28 聖騎士達の恋愛事情
ここでお別れね、そう言われたけど、直ぐに別れる訳じゃない。
町でそこそこの大きさよと、言われた宿前と来ている。
もちろんまだ、マリエル達と一緒だ。
「あ、ヴェル」
「なんでしょう」
宿に入る前に呼び止められた。
小さな皮袋を渡される。
ジャラジャラと音が鳴ってるという事は、お金だろう。
「これは?」
「気を悪くしたらごめん、今回の作戦は部外者に聞かせられないの。
でね、その間に町でも回って欲しいけど、手持ち無いでしょ。
王都まで結構長いし。
ファーが私達の給金と一緒に、ヴェルの分の見舞金も申請してたみたいだから、好きに使って」
作戦は、一般の人間には伝わったらだめだ。
それで気を悪くするなどは一切ない、むしろ僕のために見舞金の手配までしてくれたのは嬉しい。
「いえ、何から何までありがとうございます。
では夕方まで見てきますので」
「うんうん、ごめんねー」
「ヴェルにい、またなのだー」
久々に一人になった。
もしかしたら数年ぶりかもしれない。
しかし、人が多い。
飲食店が所狭しとあり、様々な看板が目に付く。
王国印や、帝国直輸入などが書かれてあり、このカーヴェの町が帝国との貿易によって成り立っているのが見えてくる。
暇だ……。
僕は備え付けの椅子に座り、空を見る。
そういえば、村長宅で暮らしていた時も給金は出ていたけど、特に使う事はなかったなと、思い出す。
衣服はそろえてくれるし、仕事道具もある。
食べ物も皆と一緒に食べたし、一度フローレンスお嬢様から、ヴェルは貯めるのか趣味なの? と真顔で言われた。
別にそういうわけはない。
使う機会が無かっただけだ。
僕の近くで若いカップルが話をしている。
「タクー、ちょっとまって。
アクセサリ買って行きたい」
「なんだ、アクセリぐらい俺が買ってやるよ」
「今度のは違うんだってー、友達に送る奴。
引越しするらしくて――――」
歩きながら去っていった。
アクセサリか、お世話になったんだし送ったほうがいいか。
黙って座っているよりはいいし、特にお金も使う予定はない。
飲食店が並ぶ場所から、雑貨屋が多い場所へと入る。
正直、何を買っていけばわからない。
近くの店へと入った。
女性の店員が駆け寄ってきた。
「すみません、贈り物をしたいんですけど。
よくわからなくて」
「フェアリー&フェアリーへようこそ。
贈り物ですね――――」
よくわからないまま、店を後にする。
色々商品を見せてもらったけど、最後は店員さんのお勧めのまま買った。
日もだいぶ傾いているし、もう戻ってもよさそうだろう。
カサブランカと呼ばれる宿に着く。
本日貸切という看板がかけられいた。
中へ入るとちょうど、ミントとフロアで会う。
「おかえりなのだー」
「た、ただいま……」
「どうしたのだ?」
ただいまと、言うのか変な気がした。
「あら、おかえり。
どうしたの? 変な顔をして」
マリエルも、僕におかえりと言って来る。
「別に何でもありません」
「そ、ならいいけど。
もうすぐ夕食よ、食堂で食べるから――――」
マリエルから、食堂と部屋の場所を聞いた。
一度部屋へ行き、食堂へと向かう。
大きめの部屋にテーブルが並べられ、様々な料理が並んでいた。
好きな物を取り好きなように食べる、バイキング方式だ。
既にマリエル達は食べ始めている。
白髪の男性プッケルと隣には若い男性、それとマリエルが固まって話していた。
「あ、ヴェル。
こっちこっち」
「ヴェル君か、先に頂いているぞ」
僕は二人の前へと、行く。
「紹介しよう、第三部隊騎士隊のサンだ」
「第七部隊に代わり、王都まで馬で十日ほどですが、ご案内します」
好奇心多そうな青年で、まだ少し子供っぽさが見えた。
腰には剣と、青い篭手をしている。
「若いが、それなりの腕はある」
「自分はまだまだです、第七部隊の任務をしっかりと受け継ぎたいと思います」
「そうね、頼んだわよっ」
マリエルが、サンにお願いをすると、サンは何度も頷く。
大丈夫なのだろうか……。
「所でヴェル。
その袋ずっともってるけど、部屋に置いて来たら?」
「えーっと……」
いざ、渡すとなると勇気がいるな。
「何?」
「これ、お世話になったお礼にハンカチですけど」
マリエルは僕の顔と、袋を交互にみる。
気恥ずかしい。
「ええっ! ええっ!」
「ふむ、サンよ。
できる男はこういう事をしないとだめだぞ」
「は、はいっ!」
持ち上げないで欲しい。
当然まではいかないか、せんべつだし。
「十三枚入っていますので」
「なんだ、全員分あるのね……。
