崇拝者の手記
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二十年前。
私は初めて、あの悲哀なる方にお会いした。
あの方は邪気の無い、可愛い幼子だった。
あの方の父上様も、まだ人間だった。
王家というのは、国の犠牲者だ。
しかも、生け贄なんかよりもたちが悪い。
蜃気楼のように美しいあの場所で、あの方はどんな末路を辿るのか。
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十七年前。
あの方のお母上様が、男と行方をくらました。
あの方は実にお可哀想な顔をしていた。
ただ、ただ、笑っていたのだ。
泣かない幼子ほど可哀想なものはない。
でも、それも仕様がない。
だって、あの方のお父上様が泣いていたのだから。
まさか、まさかその前で泣けるはずもないだろう。
無理もない。誰も悪くない。
あの方の震える唇を見て、自分の決意を決めた。
これから、全てをあの方に尽くそう。
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十五年前。
あの方は最後の肉親を失った。
あの方の最後の心の支えを。
それでもあの方は笑っていられた。
今度は何も、気兼ねする必要はないのに。
親が死んでさえ笑うあの方を、同僚たちは不気味だ冷淡だと囁いた。
違う。それは違う。
あの方はお父上様に復讐をすることだけが、生きる理由だったのだ。
ところが死なれたことで、あの方は興ざめしてしまったのだ。
あの白けた気持ちで生きていては、きっとそのうち枯れてしまわれるだろう。
誰か、あの方に、情熱を恵んでくださらないか。
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四年前。
あの方の前に、水晶のような綺麗な眼をもつ女騎士が表れた。
愛嬌のある、気立ての良い娘だった。
あっという間にあの方の護衛にまで上り詰めた彼女は、やはり優秀だ。
その頃からあの方は、とても人間らしくなったように思う。
彼女に影響されたのだろうか。
密かに苦悩し、そして笑われるあの方を見ると、心が焼けるような感覚だ。
この感情、私は知らない。
ただ、とてもありがたいことだとは思う。
あの方に、ひとと生きる心地よさを知ってほしい。
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二年前。
具合の悪いことを知ってしまった。
私は選択を迫られている。
つくづく、あの方はツキがない。
そう、だからあの方は努力の人なのだ。
思えば、あの方はとっくにこの事をご承知なのだろう。
確かに、思わず笑いたくなるのも無理はない。
初めて、『かみさま』の心を理解できた気分だ。
なら、私に出来ることは一つしかない。
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一年前。
私はついに行動に移した。
かの騎士を葬ったのだ。
ずいぶん骨が折れたし、時間もかかってしまったれど。
これでやり残したことはない。
この狭い彼女の生家で、寿命を待たずに果ててやろう。
ああ、その前に。
この手記を見られては台無しだ。
火を燃べて炭にしなければ。
今思うに、あの方のお父上の最後は、親心だったのかも知れない。
死んで逃げられたら、後を追う気さえ失せる。
……男らしくは無いけれど。