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01 祭りの前夜

 僕は血まみれの手で、篭手を掴んだ。

 燃える家が見え、先ほど助けに来た女性が、吹き飛ぶ。

 フローレンスお嬢様も、アルマ村長やマミ夫人も、この場には居なくなった。

 体全体が痛い……。


 汝、力を望む者か?。



 僕の耳に、女性の声が聞こえた。

 幻聴もここまで来ると、笑えてくる。


「貸し手くれるなら、貸し手くれっ!」


 僕は、痛みの走る体を起こした――――。

 たった一日で僕の環境は変わり果てた、朝からの事を思い出した。



 おはようございますと、僕は誰もいない食堂へと、手短に挨拶した。

 なぜかと言うと、誰か居たら困るからだ、その理由は僕が使用人だからである。

 夏の日差しを部屋に入れるために窓を開けた。

 国境付近にあるフェイシモ村全体と、近くには森が見えていた。

 その昔、勇者の仲間が立ち寄り秘密を置いていったと言われている村であるが、住んでる僕からしたら、そういう話はどこにでもあるので、何もありがたいとは思わない。


 背後の扉が開かれた。

 腰まである金髪の髪を束ねた、おっとりとした表情で、背の高い女性が入ってくる。

 僕に気づくと、目尻を下げ優しい笑みを浮かべて挨拶をしてきた。


「ヴェル、おはようございます」

「お早うございます、マミ奥様。今日もいい天気です」

「そう、それでは始めましょうか」


 僕がマミ奥様と言うのは、村長夫人である。

 マミ奥様は、壁にかけている使い込まれたエプロンを取ると台所へ立つ。

 普段はおっとりしてるのに、料理になると張り切る姿は何時も見慣れた光景だ。

 鼻歌を歌いながら、てきぱきと僕に指示を出していく。

 その内に、背後の扉が開かれた。

 僕達の姿を見ると、いつも通りに挨拶をして席に付く、アルマ村長。


 最近では、最近腹が目立ってきたなと、言うが、僕が記憶している限り、体系は変わっていない。

 運動しないとなと、よく呟いているが、マミ夫人が、その姿もカッコイイわよと、言っているので、村長の運動はこれからも無いだろう。


「あなたも、たまには手伝ったらどうですか」

「それもそうだな」


 そう言うと、テーブルに並べられたウインナーを一口つまみ始めた。

 マミ夫人は背中を向けている、僕が見ているが、人差し指で内緒にしてくれとポーズをしていた。


 夫人と僕の手でテーブルの上にはあっさりとした朝食が並べられていく。

 パン、目玉焼き、野菜スープにウインナーの炒め物。

 どれも新鮮で、村長は直ぐにでも食べたいのか、そわそわしてる。


 でも、我慢しているのはわけがある。

 食卓には皿が四枚並んでおり、もちろん、椅子も四脚だ。

 しかし台所には三人しかいない。

 座っている村長が、やはり深い溜息を付く。


「ヴェル、すまんが『アレ』を起してきてくれるか」

「アレですか……」

「ヴェルお願いねー」


 夫人からも頼まれた。

 短く、返事をすると、廊下へと出た。

 思わずため息が出る。


 僕は、お願いと言う言葉に弱い。

 僕を使用人として一緒に生活しているが、その内容は特に無い。

 雇い主である、夫妻も僕には命令ではなく、お願いをしてくる。

 お願いとは断る事が出来る言葉、僕は使用人なんだから命令でいいのでは? と思うが、滅多な事ではしてこない。

 考え事をしていると、直ぐにアレと、呼ばれる人物がいるドアの前に立つ。

 

