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Skydia-スカイディア-  作者: 雨宮玉介
第1章 夜明け編
8/10

第7話 仮初の力


 「えっと、こっから出られる良い考えが思いついたんだよね?」

 「ああそうだ。元賢者として、何もしてやれないのは大変申し訳ないと考えていたが、一時の夢を見せてやることぐらいはできそうだ」


 シャルロットがユニの眼前で立ち止まると、シンクからもらった石灰楼を掌で握り、ユニに向かって手を伸ばした。

 しかし、触れたい場所に手が届かないようで、つま先立ちで震えている。


 「む……この身体だと、背が低くて厄介だな」

 

 シャルロットは背伸びを諦めて億劫そうに溜息を吐くと、フライトの魔法を発動させた。

 小さな体がふわりと宙に浮く。

 シャルロットは人差し指をユニの頬に当てた。


 「え? なにするの急に……ひゃっ!?」


 肌に当たるひんやりとした冷たい感触に驚き、ユニは小さな悲鳴を上げた。

 シャルロットが指の触れた箇所には石灰楼を液状化させた白色の塗料が付着している。

 困惑するユニをお構いなしに、シャルロットは指を筆代わりに石灰楼をユニの肌に塗りたくり始めた。


 「あまり動くでない。上手く描けんだろう……よし、顔はこんなもんだな。次は全身だ。服を脱げ」

 「えええっ!!?」


 顔を塗り終えたシャルロットは、今度はいきなり服を脱がし始めようとし出した。流石のユニも、これには抵抗し始めた。


 「なんでボクが服を脱がなきゃいけないの! 説明もなしに勝手な事しないでよ‼」

 「ここから出る為には必要なのだ。吾輩達の利害は一致しているだろう」

 「説明になってないよそれ! ねぇシンク、この子どうにかしてー!」

 「どうにかって言われても……今はシャルロットしかこっから出られる策を練れそうにないし……それに、男の俺としては目の保養になるというか……のわっ!!?」


 シンクが話している途中で、シャルロットは手に持っていた液状の石灰楼を的確に飛ばし、シンクの両目に命中させた。

 いきなり激痛を味わったシンクは、両目を抑えて騒ぎ出した。


 「痛てー! ちくしょうっ、目が~‼ 擁護してやったのになんで俺に攻撃してくんだよ‼」

 「うるさい黙れ。この女の敵め。貴様はそこでのたうち回っていろ」

 「あの……その手に持ってるのって、目に入れちゃっても平気なの?」


 まともな説明もなしに、己の身に怪しげな図形や文字の描かれているにも関わらず、ユニは憂心な面持ちでシンクを見詰めている。

 シャルロットはその姿を見て、熱の籠った心身を冷ますように長い溜息を吐いた。


 「……あれくらいで滅入るような輩ではないから安心しろ。それにドラゴンとて今は娘の身……男なんぞにあられもない姿は晒したくなかろう」

 「それはそうだけどさ……」


 ユニが言葉を重ねようと口を開いた時、ガラスに罅が入るような音が響いてきた。

 頭上に目をやると、イトギスの再生を食い止めている障壁に亀裂が生じている。


 (そろそろここに居るのも限界だな)


 障壁が崩壊するまでの時間を逆算して、服を脱がしている時間が惜しくなったシャルロットは、指を鳴らした。

 するとユニの纏っていた衣服が、彼女の意思とは関係なく緑の炎を上げて灰と化した。


 「な、ななな‼」


 一瞬の出来事に動揺するユニとは対照的に、冷静な口調でシャルロットが声を掛ける。


 「障壁の限界が近い。あのバカが苦しんでいるうちにさっさと零印を施さなくては。おぬしには悪いが、まともに説明している時間すら今は惜しいのだよ」

 「……わかったよ」


 当然納得はできないが、素直に目の前の女の子に従う方が最善なのだと、ユニは不安と恐怖に駆られながらも正常に判断した。


(説明もなしに少々強引過ぎたか……大人げない真似をしたな)


