をゆっくりと、そして無言で戻すフローレンスお嬢様。
抱きつく格好から離れると、黙って近くの椅子へと座る。
目元を指で拭き、少し赤い眼を僕に向けて無理に笑顔を向けてくる。
「私はヴェルの事を何でもいう事を聞く弟みたいな感じで、そして将来はママみたいにパパを尻に引く奥さんに成ると思っていた。
でも……ヴェルは違ったのね」
一呼吸して僕を見て頷く、僕もその続きの言葉を待つ。
「いまは戻る、諦めないからっ!」
「そういわれましても、諦めたほうがいいかと」
フローレンスお嬢様は小さく笑った。
「まったく、ヴェルらしい答えというか。
ヴェルって時々馬鹿よね……」
「フローレンスお嬢様には負けます」
「……ちょっと……、どういう意味かしら
じゃ戻る、パパが心配してると思うから」
フローレンスお嬢様が扉から出て行った。
建物の外で村長の声、それと何か怒鳴っているフローレンスお嬢様の声が聞こえた。
それも小さくなっていく。
一人になった部屋で黙って座っていると、直ぐに壁を一枚隔てた扉の向こうから話し声がする。
「隊長、固まってないで開けてください」
「ええ、もしよ。
あの少年と女の子がその変な事をしていたら気まずいじゃないっ」
「変な事? ああ、なるほど。
何なら隊長も混ざってくればよろしいかと、顔は隊長好みと見受けられましたし」
「あーのーねー」
「では、顔はお嫌いでしたか」
「だ、だからそういう事じゃ……そりゃ……」
このまま会話を聞いているわけには行かないな。
大声で声をだす。
「今は誰もいませんし、何も無いです」
「…………」
「…………」
「ほら、ファー。
聞こえたじゃないのっ」
「誰も居ないのですし、隊長お先にどうぞ」
マリエルが扉を開けて、取調室へと入ってきた。
「あの子は?」
「帰らせました」
「そう」
顔を赤くしたマリエルとその後ろで微笑むファーが僕らを見ていた。
「ヴェルさん、村長さんとも話し合った結果処遇が決まりました」
微笑を絶やさすにファーが僕に宣言してきた。




