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Skydia-スカイディア-  作者: 雨宮玉介
第1章 夜明け編
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第4話 瓦解した無聊の日々


 「大分辛そうだが、足は痛むか?」

 「痛いのは確かだが我慢できない程じゃないさ。それより誰があんな化け物を召喚したんだよ」

 「それはこっちの台詞だ。随分と悍ましいのを呼びだしたものだな」


 シンクの他人事のように語る口調に安堵したシャルロットは、呆れ気味にツッコミを入れた。


 「……やっぱ俺の使ったサーチング・サークルの誤作動が原因だと思う?」

 「現状から考えれば十中八九な。やはり帳はちゃんとした方法で解かなければいけなかったのだな」

 「やはりって……シャルロットはアイツが現れるって事前に知ってたのかよ」

 「そこまでは読めんかった。が、正攻法以外で解かせないように仕掛け(、、、)を施すのは魔方陣にはよく用いられる手法だからな」


 シンクの言葉に対し、シャルロットはさもそれが当然であるかのように語った。

 勿論、言われた当の本人にとっては寝耳に水である。


 「俺はそんな仕掛け、一度もしたことがないぞ」

 「それはそうであろうな。本来仕掛けは、発動者以外の第三者に解除や悪用されないよう施すが、ここには吾輩とシンクしかいないからする必要がない」

 「そう言う事は早く言ってくれよ。なんでこういつも言うのが遅いんだ?」

 「おや? 言っていなかったか。 ……言わずとも帳の魔方陣はほとんどが難解な暗号で組み立てられていただろう。あれも他人に解かせないための仕掛け(、、、)であるとなぜ気づかない?」

 「知るかそんなもん。こっちの世界の基準で話されても困る」


 仮にもシンクは、(こちらの世界から見れば)異世界の出身である。

 こちらに来てからというもの、訊かれた事しか答えない誰かさんと本だけが、シンクにとって唯一の情報源だった。

 結果的にそれが原因で、シンクの異世界における知識には偏りが生じていた。


 「おおっと、そうであったな。独自の魔法を構築できるのだからこれくらいは知っていると思ったのだが……シンクが所々でテキトーな奴だという事を失念していた」

 (テキトーなのはどっちだか……)