 寒さからか、それとも恐れからか。

 零印を施している最中で、シャルロットはユニが微かに震えている事に気が付いた。

 ユニの判断を訊かずとも伝わってくる罪悪感にシャルロットは、なるべく早めに終わるよう努めた。

 真剣な眼差しに変わってからのシャルロットは頗る手際が良く、ユニの全身は瞬く間に石灰楼で描かれた図式や不思議な文字で埋め尽くされた。


 「よし、『偽りの解呪』の零印はこれで完成だ。あとは演唱だけだな」


 残った微量の石灰楼を払い落とし、ロンググローブを手に嵌め直す。

 シャルロットはユニに視線を合わせ、簡単に手順を説明した。


 「いいか、吾輩が今から零文を演唱する。……ユニはそれを復唱してくれればよい。簡単であろう?」

 「それはわかったけど、あのさ……服は、着せてもらえないのかな?」

 「今から真の姿に戻れるとしたら。服など必要あるまいて」


 シャルロットは最後に意味深な台詞を言い残し、零文を唱え始めた。



 「いつまで遊んでいる、さっさと起きないか」

 「ぶはっ?」


 両眼を抑えて小言をブツブツ囁いていたシンクの口に、シャルロットは酒の入った陶器を押し当てた。

 突然の事で咽返りそうになったシンクだが、何とか中の液体を喉の奥へと通した。

 すると、みるみるうちに目の痛みは引いていった。


 「まったく、とんだ災難だったぜ……ん?」


 シンクは目の痛みの緩和具合を見計らって瞼を持ち上げる。

 そして、障壁内の中央に鎮座している大岩に気が付いた。

 石灰楼を目に飛ばされる前まではなかったものだ。

 障壁内のほとんどを占領するこの大岩によって、シンクは壁際まで追いやられていた。


 「岩……なのか? それにしてもでかいな。これがシャルロットの云っていた脱出手段か?」

 「そうだ、いつまでも突っ立ってないで急ぐぞ」


 シンクが大岩の正体を訊こうとする前に、シャルロットは地面を蹴ってふわりと宙に浮き、そのまま大岩の頂上付近まで飛んでいってしまった。


 「おい待てよ。……えーっと、我、天女の羽衣纏いて――って、そういや今は使えないんだった」


 シャルロットを追いかけようと、シンクも慌てて飛行魔法を演唱しようと試みたが、途中で己がマナ切れだったことを思い出した。

 仕方なく魔法は断念し、自力で上る為に大岩に手を掛けた。


 (なんだ……これ?)


 岩の表面に触れると、それは仄かに冷たさを帯びていた。

 ライルの光球が大岩の反対側にあるのか、シンクの今いる場所からでは暗すぎて、大岩の色は判断できない。

 しかし、この大岩には僅かに弾力があるということが登る際にわかった。


 「もしかして、岩じゃないのか?」


 シンクがそう思い始めていた頃、登っていた大岩が突如強い振動を発し始めた。

 激しい揺れに振り落とされないよう、シンクは全身を使って岩の表面にしがみ付いた。

 すると、なぜか振動はさらに強まった。


 「ちょっと、変なトコ触らないでよシンク!」


 シンクが振動に耐えている最中、ユニの大声が障壁内に木霊した。


 「堕ちそうだから少しだけ、待ってくれ」

 「あ、そうか。ごめんね」


 シンクがそう叫ぶと、なぜかユニが謝り、振動はすぐに収まった。


 (また揺れないうちに登らないと)


 薄暗くよく見えないが、イトギスの再生を抑えているシャルロットの張った障壁に罅が入り始めているようだ。

 今の振動も、障壁の耐久力が弱まったのが原因なのかもしれない。

 危機迫るものを感じ取ったシンクは、急いで大岩を登った。


 「遅いぞシンク。はやくしろ」

 「分かってるって……これでも結構頑張ってる方だ」

 「まったく。だらしのない男だな」


 息を切らしながら、頂上一歩手前で失速してしまったシンクに、シャルロットが手を伸ばした。

 その手を掴んだシンクは、小柄な体格からは想像もできない力で引っ張られ、すんなりと頂上に到着した。


 「あーもうダメ、一歩も動けない!」


 ひんやりとした岩肌を背に火照った身体を当てながら大の字に寝転がる。

 大岩が振動を上げて再び動き出しが、シンクは気にせず起き上がろうとはしなかった。


 「ねーシンク、目を開けてみてよ」

 「あ~気持ち~」

 「ねえねえ、シンクってば!」

 「う~……そんな大声で話さなくても聴こえるって」


 せっかくの休憩を邪魔され苛立ちを覚えつつ、シンクは上半身を起こし全身を伸ばした。

 大きな欠伸を一つ漏らし目を開けると、薄暗い中に光る二つの眼がこちらを見下ろす形で睨んでいた。


 (こんなの、さっきはなかったよな?)


