110 とある男の過去(仮説
訓練場から出ると、暗いままだった。
見回りの兵士だろう、僕らを見ると敬礼をしてきた。
ヒメヒナは敬礼をし、僕らは後についていく。
周りに誰も居なくなった所で、どうやら私とヒバリを間違えているようだねと教えてくれた。
「場所わかるんですか?」
「こう見えても、魔力探知にはかけていてね。
残念ながら師が作った黒篭手は範囲外になったけど、他のはわかるよ」
「しつもーん。何で助けてくれたんですか?」
「別に助けたつもりもないよ、あそこで向かってくるなら斬ってたし。
それにヴェル君とそっちの彼女。
最低でも一回はあの篭手使ったね」
ヒメヒナの言葉に僕とマリエルは同時に黙った。
同時に黙ったら使いましたよって言っているような者だけど、こうも簡単に言われるとは思わなかった。
「別に怒ってはいない、体内にある魔力の性質が少し変わるんだよ。
前例者が居てやっと気づくぐらいだからね」
「前例者って……顔なし……」
「おや、やはり知っていたか。
彼とは古い付き合いでね、最初に会ったのが十年前だ。
彼は無理やりにアレを使ったらしくてね、いやいやあの時は驚いたよ。
野ションをしてる時に目の前が光ったと思ったら、彼の顔にもごもごもご」
とりあえず、僕はヒメヒナの口を塞ぐ。
僕の手を横へとずらすと眉間に皺を寄せ始めた。
「私は真実を言っているだけだよ?」
「一から十まで話さなくても通じます」
ヒメヒナはマリエルに向かって、はぁー彼はいつもこんなに真面目なのか? と聞き始めた。
僕が真面目じゃなくて、周りがおかしいのを自覚して欲しい。
「まぁしょうがない。君達二人なら判ると思うが……、あれはAという場所を作り、どんなに時間がたってもAと言う場所にしか戻れない物だ。
しかし彼はAより前に戻った。
戻った方法は教えてくれなかったけど、酷く悲しい顔をしていたよ。
で、彼は復讐を果たした」
思わず言葉に詰まる。
僕らは既に城の中へと入っている。
時おりすれ違う兵士は、ヒメヒナをヒバリと思って敬礼をして素通りしていく。
マリエルがぼそっと呟いた。
「十年前、もしかして王と王妃の殺害……」
なぜマリエルが、王と王妃の殺害と口にしたのかはわからない。
でも、ヒメヒナは当然のように正解をくれた。
「ご名答、スーパーひろし君人形をあげたい所だけど、これで我慢しておくれ」
ポケットから飴を取り出すとマリエルへ二つ手渡した。
マリエルはどうもと言うと飴を口に入れた。余った飴はアデーレの口へと持っていく。
「ヒメヒナ様、その男性はなぜ王と王妃を殺したのでしょう」
「ああ、君はアレを使ってないんだね」
「使ってませんが……その話が本当であれば、いえ過去に戻るなど信じたくはありませんが、時おり別の記憶が混ざる時があります」
「使った人物と縁が強いほど出るらしいからね。私の仮説で説明しよう。
以前彼にも説いた事があるが、否定も肯定もしなかったからね」
ヒメヒナは僕らに彼の仮説を説明し始めた。
小さな村に青年が居た、青年は親無しの子で小さな村の村長宅へと引き取られ暮らしていた。
村長宅には同じ歳の娘がおり、二人は祭りの後に結婚をした。
祭りから一年後、村に突然聖騎士部隊がやってきた。
国を滅ぼす魔道具を隠し持っている村として全員が殺された。
青年も斬られたが傷は浅く、目が覚めると死体しかなかった、仲の良かった者、育ての親や妻、そして妻との子まで。
「それから彼がどうやってアレを手に入れたかはわからない。
まぁ無茶をしたんだろう、本来の時間から十年も前に戻ったのだからっと、ここが部屋か」
ヒメヒナが立ち止まる。
目の前には壁しかなく、不思議に思っていると突然扉が出てきた。
