31 前触れ
空気が変わってきた。
隣にいるサンも気付いたのか、笑顔を向けてくる。
「この空気を感じると、帰ってきたという気になれますね」
「これが海の匂いか」
僕はまだ海という物をしらない。
知識として知ってはいるが、実物は見たことないからだ。
この数日、どれだけ海が凄いかをサンから聞いたぐらい。
「ヴェルさん、あの丘まで競争しましょう」
「なんで……」
僕が疑問を言い切る前に、サンは既に走っている。
だから、僕と馬を置いていってどうする……。
逃げる気もないけど逃げたらどうするんだ。
言われたとおりに丘の上に立つ。
大きなお城、城下町、そして広がる青い海が見えた。
城下町の入り口へついた。
大きな門は開放されており、何十人も人がすれ違う。
人、人、人。
その多さに圧巻される。
温泉町タチアナ、貿易の町カーヴェその二つを足しても足りないぐらいの人が居そうだ。
道の両側には様々な店がならび、人々が自由に過ごしている。
馬と荷物を詰め所へと預けたサンが僕の所へ戻ってきた。
違うとは思うが一応聞いてみる。
「サン。一応聞いておくけど、お祭りではないよね」
「ええ、違いますっ」
元気欲答えるサンは誇らしげである。
「これが王都です」
サンは入り口にある一台の馬車を呼び止める。
荷台は黒い箱型になっており人が運べるようになっていた。
貴族が乗るような町馬車だ。
「凄い高そうな気がするだけど、いいの?」
「高いと言えば高いですけど、王都ではそこまででもありません。
それに城に行くのですから、それなりの馬車じゃないとダメなんです。
ささ、きにせずに」
周りの馬車を見ると、荷台が薄い箱になっておりその上に数人の人間が座っては移動しているのが見えた。
確かに城へいくんだ。
乗り合い馬車じゃ無理か。
僕を押し込めると、サンも中へと入る。
人が歩くより遅く馬車がゆっくりと動き出す。
四角い窓には薄い布がかけられており、中からは透けて見えるが、外からは中の様子が解りにくくなっていると、サンが教えてくれた。
僕はゆっくりと動く町並みを眺めている。
サンは馬車の中で小刻みに動き、柔らかい革のソファーや、壁の材質などを触っていた。
「何してるのかな」
「これは失礼。
いえ、自分はこんな豪華な馬車、手配するのはよくあるのですけど、乗るのは滅多になくて」
「前々から疑問に思っていたんだけど、聖騎士って薄給」
「聞いてくださいよー」
地雷を引いたかもしれない。
やっぱり聞かないと言っても喋るだろう。
黙って聞くことにする。
「基本的な衣食は確保されているので困る事はないんですけど、上に報告など色々ありまして」
サンは、指で丸を作る。
ワイロの事か……。
「でも、プッケルさんみたいな人は、そういうの嫌いそうだけど……」
「もちろん、プッケルさんは元第一部隊隊長です。
そういうのが嫌いですし、嫌いだから一兵士に……、第三部隊の隊長がアレなのもお察しください」
なるほど、ちらっと見えた奴。
第三部隊の隊長があんな奴はワイロをばら撒いたのか。
「なので自分は、私用でこんな馬車に乗る事など不可能なんです。
いやーヴェルさんの警護受けてよかったですよ」
「マリエル達も大変だな」
僕が呟くと、聞いていたサンが答えてくれる。
「第七部隊は全員が純粋な聖騎士ですし、王都でもファンクラブが出来るほどの実力者揃いです」
「純粋って」
「あっ、忘れて下さい」
「わかったそうするよ」
サンとの会話を打ち切って僕は再び窓の外を眺める。
僕らが乗っている馬車を指差す子供や、それを抱えて路地に入ろうとする母親。
柄の悪そうな男や、ぴったりと腕を組み胸を強調する女性などが目に入る。
突然腕を引っ張られた。
「なにっ」
「何じゃないです。
そこは『教えてよ』でしょ、ヴェルさん」
「いや、僕としても言えない秘密を聞くわけにはいかないし」
「しょうがないですなーヴェルさんは――」
サンは勝手に喋りだした。
マリエル達第七部隊は、全員が通常人の二倍から数十倍の集団。
旅の途中でも教えてくれたが、近年は違うらしくコネで成れる奴も居るとの話。
