38 元聖騎士第七部隊
ファーは衣服すらもボロをまとい、ソファーへ座る。
「すみません、ヴェルさん。
こんな情けない姿をお見せする予定はなかったのですが」
以前のように優しい笑みはなく。静かに淡々と話すファー。
僕はファーの正面に座ると真っ直ぐに前を向く。
「城にいる人に聞けば、ヴェルさんはここに泊まっていると。
今日はこれをお持ちしました」
腰の鞄から白い包みを一つ取り出し僕の前に差し出した。
いやな予感がする。
「開けても?」
「はい」
白い包みを丁寧に剥がすとヒビが入った赤い篭手と、金細工が入ったハンカチが包まれていた。
「マリエル隊長のです」
静かに言うファーに僕は言葉が見つからない。
「どうして僕に」
「隊長の、いえ。
死んだ、マリエルの最後の願いです」
いやな予感が当たった。
篭手はいくら遺品とあれと魔装備と言われる物だ。
一般人に渡して言い訳はない。
コーネリアが無くなった時も、その篭手は剥がしていたのを見た。
「何から聞いていいのか、追いつかない。
篭手は貰ってもいいのかな」
「副長としてなら規則としてはダメです。
しかし、親友のマリエルの頼みであれば別ですので」
部屋の空気が重く。
僕は篭手を触る、赤い篭手。
竜の絵が掘り込まれていた。
「是非、着けて貰えますか?」
「僕が着けても……いや。着けるよ」
それが、マリエルの頼みだったなら。
昨日まで黒篭手があった場所へと篭手を着けた。
「腕をこちらに」
言われるまま、篭手を付けた腕をファーへと見せる。
ファーの手が篭手をなぞり、小さく口を動かした。
ファーの手が光り、篭手も光っていく。
右腕に激痛がともに篭手は亀裂が入り無残にも散らばった。
「あっ――」
「やはり、ヴェルさんに託すのが一番でしたね」
壊れた破片をテーブルに置き、僕はファーを見つめた。
「一つの裏技です。
篭手の残った力を無理やり他人に受け渡すやり方です」
「そんな事が……」
「出来るのです。
以前フランと戦いましたね、彼女は篭手をしていましたか」
露天風呂での戦いを思い出す。フランの腕には篭手は無かった。
「もちろん、受け渡すには受け渡す側から生きている間に無理やり篭手はがすなど、条件はあります。
さらに、力の転移にようする呪文も知らなければなりません。
幸い、私はお婆様から伝えられ知っていましたので」
「ファー……」
包帯で隠れた無くなった左腕の部分を見る僕。
ファーは静かに頷く。
「左腕は結果的には奪われましたが、これは私の甘さが生んだミスです。
篭手もまだありますし、お気になさらずにお願いします」
「カーヴェの町は」
「ヴェルさんの聞きたい事はわかります。
先にお話するべきでしたね。
カーヴェの街で大規模な作戦がありました」
マリエル達が残った理由だ。
「条約を無視した帝国が攻めてくる。
その情報を仕入れた王国は第三部隊を警備に送りました。
もちろん私達もです。
カーヴェの町では年に一度収穫祭があります、その時に帝国の上層部も調停へと来るのです」
「そいつらが……」
ファーは首を振る。
「いいえ、ガセネタと思えるぐらい何も起きませんでした。
最後の晩餐会までは……。
私達第七部隊と第三部隊の一部は奇襲を受けました」
「帝国っ!」
「帝国であれば、いえ、彼もまた帝国だったのでしょう。
敵はマキシム以下数名の者によってです、抵抗はしましたが……。
ヴェルさん、賊退治は覚えていますでしょうか?」
賊退治、コーネリアが死んだ時の話だ。
忘れようにも忘れられない。
静かに頷く。
「あれは、帝国側の施設だったのでしょう。
二重にも三重にもした作戦施設。
そしてカーヴェの町を襲う人間を育てていた」
だから統制の取れた動き。
第七部隊の力を確認して直ぐに撤退。
有り余る資金力。
でも、そこをマリエル達が先に潰した。
仮想敵が居なくなり作戦を立てていた奴は第二プランへと実行した。
そうマリエル達を敵にすればいい……。
ファーは僕の考えを話してくれた。
「作戦を潰された人間は、第二プランへと実行したのでしょう。
本来聖騎士を倒すには一苦労します。
しかし」
僕は思った事を口にする。
あの戦いで聖騎士が受けた傷は治りにくかった。
「毒……」
「そう、毒です。
毎日の食事に毒を盛られていたのです。
微量であり、それでも聖騎士の力を徐々に落とす毒。
第七部隊は帝国の反乱部隊と手を組み、和平を脅かす者として殺されたのです。
王国、帝国の両メンツを守ったマキシム殿下は、帝国からその場で表彰され、今はカーヴェの町にいるそうです」
「皆は……」
ファーは黙って首を振る。