 知識が豊富でもそれを活用できなければ、ただ宝の持ち腐れである。

 単に抜けているだけのか、それともわざとやっているのか。

 シンクにはどうも後者に思えてならなかった。


 「ともかく。終わってしまったことを口論していても状況は変わらないぞ。アイツをどうするか考えるのが先決だ」

 「……それもそうだな」


 シャルロットの言う通り、終わった事に議論を重ねていても意味はない。

 塔を呑み込む勢いで成長を続けている植物をどうするか、それが現状対処すべき最優先事項だ。

 そのことはシンクも理解していた為、できるだけ素早く気持ちを切り替えることに専念した。


 「手始めに、シャルロットはあれがなんていう植物なのかわかるか?」

 「仮にも吾輩は賢者だったわけだしな。一応は知っている」


 今の質問にまともな返答を期待していなかったシンクだが、何でも知っていると豪語する博識な少女は化け物についても知っていた。

 「あれの名はイトギス。ここ帝都アステパナを一晩で滅ぼした元凶だ。見るのはこれで二度目だが……二度とみたくはなかった」


 シャルロットは抑揚のない口調でそう語った。

 対してシンクは、驚きを露わにして詰め寄った。


 「滅ぼしたって……しかも一晩でか!?」

 「いや、実際には一晩も罹らなかったな。一番上にある蕾が開花した後はー……本当にあっという間だった」

 「……蕾が開くと一体何が起こるんだよ」

 「死よりも恐ろしい末路が待っている。とだけ言っておこう」


 シャルロットはにやりと口元を歪め、シンクを脅すように言った。

 それは同時に、イトギスの開花がシンクたちに残されたタイムリミットである事を示していた。


 「想像する気も起きないな。今のは訊かなかったことにしたいぜ」

 「尋ねてきたのはシンクだろう」

 「そうだけどさ。嫌な事から目をそむけたくなるのは人間の性ってやつだろ」

 「楽観的に考えると後で皺寄せがやってくるぞ」

 「帳の陣を失った挙句に殺人植物の御登場だ。これ以上の悪い事なんてそうそう起こらないだろうよ」

 「それはどうだろうな……すでに皺寄せ(、、、)が始まっているようだ」

 「……何?」


 シャルロットの意味深な言葉に反応し、シンクは視線を彼女の方視線を向けた。

 しかしそこにはすでに彼女の姿はなかった。

 慌てて探すと、シャルロットは蕾に向かって飛翔していた。


 「おい、ちょっとまてよ!」

 「シンクはそこで待っていろ。すぐにあの蕾を止めてくる」


 反射的に追いかけようとしたシンクだが、シャルロットの掛け声で足が竦んだ。

 よく見ると毒々しい派手な色の蕾は徐々に膨らみを増しており、それは花びらが開こうとしているようにも窺える。


 『一番上にある蕾が開花した後はー……本当にあっという間だった』


 シャルロットの語った言葉が脳裏を過る。

 あれが咲くとどうなるかは知らないが、シャルロット曰く、死よりも恐ろしい末路が待っているらしい。 

 言われた通り大人しくしている方が、これ以上余計な真似をしないという意味を込めても得策である。

 シンクはシャルロットの行動を遠目で傍観することに決めた。


 (どのみちあの速度じゃ、追いつけないしな)


 シンクが気づいた時にはすでに、蕾付近に到着し減速を始めていた。

 今にも咲きそうな蕾の前で停止すると、シャルロットは緩慢な動作で片手を翳した。


 「捉えよ――ナーティル」


 シャルロットが短い零文を演唱する。

 すると、周りを覆っている花弁の先端がいきなり窄み出した。

 まるで大きな紐で蕾の口を縛るかのように。


 「ふう。これでしばらくは保つだろう」


 シャルロット小さな溜息を洩らし肩の力を抜くと、蕾をから視線を離さずにシンクの方へと後退した。


 「蕾の動きが止まった……のか?」

 「一時凌ぎ程度にしかならん。咲かないように花弁同士をナーティルで括り付け、物理的に開花できないようにしただけだ」

 「ナーティルって、イトギスの弦を裂いた時にも使ってた魔法だな。あれってどういう……」

 「今は悠長に講義を開いている場合ではなかろう。吾輩の魔法を用いても開花を完全に防ぐことはできん。あれが咲いてしまったら取り返しのつかないことになるぞ」


 見たことのない魔法に興味を示し詳細を訊きだそうとしたシンクであったが、シャルロットに制止され我に返った。

 長い間、彼女と暮らしていた所為か、性格が似てきたのかもしれない。

 シンクは咳ばらいを吐くと、さっそくやるべきことについて議論を再開した。


 「イトギスを退くいい案、何か知ってるか?」

 「知らんな」


 シャルロットは清々しくそう答えた。

 そのあっけない返事にシンクは、危うく飛行魔法の操作を怠り墜落しかけてしまった。


 「集中力を掻けば、魔法精度の低下につながるぞ? 気を付けないと危ないではないか」

 「なんにも考えてなさそうな顔で即答するシャルロットがいけないんだろ。それにさっき、賢者に解けない魔法は誰にも解けないみたいなこと言ってたな。今回のも同じで、うつ手無しだなーって気を落としたら……そのまま堕ちそうになっただけだ」