いや、嬉しいわよ、うん、嬉しいんだけどさあ……。
それと、枚数はわかったわ。
ナナかアデーレにでも渡しておく」
そりゃ、マリエルにだけ買って行くと、周りが変に思うし。
アクセサリーも色々あったけど、変な勘違いさせたら困る。
ハンカチが無難な所だ。
それと一枚はコーネリアの分だ。
マリエルはファーを呼ぶと、僕から受け取った袋をそのまま手渡す。
手短に説明したのだろう、ファーも僕にお礼を言ってきた。
「変な気を使わせて申し訳ありません。
では、明日の訓練前にでも配りますので」
マリエル達との最後の食事を堪能する。
プッケルさんと、サンは別の部隊なので帰っていった。
サンは明日の朝に迎えに来るらしい。
少し聞くと、プッケルさんはマリエル達の元隊長で、第七部隊が出来る前にお世話になったと、教えてくれた。
「それだけに、今の第三部隊は腐っているのよ」
そういうマリエルの手には、酒ビンが握られている。
「マリエル、息が少し匂うよ」
「そりゃそうでしょうよ。
飲んでいるんですし、ヴェルは飲まないの?」
「明日早いですし」
寝過ごしたら大変だし、実はあまり飲んだ事がない。
「まっじめねー」
「どうも、それにそんなに飲んで明日大丈夫なんですか」
「こっちは平気よ、明日明後日に直ぐに何かあるわけじゃないわ」
「そうですか」
これ以上聞くのは、よしたほうがいいだろう。
「ねぇヴェル」
「なんでしょう」
「ヴェルは好きな人はいるの?」
突然すぎる。
好きな人。
友人や親友ではなくて、この場合は恋愛対象としてだろう。
「えーっと、酔ってる?」
「いい? 質問に質問で返すのはよくない!」
酔っ払いだ。
「答えて」
黙秘しますと言おうとしたけど、とてもいえる雰囲気ではない。
周りには誰も居なく、僕らの会話を聞いている人も居なさそうだ。
「いませんね」
正確にいうと居たかもしれない。
かもしれないというのは、その相手がフローレンスお嬢様だったからだ。
僕は彼女が死んでから好きだったのかもと、思っている。
マリエルの事はどうなんだろう。
背丈や容姿は違うけど、フローレンスお嬢様と似た所はある、嫌いじゃない。
どちらかと言えば好きになりそうなのは、自覚がある。
でも、明日で別れる人に好きですと、言ってもしょうがない。
「ひ……一人もっ!?」
「そうですね」
「いても困るんだけど、いないのも腹たってくるわね……」
理不尽な事を言っているけど、流したほうがいいだろう。
「マリエルはいるんですか」
「え、いや、そのね。
なんていうか……」
「何を騒いでいるんです?」
ファーが近くによってきた。
「ヴェルが私に、好きな男性はいるかって聞いて、その」
「先に聞かれたのは僕のほうですけど……」
ファーは、なるほどと、頷くと何時もの微笑みを向ける。
「聖騎士は奥手な人が多いですからね。
一部ですが恋人がいる隊員もいますけど、何時どこで死ぬかもわからない、人に言えない秘密もある。
告白しないで終わるの隊員も多いのです。
なのでヴェルさん、その質問は残酷ですよ」
「ご、ごめん」
「そして、マリエル隊長」
「な、なにっ!?」
「チャンスは一度しかありませんし、良い人がいればさっさと聖騎士辞めてもいいんですよ。
もう一度いいますけど、チャンスは一度しかないですからね」
マリエルは空になった酒ビンをファーへ手渡すと文句を言う。
「何で二回言うのよ。
それに、ファーだって良い人見つけないと婚期を逃すわよ」
「私は大丈夫です、独身のまま養子を迎えますので。
では、もう直ぐ食堂を閉めるみたいなので、残っている他の人にも伝えてきます」
空き瓶片手に、他の隊員の場所へ去っていった。
「あーもう、何なのかしらね」
それは僕の意見だ。
お開きか……。
「では、僕は部屋に行きますので、何から何までありがとうございました」
僕は握手を求める。
「ん」
マリエルは短く返事をすると、僕の手を握手して手を放した。
部屋に戻ってベッドに横たわる。
寝付けない……。
明日には、マリエル達と別れるのだ。
「だめだな……。
彼女達は彼女達だ、僕がどう思おうが迷惑になるだけ。
あまり逃げるのは良くないけど、今日ぐらいは飲ませて貰います」
別に部屋に誰か居るわけでもない。
数少ない私物が入った鞄。
その鞄からセンベツにもらった酒を取り出す。
三十年物のブドウ酒らしい、胃の中が熱くなり始める。
そして、次の日の朝。
迎えにきたサンの叫び声で目が覚める。
僕の隣には、裸のマリエルが気持ち良さそうに眠っていた。