 ユニの目と同じ金色の球体。しかし人間の目にしてはやけに大きい。

 具体的な大きさを述べるならば、片方だけで人の頭一つ分はあるだろうか。

 そんなのが二つ、大岩のから生えた長い首の先端に付いていた。


 「大丈夫? お目め真っ赤だよ?」

 「俺の心配はいらないが、ユニはさっきからどこからしゃべっているんだ?」


 シンクは、頭上に浮かぶ球体の事を思考から取り去り、とりあえずユニの姿を探した。

 しかし、いくら周囲を見回してもユニの姿を見つけられない。


 「姿がないのに声だけが聞こえる……これも元賢者、シャルロットが齎した魔法の要因か」

 「何言ってんのシンク。ボクだったら目の前に居るでしょ」


 再びユニの声が聞こえた。

 声は頭上から聞こえる……

 シンクは恐る恐る金色の球体に目線を戻した。


 「ほらね♪」

 「まさかっ!? ユニ…………なのか?」


 二つの球体の下の方から鋭い牙が見え隠れしている。

 ユニの声に合わせて大きな口が動いている事に、シンクは気が付いた。


 「少し、暗いな」


 薄暗さを不快に感じたシャルロットが、ライルで出現させた光球をシンク達のいる傍まで移動させる。

 光球が近づくと、シンクの眼前に佇むものの正体が露わになった。


 ――まず、最初に目に留まったのは宙に浮かぶ金色の瞳だ。

 蛇のような鋭く異常に大きな眼が二つ、シンクをまじまじと見下ろしている。

 その上、頭部には二本の角が生えており、牙と同様に鋭くとがっていた。

 よく見るとシンクが立っている大岩は、この生物の動体であり、皮膚は鱗に覆われ左右に蝙蝠に似た羽が生えている。


 (これが……ドラゴンってやつか)


 特徴からしてシンクの記憶にある生物で例えるならば、それは御伽話に登場する架空の生物によく酷似していた。


 「凄いでしょ。賢者ちゃんがボクを真の姿に戻してくれたの!」

 「残念ながらその姿でいられるのは一時の間だけだがな、だがドラゴンと云えば地上で最強の生物だ。その姿ならば、ここから脱するのも容易であろう?」

 「もちろんさぁ! ばっちりボクに任せて頂戴よ!」


 声は可愛らしい少女のものだが、恐ろしい風体から発するにはあまりにも不釣り合いだ。


 (中二病の戯言かとばかり思っていたが、違ったのか……まったく。こっちの世界は本当に何でもありだな)


 もの凄い違和感を感じるが、二人の話の流れからして目の前のドラゴンがユニである疑いようはなく、シンクは無理やり自分を納得させた。


 「ドラゴンまでいるとはな。外界にはちゃんとした人間がいるか心配だ」

 「それは確かに懸念事項ではあるな。人間がいないと酒の飲み歩きができない。どうなんだユニ」

 「そうだねー……普通、だと思うよ?」

 「訊いたのが間違いだったな。さっさと帳から出たほうが早そうだ」

 「同感だ」

 「え? ええ??」


 シャルロットとシンクの話についていけないユニは、大きな頭を横に傾げて戸惑っている。

 シンクは、頼りないドラゴンの巨体に対し、臆することなく堂々と正面から見据えた。


 「こっからさっさと出ちまおうって話をしてたんだ。ユニが今の姿なら、出るのは簡単なんだろ?」

 「はい。そりゃあもう、まっかせてくださいよ!」

 「じゃ、さっそく頼む」

 「合点承知!」


 ユニはそう云い終えると、障壁の中心部を見上げて頬を膨らませた。


 (これは!? まずいっ!)


 これからユニが何を行おうとしているのか察知したシャルロットは、瞬時に障壁を解除して自分とシンクの周りを囲う小さな障壁を張り直した。


 「ガオーッ!」


 間の抜けた咆哮とは対照的に、迫力あるドラゴンの口から膨大な量の炎が直線状に噴き出した。

 放たれた熱線はイトギスの表皮を円形上の窪みを作り、奥へ奥へと焼き尽くしていく。

 ユニが強引に風穴を開けている間、シンクは肌が焼けるまで高温になった熱波に耐え忍んでいた。


 (シャルロットが機転を利かせて障壁を張ってなかったら、今頃は丸焦げになってたな)


 シンクは何層にもなったイトギスの弦をこじ開けていく光景を圧巻に思いながらも、その余波に動じず涼し気な表情を崩さない元賢者に対してコイツも伊達じゃないなと感銘を受けていた。

 ユニは炎を吐き終えると、体内に籠った熱を押し出すように長い深呼吸を吐いた。

 辺りの噴煙が薄らいでくると、地上までぽっかりと開いた大穴が頭上に出来上がっていた。


 「それじゃ二人とも、しっかり掴まっててよ!」


 休む事なく、二人を背に乗せたドラゴンは大きな翼を広げた。

 前足強く蹴り立ち上がると、今度は後ろ脚を大きく蹴り上げて跳躍する。

 勢いに乗り宙に浮くと、巨躯に対しては幾分狭い大穴に対して器用に翼を羽ばたかせ上昇速度を増していく。

 飛翔するその姿は、まるで大砲の球のようだ。

 イトギスの再生力は、ユニの飛んでいる速度に追い着けず、最後は悠々と窮地を脱出することができた。


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