 サーチング・サークルの不具合を探していた時、シャルロットが何気なく愚痴っているのをシンクは聞き逃していなかった。


 「吾輩は『元賢者である吾輩の知識でも解けない魔法を書物如きで解こうという発想自体が無謀だった』と言ったのだ。勘違いしないでほしい」

 「あんまし変わらないだろう。どのみち元賢者のシャルロット様に策がないんじゃ『死よりも恐ろしい末路』ってのは避けられない」

 「策は吾輩ではなくシンク。お主が練るのだ。吾輩には膨大な知識があるが、如何せんそれを生かす才が乏しいようだからな」

 「それ……自覚はあったんだな」

 「なあに、吾輩の知らない異世界から来たお主の奇抜な発想力なら……万に一つでも現状を打開する術を見出せると考察したまでだ」

 「万に一つって限りなくゼロじゃねーか、大体こういうプレッシャーに弱いんだよな。なんで俺が……」


 シンクはそこまで愚痴り、またしても話が脱線しかけているのに気が付いた。

 元はと言えば、帳の魔方陣を壊してしまった挙句、イトギスなる化け物じみた植物を出現させたシンクに責任がある。

 シャルロットも十中八九そうだと言っていたが、半ば性根の腐っているシンクとしては、十中八九の残り一二の確立で責任逃れを期待している。

 しかし、どのみち責任があろうとなかろうと、行動を起こさなければ現状は変わらない。

 ここで御託を並べているだけでは、最悪の結末が待つのみである。


 「どうするシンク。吾輩としてはお主が現状を打開することに賭けているが、別に結果がどうなろうと恨むような真似はしないから安心してくれ」

 「安心なんかできるかよ。めっちゃ恨まれそうで怖い」


 なるべく優しめなニュアンスで語ってはいるが、内面から「さっさとどうにかしろ」というオーラが滲み出ている。

 このままでは、イトギスが開花するよりも先に命がない。

 シャルロットは完全にシンクに頼ると腹に決めたご様子だ。

 こうなっては致し方ない。

 シンクは文字通り死ぬ気(、、、)で打開策を考えなくてはいけなくなった。


 「……よし! それじゃあイトギスが開花する前に燃やしちゃうっていうのはどうだ。アイツさえなくなれば少なくとも時間に余裕ができる」

 「却下だ。イトギスの再生力はウルバヒモスのそれをはるかに凌駕する。燃やし切る前に開花するのがオチだな」


 ウルバヒモスが何なのかは非常に気になるが、好奇心を抑えて代案を捻りだす。


 「そ、それなら逃げるってのはどうだ。イトギスの見えない場所まで避難すれば万事解決だろう」

 「忘れたか、ここは帳の結界内だ。制御していた魔方陣も破壊してしまってはこちらから解く手立ては皆無だ。結界の自然消滅を待つのも時間的に論外だぞ」

 「………………」


 シンクの考えた案はことごとく砕かれてしまい、あっと言う間にネタが尽きた。

 それでも空回りする頭で必死に考えながら、状況を整理する。

 まずイトギスを消滅させることはできず、そして結界から逃げることもできない。

 このまま何もせずにいれば、やがてナーティルの縛りが解けて花が開く。

 そうなれば二人はただ死を待つのみ……ゲームオーバーだ。


 「ダメだダメだ。現状じゃ情報量が乏しすぎる。何か良い打開策はないものか……」


 シンクは最終的に出した結論を掻き消すように頭を左右に振った。

 そして、少しでも情報を収集するべく周りを見渡し現状を打開できる光明を探し始めた。

 異変が起きている発端は帳の陣が描かれていた塔だ。

 そこを中心に現れたイトギスの太い弦は塔の周辺に延び出し、範囲を拡大し始めている。

 幸い蕾の数は一つ。

 シャルロットがナーティルと言う魔法で開花を遅延させている奴だ。


 「他にはないか…………ん?」


 塔を中心に全方位へ伸びていく弦を見て、シンクはとある異変に気が付いた。


 「何か見つけたのか?」

 「ちょっと気になることがあってな」


 シンクはシャルロットにそう言いながら飛行高度を上げ、弦の伸びた全体を上空から見渡した。


 「やっぱりあそこだけおかしいな。シャルロットもそう思わないか」

 「あれは……」


 後を追って来たシャルロットは、シンクの指さす場所を見て驚きの表情を露わにした。

 弦は一様に塔から離れる形で伸びている。

 しかし、とある一箇所だけが渦を巻き、不規則な動きを見せていた。


 「なっ、あそこに行けばきっと光明があるはずだぜ」


 シャルロットはすぐに返答せず、渦の中心部をじっと凝視した。


 「渦の中心……あそこにな」

 「……?」


 少しの間を置いて、シャルロットはゆっくりと唇を動かした。


 「誰かが……居る」

 「まじ、かよ……あの弦の中って、束に圧されてる状態って事だろ? ……それって結構やばくない?」


 シンクの問いかけに、無言を貫くシャルロット。

 その時、二人の頬には、一筋の冷たい汗が伝っていた。

 シンクが偶然にも発見した手がかりは、弦でできた大海の渦に飲み込まれ、海の藻屑になりかけていた。


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