「一応自分は、魔力テストにも受かり実践テストも合格したんですが……」
同期にあたってはそれは怪しいとの事。
聖騎士同士の私闘は禁止。
訓練さえも休む事が出来るらしい。
そして隊長、副隊長クラスの命令には絶対従わないという暗黙の掟がある。
変な検索はそれだけで処罰の対象になり聖騎士資格を剥奪の恐れもあるとか。
第七部隊みたいに、仲間を意識して相談する部隊は無いらしく。他の部隊の隊員から言わせると、俺が女だったら間違いなく第七部隊に行きたかったまで、影では囁かれているらしい。
一通りしゃべると、サンは大きな欠伸をする。
その欠伸を見ると、僕も欠伸をした。
「おや、ヴェルさん眠いですか」
「君のうつった」
「城までは、かなり長いですし、一眠りしても大丈夫です」
「いや、起きてるよ」
サンは、もう一度欠伸をしながら話す。
「気にせず、寝ていてもいいですよ。
いえ、寝てください」
サンは眠いのか。
護衛である僕を置いて先に寝るわけにいかないだろう。
サンの眠気がうつって来た。
旅の疲れもあるのだろう。
「わかった。
じゃぁ城に着いたら起こして」
「ええ」
ゆっくりと目を閉じる、馬車の振動が心地よい。
気付いたら馬車が外からノックの音が聞こえた。
カーテンを開けると、馬車を操縦していた男性が立っていた。
扉をあけると、ついたよと短く言う。
言葉通り、城が目の前にあった。
口をあけて爆睡しているサンを起こす。
「も、もうしわけありまっ!
あれヴェルさん、ああ。
着いたんですね」
馬車を先に降りるサンに僕は続く。
門兵が、サンの篭手を見て敬礼をし、一歩横に動く。
直ぐに詰め所から数人の兵士が走ってきてサンの前に立ち塞ぐと、同等たる態度でサンは丸められた紙を見せ付ける。
形式的なやり取りなんだろう、書面を見る兵士が頷くと城の門は開け放たれた。
門の内側は大きな広場になっており、遠くに更に門が見えた。
先ほどと違いサンは真面目な顔で前へと進む。
余計な事は僕もいわない方がいいだろう。
僕たちが中に入ると大きい門は再び閉じられた。
第二の門まで無言で歩き、第二の門を守っている門兵にまた丸められた紙を見せるサン。
やっと城へ入れるのかと思い門の先を見ると更に中庭が見えてきた。
先ほどと違うのは大きな噴水や花が植えてある所だろう。
遠くに第三の門が見えた。
ややため息交じりの息を吐くと。小さな声でサンが喋る。
「すみません、次で終わりですから。
我々聖騎士や兵達が無駄口を叩いているとよく思わない人達が居るので」
第三の門を抜け城の内部へ入った。
所々に兵士が立ってその内部を守っているのが伺えた。
サンに後を付いて周り、小さな個室へと案内された。
僕を先に通し、サンが一緒に入ってくる。
頑丈そうな木の扉を閉めると、大きなため息を吐いたサン。
「はー、相変わらず中央は息が詰まりますね。
自分の案内は此処までです、恐らく別の者が後から来ると思いますが――」
トイレの場所、水差しの場所、そして部屋から逃げれない事などもついでに教えてくれた。
一通り説明してくれた後に篭手を見せ敬礼をしてくれた。
「ヴェルさんもどうですか、その篭手似合ってますよ。
聖騎士同士の挨拶をしましょう」
「僕が? いやでも聖騎士ではないし」
「知ってます。
では、自分の篭手に篭手を合わせてあわせて下さい」
聞いてないなこれ。
言われた通りに篭手と僕の篭手を合わせた。
カツン、と小さな音を立て離れる。
「聖騎士同士の挨拶です。
信頼や又会いましょうなど意味合いは色々ありますが、見かけたら気軽に声をかけてください」
最後に握手して、サンは部屋から出て行った。
急に部屋が静かに感じられた。
窓からは中庭に幾つもの城門、川があり、その先に城下町が見える。
僕の旅も、もうそろそろ終わりになる。
これからの事を考えていかないと……。
フェイシモ村はどうなっただろうか、村長宅の後に家を建てそこで暮らすか。
王都で仕事を見つけるか。
僕はやけに豪華な椅子へと座る。
先ほどの眠気が襲ってきた。




