103 激しく動く世界
気づいたら天井が見えた。
一瞬自分がどこに居るのかもわからなくなる、横を見るとベッドがあり、窓からは朝の日差しが差し込んで来ていた。
「宿……だよね」
もちろん返事はない。
さっきまでオオヒナと訓練をしていた、ぼこぼこにされた感触が体にまだ残る。
そもそもあの世界で特訓したからといって、現実でも強くなるのか疑問にも思うけど。
「宿ね」
「ええっ!?」
返事があったので、思わず変な声が出た。
声のほうを向くとマリエルが扉の内側に立っているからだ。
「お、おはよう。…………鍵かかっていたよね?」
「ん、おはー。そりゃ開けたし、いくらノックしても反応ないんだもん」
「あー……ごめん」
マリエルは少し怒った声で僕を見ていた。
心配で来てくれた人に文句を言うのはちょっと無かったかな。
「べっつにー、でも一人でするぐらいなら言ってくれればいいのに」
ん?。
一人? 何が?。
「匂いは旨く隠したわね、昔警備で行った町にいたファンの子なんだけど、凄い臭くてさー。思わず川に突き落としたわ」
「何か勘違いしてない?」
「え? ヴェルがげっそりに成ってるのって一人あそ――――」
「違うからっ!」
少し強めに言う。
何度も言いたいけど、僕だって男だ。
そういう感情はあったりもするけど、人よりは少ないっ……と思うし、ましてや今はそれ所じゃない。
僕は左腕に嵌めている黒篭手を見せつけた。
「疲れているのはこっち、昨日久々にオオヒナに会った」
「あら、それは失礼」
マリエルは近くの椅子座る。
背もたれのほうに胸を押し付けて僕を見てきた。
話を聞きたいのだろう。
「特に変わった事は聞いていないけど、これからの戦いに備えて僕を強制的に特訓された。
おかけで寝たか寝ないのかわからないよ」
「ふーん、どんどん強くなるのよねぇ、初めて会った時の強さってジャッカルぐらいでしょ?」
「もっと弱いよ、元から非力だからね」
「ヴェル寝てる間にいい知らせと悪い知らせが来たわ、どっちが聞きたい?」
いい知らせと悪い知らせ……、良く聞く話だ。
結局悪い知らせのほう大きい事が多い。
「じゃ、悪い知らせで」
「おーけー、女王が死去と発表されたわ」
マリエルは冗談を言っているような口調ではあるけど、顔は至って真面目だった。
ちょっと目が怖かったけど、優しそうな女王だった……、そうか亡くなったのか。
「良い知らせってのは?」
「第七部隊隊長マリエルと以下三名は晴れてハグレ認定と討伐命令が下りました、ぱちぱちぱちー」
「あの、笑えないんだけど」
「まぁまぁ、大方予想はしていたし暫くは平気でしょ。
馬鹿な新王は兵を連れて帝国へ攻撃をしかけようとしてるし」
気づいたら喉を鳴らしていた。
帝国との全面戦争、素人の僕からみても馬鹿げてる。
「第七部隊は?」
「サナエが持ってきた情報では、帝国に突入する突撃部隊ね。
混合部隊で三十八人、帝国側の兵がざっと六十人って所かしら」
それだったら普通に勝てるだろう。
こういってはなんだけど、皆聖騎士だ。
国を守っていた人達だけど、その連携攻撃は僕も見て知っている。
安堵を浮かべた僕の顔みて、マリエルが付け足す。
「もっとも、帝国兵が居る場所まで二つの町があるんだけど、一般市民数千人を全員殺す事ってのが加えられてるわね」
「なっ、無茶苦茶すぎるっ、いくら命令でも」
「ご丁寧に、人質取られてるわよ」
ぐう音も出ない。
いや、ちょっとまて。
マリエルは良い話題として教えてくれた、どうみても悪い知らせだ。
「肝心の良い場所を聞いていない」
僕の言葉にマリエルがにやっと笑う。
「混合部隊はカーヴェを抜けて帝国領に入るわ。
私達はその間に王都にいる人質を助け、混合部隊へと知らせる、止めるわよこの戦争」
馬鹿けてる、でもマリエルの笑顔につい釣られて僕も笑った。
マリエルが言うなら、出来そうな気がするからだ。
「私達ははぐれだし、いまさら軍規もなにもないしー」
部屋の扉がノックされた。
身長の低いサナエと、ミントが部屋に入ってきた。
サナエのほうが僕を見てなぜか溜め息をつく、もしかしたらサナエは僕の事が嫌いなのかもしれない……。
あのナナって子も僕の事が嫌いだっけ。
「ヴェルにいーっ!」
「っと」
ミントが僕に突進してきた、思わず身構えるけどミントは僕の腰に両腕を回しベッドへと体を預ける。
ベッドの上でぼふんと音を立てると嬉しそうに僕の顔をみては、背中に抱きつく。
マリエルがパンパンパンと手を叩くと口を開いた。
「はいはいはい、私のヴェルに抱きつかない」
「いや、マリエルの物ではないんだけど……」
「えー、気にしたらだめなのだ。まりえるちゃん」
隊長ではなくなったのがあるのか、たいちょー! ではなくまりえるちゃんと呼んでいる。
「ヴェルが幼女愛好に進んだらどうするのよっ」
いや、進まないし僕の意見はどこへ。
「その時はみんとと結婚するのだー」
「はーなーれーなーさーいー」
「ふ、二人とも腕をひっぱら――……」
違和感があった、僕は痛みも忘れて僕は二人の腕を見た。
赤く竜の入った篭手がない、慌ててサナエの腕をみるとサナエの腕には真紅の篭手がある。
「二人とも篭手はっ!」
思わず叫ぶと、両腕の力が弱まった。
ミントがどうしたの? と言う顔で僕を見ている。
「取ったのだ」
「いや、取ったのだって」
そう簡単に取れる物じゃないし、取ったら取ったで副作用が凄い。
僕も黒篭手をはずした時に経験しているし、マリエルもミントも特に以上はなさそうな顔だ。
もしかしたら、この世界では篭手をはずしても大丈夫な世界とか?。
「種明かしー、これなんだとおもう?」
あまり大きくない胸の部分に手を入れると、僕の前に小さな小瓶を見せる。
香水のビンににていて中身は透明だ。
手渡してくれたのでふたをあけて匂いを嗅ぐ、無臭だし水のようだ。
「これは?」
「聖騎士の力を抑える毒って言えばわかるかしら」
「それってっ!」
「そう、時と場合によっては聖騎士を一般人に戻して殺す事もできる毒」
そのせいで前の世界で皆は死んだ。
能力者殺しの毒だ。
「だったらなんで……」
「あのねー、いくらはぐれっても全員が全員篭手つけていたら怪しいでしょ。
取り急ぎジャッカルに盗って貰ったわ、いまは実験的に私とミントが試している。
篭手はすんなり外れたし、逆に気分がいいぐらいよ。
一日、ううん、半日程度で付け替えできるように調整するつもり。
その代わり力は弱いわね、頼りにしてるわよ」
マリエルは僕の背中を大きく叩いた。