「わかりません。
何人かは逃がしましたが、散った者も見ています」
テーブルにあるワインをビンのまま飲むファー。
器官に入ったのか顔を下げ咳き込んでいる。
「私達は聖騎士です、死は隣り合わせであり覚悟もあります。
ヴェルさんも知っている通り、マリエルやコーネリアもこの国を守るために敵の命を奪い、そして残念ながら奪われました。
しかしっ、今回のは余りにもっ……いえ、すみません。
ヴェルさんは今後どちらへ」
行き成り話題を振られ、返答に戸惑う。
「特には、これから決めようと思っていた所です」
「そうでしたか、それならばいっそ船で違う国に行くのをお勧めします。
この国の中身は腐っていますっ。
先ほど城で確認した所、すでに全てが終わっていました。
そして自由に生きて下さい、今のヴェルさんならマリエルの力を継承しているはずです、そうそう危険な事もないでしょう」
はっきりと言い切るファーは、長々と夜分失礼しましたと、部屋を出て行こうとする。
「ファーっ。
ファーは何処にいくのかな」
わかっていた答えだ。
でも、聞かずにはいられない。
「私ですか。
ええ、今から馬を飛ばしてカーヴェへ戻ります」
戻ってどうするのか、復讐なのか。
ファー一人では返り討ちに合うだろう。
だったら……。
「僕も行く」
それが僕の意思だ。
立ち上がり着いて行こうとする。
それでもファーは黙って首を振った。
「そう言うと思ってました」
ファーは、ここにきて何時もの笑みを向けてくれた。
「しかし、その篭手に慣れるまで数日はかかるでしょう。
はっきり言います、足手まといです」
ファーは、一気に僕に詰め寄った。
胸の部分を軽く押して、優しく足払いをする。
僕はそのまま、ソファーへと倒れこんだ。
これが敵だったら、僕は死んでいる。
「来て貰っては、私がマリエルの篭手を手渡した意味がありませんよ。
やっぱり、もう一度ヴェルさんに会えてよかったと思います。
私の心も少し救われました、それでは」
ファーの言葉とともに静かに扉が閉まった。
寝不足のまま朝を迎えた。
朝食を運んでくるメイドさんが、何か粗相をしたか聞いてきたが僕は首をふる。
朝食の殆どを食べ残し夜には戻るからと、伝え、僕は人混みが多い街へと出て行った。
どうして……、どうして周りの人たちが不幸になるのか。
考えがまとまらない、誰かと肩がぶつかった。
いや、ぶつけられたと言うべきか。
僕がホテルから出た時から目の端に映っていた男達だ。
最初は一人であった男は、僕を路地裏へと連れて行く頃には七人ほどに成っているのが確認された。
後はお決まりの文句である。
「おいおい兄ちゃんよ。
さっきから無言で聞いてるのかっ」
「金だよ金」
「高級ホテル住まいとは兄貴こいついいカモですぜ、見た所弱そうだ」
「お、ビビッて声もでないかぁ」
体を突き飛ばされ一歩後ろに下がる。
一番体の大きな男が僕の顔を殴って来た。
そのまま転ぶと男達はゲラゲラと笑い出した。
「申し訳ありません、貴方達に渡せるお金はないです」
「おめえ、聞いてたか? 貸せっていってるの? 返さないっていってないんだし。
ちょーっと出せばいいだけだ」
「ですから、貸せるお金は持ってないです。
これは以前の僕でも同じ事を言ったと思います」
僕の言葉を聞いて、男達は指を頭の上でくるくると回す。
「おめえ、馬鹿か? 馬鹿なら馬鹿で丁度いいんだけどよ。
もうちょっと付き合ってくれや」
僕の肩に慣れなれしく腕を回す男。
僕の中で何かかはじけた。
どいつもこいつも、勝手に寄って来ては直ぐ居なくなる。
僕の気持ちを考えた事があるのかっ。
口に出してもわからないだろう、僕も意味がわからない。
全てを飲み込み僕は男達をにらみつける。
「消えてくださいっ」
僕の声を聞いた男達が固まり、肩を組んでいた男が腕を外した。
殴るつもりなのだろう胸倉を掴む。
力任せに跳ね除けると他の男達の所まで吹っ飛んでいった。
「もう一度言います。
消えろ」
僕はもう一度叫び、壁へと力任せに拳をぶつける。
衝撃を受けた壁は音を立ててへこみ一部分が崩れ落ちる。
これが聖騎士の、いやマリエルの力なんだろう。
その力をみて蜘蛛の子を散らすように男達は消えていった。
騒ぎに成る前に僕も路地からでる。
「あれ、おめえヴェル坊か?」
王都に知り合いなんて居ない、でも僕を名指し呼ぶ人物の声には聞き覚えたあった。
振り向き僕はその男へと返事を返す。
髭は無くなっているが、彫りの強い目に日焼けした肌。
何より僕をヴェル坊と呼ぶ中年の男。
「ジャッカルっ!?」