 大きく息を吸うと静かに吐く、僕はノックを三回した。

 直ぐに大きな物音が聞こえてきたかと思うと、扉が内側に開いた。

 僕より頭一つ分背の小さい少女、金髪がふわりとしていて、透けているネグリジェのまま、恥じらいもなく僕を下から見上げている。


「はーい。あけますよっと、ほにゃ相変わらず時化た顔ねヴェル、おはっよ」

「はぁ……。おはようございます、フローレンスお嬢様」


 手は、チョップをするような格好で、元気のいい挨拶である。

 うん、挨拶だけは立派だ。


「時化た顔も、髪が黒いのも元からです、フローレンスお嬢様」

「冗談だって、毎朝こんな可愛い女の子の下着姿を拝めるのに仏頂面だなんて、私より背が高く顔だって行けてるのに。

 体系だってそんなに太ってないし、それに髪が黒いのは別に今話してませんけどー。

 ヴェルも、もう少し元気があればもて……、いや、なんでもないっ」


 何故か僕の性格まで叩き、一つ頷いた後、クルリと一回転するフローレンスお嬢様。

 金髪のロングヘアーを自慢げに見せ付けてきた。

 回った為に甘い果実のような香りが辺りに広がり、髪が鼻を掠める。


 思わず咳が出そうに成ったのを何とか堪えると、何も知らない振り返ったフローレンスお嬢様は『どや』という顔をしている。


「毎朝だからです。たまには自力で食卓へ来てください、それに」

「それに~?」


 悪戯猫のように下から見上げていく。

 はぁ、これが村にいるクルースと言う同じ歳の青年だったら血の涙を流して喜ぶのだろうか、残念ながら僕は一般人と考えが違うらしい。

 フローレンスお嬢様の両肩を触ると、ひゃんっと、いう声を上げる。

 そのまま半回転させると一言、命令を伝える。


「先ずは着替えをしてください、後はフローレンスお嬢様が揃えば食事の時間です。

 あまり遅いと、先月みたく朝食無しの罰受けますよ」


 用件を伝えて扉を閉める。

 部屋の中からは、毎朝じゃないですよーっだっと、再び元気な返事が聞こえてきた。

 僕は思わず胃の付近を押さえ深く溜息を付いていた。


 リビングへ戻ると直ぐに、髪を首筋で一まとめにしてきたフローレンスが入ってきた。

 お嬢様が席に座り、食卓に全員が揃う。

 賑やかな食卓が始まった。

 この家に来て毎朝繰り返される日々だ。

 僕としては、ここ数日の出来事と今日の予定を整理しながら朝食を取る。

 明日の祭りの為に広場に簡易ステージを村人と共に作ったり、祭りで出す料理の材料を管理したりと、忙しい。

 アルマ村長が食べながら話しかけて来る。


「明日は十年ぶりのお祭りだ。フローレンスにヴェル。

 祭器を取りに行ってくれないか? ワシは各家に回って明日の準備の様子を見てくるから」

「やったっ。午後の勉強サボれるっ」


 フローレンスお嬢様の感想は置いておいて僕は村長に質問する。


「えーっと……。僕みたいな部外者が祭壇へ行っていいものなんでしょうか?」


 隣ではしゃいでいたフローレンスお嬢様が食べ終えたばかりの木の皿で、僕の頭を叩く。


「馬鹿な事言って無いでいいのよ。もうこの村に来て何年になるのよ」

「たぶん六年ぐらいです」


 僕が返事をすると、村長も大きく頷く。


「ヴェル。ワシはヴェルを引き取ってから一回も部外者なんて思った事はないぞ、村の連中だってヴェルの働きぶりを見ているんだ」

「そうですよ。ヴェル。これで文句を言うのであれば村長夫人であるわたくしが許しません。

 それとフローレンス、食器でヴェルの頭を叩いた罰でオヤツは抜きです」

「えっ、ママっ!」


 驚くフローレンスお嬢様は置いておいて、アルマ村長は話を続けてきた。


「いや、それワシの言葉――ともかく、他の者とも相談の上決まった事だ。

 安心しなさい、ヴェルは今では居なくてはならない住民だ」


 村長の言葉を繋ぐ夫人の言葉に、フローレンスお嬢様も大きく頷く。

 そして何故か、瞳を輝かせながら僕へと向き直った。


「って事。ヴェルも行くのよっ、これは命令よっ!」

「はぁ。命令ならば仕方がないですね」


 命令か――。

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