隠し扉。
いや、それよりも、さっきの話を聞いて僕ら三人は声を出しそびれていた。
マリエルが、それじゃ責められないわよ……と小さく呟く。
彼とは僕自身だ……ファーの両親を殺したのが僕自身。でも村を滅ぼされ復讐で殺すのは僕自身だからこそ、わかる。
マリエルに出会ってなければ、あの晩みたいな惨劇があれば復讐するだろう、たとえ自分がどうなろうとも。
場違いな明るい声でヒメヒナが喋ってきた。
「あくまで仮説。当たっていようが外れていようか真実はわからない。
君達暗い顔しているけど問題は今だよ、許しても許さなくても死んだ者は戻ってこないし死人の声を聞く事は出来ないからね。あ……確か別の国に死霊使いが居たな、アレなら聞く事は出来るか……」
アデーレが、そうですね今を生きましょうと言うとマリエルの背中を押した。
「それもそうね……考えるのは後にして入りましょう」
僕らは秘密の部屋へと入った。
部屋の中は棚かいくつもあり、本や小瓶が綺麗に並んでいた。
「うわ……聖騎士の篭手よねこれ」
「隊長こっちには、あの薬も……」
二人の言うとおり、無地の篭手や、力を抑えるために使っていた毒、いや薬と同じようなのが並んでいる。
そして僕が最も驚いたのは……無造作に捨てられている大量の黒篭手だった。
「ああ、失敗作だろうね。
記憶力はいいほうでね姿形、それと成分は私も覚えている。
でも、どう頑張っても出来ないから私は諦めた」
自陣満々にいうのは、どうなのだろう……。
「そもそも、君達聖騎士というのは失敗作なんだよ。
ちょーっと魔力ある人間に篭手をつけさせて能力を無理やり上げる。
反乱した人間は、薬で一気に力を奪う。
さしずめ不完全な強化人間って所かな」
この世界に、ガン……なんちゃらが無くて良かったと思いたまえと、言っているけど、よく聞こえないし意味がわからないので聞き流す。
「ヒバリ様は何をしたかったのでしょうか」
そういうのは、アデーレだ。
「僕は愚妹じゃないからね、でもまぁ……。
恐らくは師の復活という所かな」
「先ほどから言う師と言うのは四代目王妃スズメでしょうか?」
「そうだね、私も愚妹も彼女のコピーだ。簡単にいうと複製って言ったほうがわかりやすいか」
オオヒナが教えてくれた事をさらりと言う。
「死者復活……」
「少し違うけど、そんなような所だろうね。
人の事をいえた義理ではないが、どうも師が大好きすぎてね。
なるほど、これとアレを混ぜてこっちをこうするのか……。
いや、これも組み合わせると」
「何かわかったんですか?」
近くにあった本をぱらぱらと読んでいるヒメヒナへと僕は声をかけた。
「ああ、愚妹、愚妹と言いすぎた。
ヒバリは昔から研究のほうが好きでね、先ほど行った死者蘇生、ゾンビ化、
空間転移、様々な事が書いてある。
で、ヴェル君が持っていた黒篭手その中に入っている師の魔力が欲しかったみたいだね」
さてと、と言うと僕ら三人へと向き直る。
「私は帰るけど、君らはどうする? 帝国にくるかい?」
マリエルと見ると、首を横に振った。
「ありがたいお言葉ですけど、待ってる人達が居るので。
あっ、アデーレとヴェルは行きたいなら行ってもいいわよ」
「それでしたら最初から付き合ってません」
「同意、あの晩に練習場へ参加した意味がない」
「そうか、どれ城を出るまでは付き合ってやろう」
僕らは入って来た時とは違い、ヒメヒナの顔パスで堂々と正門から出た。
兵士には夜の警備へと行くと伝えている。
右に行けばアジト、真っ直ぐに進むと外門の場所で別れた。
アジトへ戻ると、別働隊の仲間が不思議そうな顔で詰め寄ってきた。
それもそうだろう、作戦と違うのだから、僕らは説明するのに屋敷へと入った。