再出発
冷たい風を顔に受けながら、足早に歩いた。僕の名前は三浦一真。今年の春に東京に上京して、大学に通い始めた。東京に上京して来るときに親と喧嘩して半ば強引にこちらに来たため、親からの仕送りはなく、日々アルバイトで食い繋いでいる。今日もアルバイトだったが、使えない後輩の指導や、やたら叱ってくる上司のせいで疲れ果てていた。昨日降った雪で足が取られて、なかなか進めない。もう、疲れた。明日、アルバイト先に行ったらあの後輩はクビにしてもらおう。そんな事を考えているうちに、だんだんと腹がへってきた。それに寒い。ふと、足を止めた。とてもいい匂いがしたからだ。〝Re.sta〟という店だった。見たところカフェのようだったが、何かとても惹かれるところのある店だった。ドアを開けると、低い声が聞こえてきた。
「いらっしゃい。」
30代後半くらいの男が1人でコーヒーを入れていた。僕はカウンターに座りメニューを見た。軽いご飯も食べれるようだったが、僕は無性にコーヒーが飲みたくなった。
「すみません、ブレンドコーヒーをひとつ。」
「かしこまりました。」
慣れた手つきでコーヒーを用意しだした。豆から引いているからか、部屋にはいい匂いがした。
「お疲れですか。」
コーヒー豆を引きながら話かけてきた。
「そうですね。」
答えながら僕は、今日のことを不思議と聞いてもらいたくなった。
「実は、バイト先でいろいろありましてね。」
それから、僕は今日の事を話した。ひとしきり話をした所でコーヒーが出てきた。一口飲んでみると、絶妙な味だった。鼻腔を刺激する匂いに、口の中に感じる心地よい苦味。
「おいしい。」
ふと、出た言葉だった。
「ありがとうございます。」
笑顔で答える男に、僕は悩みを話してみた。
「さっき話したバイト先のことで、明日、バイト先に行ったらその後輩をクビにしてもらおうと思ってるんですけど、どう思いますか。」
男は少し考えてからゆっくりと話だした。
「確かに、お話を聞いた限りではそういう考えに至るのも無理はないと思います。ただ、もう少しだけその後輩のことをみてあげて欲しいのです。」
「どういう事ですか。」
「その後輩は確かに、仕事はあまり出来ないのかもしれません。しかし、努力はしてたのではありませんか。」
その言葉を聞いて思い出した。確かに、彼女はミスをする度に泣きそうな目をこらえて必死でメモを取っていた。
「たくさんの人がここでは働いていますが、何があっても努力をできる人というのはとても貴重だと思います。その事をぜひ、頭の隅に置いておいて欲しいのです。」
コーヒーを飲みながら考えた。僕は、もしかしたら彼女のことを何も見れていなかったのかもしれない。いや、見ないようにしていたのかもしれない。東京にきてから、僕は思うようにいかず、自暴自棄になっていた。ただ、アルバイトをして、大学に行くだけの日々で次第に努力をしなくなってしまっていた。だから、努力する彼女の姿をみると、僕が努力していない事を認める事になってしまう。それが、たまらなく嫌だったのだ。
「あの、ありがとうございました。お話を聞いて頂いてとても心が軽くなりました。」
コーヒーを飲み干すと、僕は立ち上がった。勘定を済ませて扉を開ける前に、ふと気になったことを聞いてみた。
「すみません、そういえば、マスターはおいくつなんですか?」
笑いながら、彼は答えた。
「今年で28になります。」
驚いた。そんなに若かったのか。
「あと、ひとついいですか?」
「どうぞ。」
「店の名前の由来ってなんですか?」
あれは、何なのだろうか。
「〝restart〟再出発です。」