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エビデンスベースボール  作者: カラガラ
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#1 引きこもりでも三冠王を説得したい

プロ野球選手の娘がニートで、しかも本に埋もれた部屋に引きこもっていると聞いたら、誰だって疑いの目を向けたくなるのではないのでしょうか?

そんな私、戎吉栞えびよししおりは、いま窮地に立たされていました。



「お小遣いを…なくす…?」

「そうよ。だってあなた、いつまでたっても働かないんだもの」

母は言った。

「でも…。うちはお父さんの稼ぎで親子末代まで裕福に暮らせるじゃん…」

そう。私のお父さんは元プロ野球選手なのだ。しかも史上初4度の三冠王を達成し、私たち一家では使いきれないくらいのお金を稼いでいるのだ。

「私もそう思ってたんだけど…ね」

そういった母は私を見た。上下ジャージで寝ぐせがついたままの私を。そして言った。

「可愛い子には仕事をさせよってね」



「酷い…急すぎる…」

確かに大学を出てから働かず、税金や携帯料金は親に払ってもらい、おまけに朝昼晩ご飯と掃除洗濯もやってもらって…あれ?なんだか心が痛いぞ?

「でも私にはお金が必要だ」

普通の人は何にお金を使うのだろうか?服?化粧品?ソシャゲ?

私の出費の99%は、本、だ。お小遣いの大半は紙の本、電子書籍につぎ込んでいる。部屋にはお父さんに頼んで買ってもらった大きい本棚にびっしりと本が詰まっている。

本はいい。自分の知らない知識を教えてくれる。自分の色々な可能性を創造させてくれる。あっちから話かけてきたりしないしね。

「本を買うお金を稼ぐには仕事しないとだけど…」

分かる。理屈は分かっているのだが。大学を卒業し2年が過ぎようかとしているところ。今から普通に働けというのは厳しいのではないだろうか?ライオンは子どもを崖から落とし、登ってきた子どもだけを育てるというが、母が落としたのは奈落の落とし穴なのではないか?

「面倒な就活とかせずに、楽な仕事で給料もらうには…」



「お父さん、飴あげる」

「おう。急にどうしたんだ?」

母がダメなら父だ。お父さんは今は現役を退いているけども、それでも球界でも屈指の選手だった。ということは、コネがあるはずだ。

「実はちょっとお願いがあって…」

とはいえ「楽で給料高い仕事をお父さんのコネで教えてください」と言えばさすがに怒られるはずだ。そこで私は、自室の本棚から“武器”を出してきた。

ロバート・B・チャルディーニ『影響力の武器[第三版]』(社会行動研究会 訳、誠信書房)

人を動かすための、科学的に正しい6つの説得法が書かれた本だ。分厚いからついつい読むのが億劫になってしまっていたが、人間死ぬ気でいれば、難しい本でも読破できるものだ。

「ちょっとテレビのチャンネル変えていい?」

「あぁいいぞ」

よし!と私は思った。今のは、コミットメント、と呼ばれる手法だ。人は小さい頼み事を引き受けると、その後の大きな頼み事も引き受けやすくなってしまうらしい。

ちなみに最初に飴をあげたのも計算のうち。返報性、というらしいが、要は何かをもらうと人はお返しをしたくなるということみたい。確かに、プレゼントもらうとお返ししなきゃって思うもんね。

「私、働こうと思うの」

そういうと、普段あまり表情を変えない父も目を大きくした。

「そ…そうか」

「でも今までこんな気持ちになったことないし、この気持ちが消える前に仕事についた方がいいと思うのね。自分でいうのもなんだけど、そう長くはモチベーションが続かないだろうし」

「まぁ…そうだろうな」

希少性。珍しいものや貴重なものに人間は心惹かれるのだ。娘が働こうとしているのが珍しいとはなんとも情けない話だが、それでも父の反応を見れば興味を引かれているのが分かる。

「それでお母さんが、お父さんに相談したらって。三冠王を唯一4回も獲ったお父さんみたいな凄いプロ野球選手ならそういう仕事とのつながりもあるでしょう?」

この家で一番権力のある母の言うことを聞きたくなる、権威。自分を褒めてくれる人に同意したくなる、好意。

「みんな同じ意見だったから、あとはお父さんの協力だけが必要なの。私の友達も自分のお父さんに紹介された仕事についてたりもするし…」

そして集団に従いたくなる、社会的証明。

「お前友達いたんだな」

「いるよ!?私をなんだと思ってるの!?」

思わずツッコんでしまったが、父はきっと喜んでくれたのだろう。しかし今までの話はでっちあげだ。影響力の武器を使いきるために、本を読みながら考えたのだ。何回もシミュレーションしたとは言え、強面の父親を前にして堂々と嘘をついてしまうのはいかがなものか…いや、関係ない。私にはお金が必要なのだ。将来は図書館みたいな家に引きこもって暮らすのだ。

「…よし分かった」

「…え?いいの?」

思わず聞き返してしまった。いや嬉しいんだけど、あまりにも拍子抜けだ。

「俺の仕事の手伝い…ってのはどうだ?」

「やるよ!やるやる!」

父は現役を引退してからは、野球解説で少しテレビにでるくらいだ。今の選手のデータを集めたりとか、そんなことなら家でもできるし、大した頻度でもないだろう。それにお父さん

「よし。じゃあ明日の朝、さっそく仕事があるから、スーツを着て一緒に出掛けるぞ」

「わかった。明日ね」

今プロ野球はクライマックスシリーズが終わろうとしているところだ。今後のドラフトとか日本シリーズでテレビに出るのだろうか?

でも安心だ。お父さんなら給料をケチったりもしないだろう。仕事は少し面倒でも、今までよりたくさんお金がもらえるのでは?

そんなワクワク感を感じながら、明日の身支度のために早めに眠った。



「…では東海ドラゴンズの新監督に就任された意気込みをよろしくお願いします」

「監督に就任した戎吉博志えびよしひろしです。伝統ある東海に監督に就任したからには、狙うはただ一つ、日本シリーズ優勝です」

「監督のオファーがあってからだいぶ悩まれたと伺っていますが、決め手はなんだったのでしょうか?」

「決め手は家族の後押しですね。妻には「当たって砕けろよ」と言われました。何より嬉しかったのは、娘が私の仕事を手伝うと言ってくれたことですね」


えー。何がどうなったか。私、戎吉栞は東海ドラゴンズ監督のお手伝いの仕事に就職しました。めでたしめでたし…?いや大丈夫なのかこれ?

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