18 誰かの横顔
体が揺らされてる。
オオヒナが言っていた、起こされるという事だろう。
目をゆっくりと開く。
少しまぶしいなかな。
「あ、起きた」
マリエルの顔が見えた。
光に照らされて細い眼で周りを見ると、マリエルが僕を覗き込んでいる。
近い、前も似たような事があったような――。
「おはようございます」
「第一声がそれなのね、おはようヴェル」
「ええ、起こしてもらったので挨拶はしないと、所で。
ここは……、宿?」
「そうそう、二日も寝ていたのよ。
調子はどう? 手は動く? だるい所はない?。
お腹は減った? あ、そうそう、サンドイッチと飲み物であるわよ」
立て続けにいわれても困る。
それよりも、マリエルの格好だ。
最初に見た時と同じく、青いローブをマント代わりにして腰には剣をつけている。
「落ち着いてください。
どれぐらい眠っていましたか?。
体は特に問題なさそうです」
手足を動かしても、違和感はない。
思わず黒篭手をみる。
「ならよかったわ。
一日半って所かしら、コーネリアとファーの見立てでは回復のために寝ているのだろうって話。
昼過ぎには出発しようと思って、それで起こしに来たのよ」
「そうでしたか、ありがとうございます」
「じゃ、後で来るから食事済ませておいてね」
マリエルは手をひらひらとさせて、部屋から出て行こうとする。
「あの」
「ん、なーに?」
「なぜ僕に、ここまでしてくれるのでしょうか、任務だからですか」
「ん?? 迷惑だった……」
明るかった顔が、暗くなっていく。
別に意地悪で聞いたわけじゃない。
「いえ、ただ気になってというか」
「大きく分けて、三つの理由」
マリエルは、僕に指を三本見せた。
最初に人差し指を折り曲げる。
「一つ、聖騎士は王のため。
しいては王が治める国民のために動く」
中指を折り曲げた。
「一つ、聖騎士って割りと暇なのよね。
こういうとファーに怒られるけど」
最後に薬指を曲げた。
「一つ、全部ひっくるめて私のわがまま。
以上」
まじまじとマリエルを見る。
「わがままですか?」
「そうよ、ダメ?」
「い、いえ」
「じゃ、納得したのなら下に行くわね」
マリエルは部屋から出て行く。
凄く簡単な理由に、気付いたら少し笑っていた。
まるで、フローレンスお嬢様のような人だ。
マリエルが持ってきてくれたサンドイッチを食べ、僕も身支度をした。
と、言っても、普段着と黒篭手しかない。
使っていた毛布を軽くたたんで、僕も部屋を出た。
階段を降りると、聖騎士達の姿は無かった。
宿の主人が待っていたのか、僕を手招きする。
厨房の下に一度しゃがみこむ主人。
は再び現れると、僕に鞄と酒ビンを手渡す。
「三十年物の酒と、俺が昔使っていた鞄だ、もってけ。
フェイシモ村に居たメアリーは俺の妹だ。
お前だけでも生き残ってくれて嬉しいぜ、命を大事にな」
メアリーとは、村に居た人だ。
よく、子供達にお菓子を配っていて、僕ももらった事がある。
「メアリーさんの……。
ありがとうございます。
あれ、でも兄が居たって話は……」
「若い時に喧嘩してな、それ以来一度も会ってない」
さて、話は聞こえていたが王都に行くんだろ? こっちに戻ったら店に寄ってくれ。
飯ぐらいはサービスする」
スッと、手を差し出してくる。
僕は握手して宿の扉へ手をかけた。
皆が僕に生きろと言っているが、生きていて何の意味があるんだろうと、ふと思う。
フローレンスお嬢様が生きていたら何て言うだろうか。
いや、決まってるな。
きっと……。
「まーた、難しい事考えている顔してる」
えっ……。
僕は慌てて前を向く。
マリエルが僕の顔を見て居た。
「だから、ぼーっと考え事していたら転ぶわよ?」
「そう……ですね。
いえ、別に考え事していたわけじゃないです」
「そう? ならいいんだけど」
階段の上に、マリエルが立っている。
その下には、ファーとミントが先頭に立ち、その後ろには女性が数名。
全部で十二名の女性達。
全員が青いローブをマントのように羽織っている。
「じゃぁ改めて、そうこっちに立って」
マリエルに手を引っ張られ直ぐ横に立たされる。
一人頷くマリエル。
「とまぁ、特に危害があるわけじゃなさそうなので。
護衛と監視と名目で連れて行きます」
誰も反対の意見を出さない。
全員が真面目な顔だ。
隊員たちは一歩全身した。
赤く模様の入った篭手を、胸の部分で見せつけ敬礼をした。
町の門兵に好色な目で見送られ街道を歩きだす。
僕のいた村は南のほうにあったので、王都へ行くにはもう少し北上しなければならない。
ファーと、ミントが馬に乗り他が徒歩である。
「全員が馬じゃないんですね」
僕は隣で歩くマリエルへと話しかけた。
ちなみに、隊列はというと、ファーが馬で先頭にいて。
マリエルと僕がその後ろ、他の隊員達が後ろに続き、最後に馬に乗ったミントがいる。
話が聞こえたのか、ファーが馬のスピードを緩めて説明してくれた。
「ええ、馬は維持費が高いのです。
主に、隊長や副隊長が使いますね」
ファーの説明の後、マリエルが愚痴を言い出す。
「はー、馬もそうなんだけど。
なんだかんだで第七騎士団は嫌われてるのよ」
「そうなんですか?」
「女だからってね、馬だって第三騎士団なんて全員が持ってるわよ。
それに第七騎士団って由来知ってる?」
知ってる? と、言われても知る由もない。
黙って首を振る。
「どこかの国で七は縁起がいいらしいから、女子供の部隊には丁度いいだろうっ。
がっはっはっは、って感じよ。
第一から第三部隊まであって、その次が私達。
四から六は部隊すらないわ」
「隊長、誰か聞いているかわかりません、それぐらいに」
ファーが馬の上から注意する。
マリエルが、はーいと、諦めた様子で謝った。
「とはいえ、ヴェルさんご安心を。
得意不得意はありますが、全員馬には乗れます。
またハグレが襲ってきた場合は、隊員の誰かかヴェルさんを乗せて先へと行く事もできます。
もっとも、女子供だからといえど、これだけの聖騎士がいるんです、安心してください」
その笑みは優しく、人を安心させるような笑みだ。
ファーは、馬の速度を少しだけ速めて先頭に戻った。
僕は黒篭手をみる。
「にしても、アレよね。
ヴェルって暗いと言うか、笑う事あるの?」
「フローレンスお嬢様、楽しいからって必ず笑う必要は無いと思いますよ」
マリエルが、僕を見たまま口を小さく開ける。
間違えた。
「いえ、忘れてください」
「フローレンスお嬢様って、あの子よね」
「そうですね」
「ふーん……。
ヴェルって、その子が好きだったの?」
突然何を。
「村長の娘と、召使いですよ。
そんな感情はありません」
「ふーん……」
二度目のふーんである。
尋問を受けているみたいで怖い。
少なからず好意はあったけど、別に人にいう事でもない。
僕は目線を合わせないように歩くだけだった。