『神力と仏力』
どうも初めから変だと思った。
頭に怪我を負った光河の全身が、いきなり深海魚のように光り出したのだ。そして光が治まった時、光河の傷は跡形もなく消えていた。これは一体どういうことなのか、雪太はアメノーシに質問した。
だが、アメノーシは言うのを躊躇った様子で口籠る。
何か、知られたらまずいことでもあるのだろうか。それでも、何もしていないのに光河の傷が治ったのは事実だ。それだけはどうしても解明したい、雪太はそう強く思った。また、その場に居合わせた他のメンバーも、知りたいという眼差しでアメノーシを見る。
アメノーシはついに折れたらしく、雪太達をツキヨミの部屋に案内すると言い出した。ツキヨミに許可を得ず、勝手に話すことはできないということなのだろう。雪太達は納得し、アメノーシについていった。
建物に入り、二階へと上がる。雪太達が一階以外の階に行くのは、これが初めてである。
ある部屋の前に着くと、アメノーシはノックをして扉を開けた。そこに、中に雪太達を案内する。
入る際、皆は緊張したように俯いた。これから何を話されるのかと、そればかりを気にしていたのだろう。無論、雪太も同じ気持ちであった。
部屋は雪太達が通っていた学校の教室よりも広く、奥には校長室にあるような机が一つ置かれてあり、その両脇にはランプ台がある。そして、まるで太陽の光を拒んでいるかのように、カーテンは閉ざされていた。
中にいたツキヨミが、雪太達の前に来た。
「何の用だ」
ツキヨミが問うと、アメノーシが事の経緯を説明する。
理解したツキヨミは、第六線の五人を見つめてこう言った。
「……事情は分かった。端的に言おう。君達が見たもの、それは仏力と呼ばれる力だ」
仏力とは何か、と雪太が質問してみたところ、ツキヨミは答えた。
仏力は、簡単に言えばその人物の潜在能力と似ており、訓練や戦闘を積むことによって解放される。つまり、経験値に比例するということだ。また個人差もあり、一つの仏力を得るのに、少しの訓練で解放される者もいれば、数ヶ月かかる者もいるという。
種類は、戦闘における補助的な能力のものが多く、その中でも「自動治癒」、「他動治癒」が主流だと言われているらしい。
因みに、光河が最初に修得したのは「自動治癒」と呼ばれる能力だ。それは自らの怪我や病気を、自力で治すことのできる能力だという。
もう一つの「他動治癒」は、他人の怪我を治すことができる。「自動治癒」はほとんどの人間が修得できるが、「他動治癒」は一部の人間にのみ解放されるという。
前置きはここまでだ、とツキヨミは言った。そして、ゆっくりと口を開き、本題に入る。
ツキヨミはそれに加え、皆が気になっている能力、つまり敵に攻撃を与える能力のことも一緒に話してくれた。これは、敵との戦闘において最も重要なスキルだ。
それは大和帝國において、「神力」と呼ばれているようだ。神力は、この国の地下にある「神域」と呼ばれる場所で得ることができるのだという。
神力の種類は五種類あり、氷を操る「氷人」、火を操る「火人」、光を操る「光人」、自然を操る「緑人」、そして天気を操る「天人」だ。
そこまで聞かされ、春也が怪訝そうにツキヨミに言った。
「そんな大事な話、もっと早くに言ってくださいよ〜」
当然だ、と言わんばかりに、他のメンバーも次々に不満の声を上げる。それもそのはずだ。普通ならば、全員が目を覚ましたであろうあの日に言うべきだろう。しかし、今日になって初めて耳にした。皆、能力なしに戦わねばならないのかと、絶望すらしている。
雪太も、それには憤りを覚えた。
「なんで……言ってくれなかったんですか、そんな大事な話」
雪太は、拳を強く握りしめた。ツキヨミと二人きりで言葉を交わしたあの時から、雪太はこの国のために戦う決心をした。しかし、それを一瞬して裏切られたような、そんな心持ちになった。だが、ツキヨミは至って冷静で、雪太達に視線を送ってくる。
「本当に、理由もなく君達に伝えなかったと思っているのか」
雪太は、顔を上げた。ツキヨミの言う「理由」というのが、何を示しているのか咄嗟には分からない。すると、ツキヨミは更にこんな話をした。
まとめると、神力を得るためにはまず「神域」へ行かなければならない。そこで、神を呼ぶ儀式を行うのだという。だが、神力を手に入れるためにはもっと重要なことがある。
地下に埋まっている、石油や石炭といった資源を要するのだ。地中からそれらの資源の中にある力を吸い上げ、それを人間の体内に流し込むことで、神の力を手に入れることができる。その資源は毎日、地中で少しずつ生成されていくため、一人に神力を与えるには何の問題もない。
しかし、それが一日に三十人ともなると、莫大な量の資源が必要ということになる。もしも一斉に与えれば、国の資源が一日で空になってしまう。それを危惧し、訓練の成果が認められた召喚者から順に、少しずつ与えていくことにしたのだという。
その話を聞いた麻依は、不満そうに言った。
「それでもさ、普通話くらいはしない?」
しかし、ツキヨミはこう返す。
「無論、それだけではない」
雪太達は、この国の王であるイーザが祠で祈りを捧げた結果、召喚されたということになっている。しかし、それより前に一度、大和帝國から人間界に使者を送っていたのだ。そこで、人間の体質や特徴などを調査し、項目ごとにグラフ化したのだという。
ツキヨミが言うには、その中で「欲望」という項目が、飛び抜けて高かったようだ。これにより、人間界に住む人間は「欲深い生き物」だという検証結果が公に出てしまった。実際、雪太達も含め、そうなのかもしれない。
それ故、大和帝國の役人達で話し合い、言わない方向で話を進めたらしい。神力の存在を教えてしまえば、その力を得るために神域を探しに行ってしまうだろう。そうなれば、見つかるのは時間の問題だ。それだけは、どうしても阻止したかったのだという。
因みに、仏力にも稀に、攻撃する能力が備わることもある。しかし、それらを得られる者は、国の住民でも一パーセントにも満たないという。よって、攻撃する能力は基本的に神力でしか手に入れることはできない。
成果が認められれば、国から神力を得る許可が下りる。それ故、大和帝國では皆、必死にその力を手に入れようと、訓練に励んでいるのだという。そして、スノーもそのうちの一人だということを、雪太はその時に初めて聞いた。
「……話はそこまでだ。アメノーシ、彼らを連れていってくれ」
「ま、待ってください!」
そう声を上げたのは、由佳だ。
「みんな、一生懸命やってるんです。なのに、どうして言ってくれなかったんですか?」
「今も話しただろう。人間は、欲深い生き物だ。教えてしまえば皆、勝手に神域を探しに行ってしまう」
確かに、ツキヨミの考え自体は納得できる。だが、皆、それだけでは納得できなかった。
「せめて神域だけでも、俺達に見せてくれませんかね?」
春也が、ツキヨミの顔色を窺うように、神域の見学を要求した。
「……駄目だ」
ツキヨミが拒むと、麻依も怒りを露わにする。
「じゃあ、一生言わないつもりですか!?」
しかし、ツキヨミにはこれ以上、何も言う気はないようだ。
「こらこら、ツキヨミ様にはこれから、大事な事業があるんだから、君達は訓練に戻ってくれ。また、詳しい話は後で話す」
一部始終を見ていたアメノーシは、ツキヨミに気を遣ったのか、皆を訓練に戻るように促す。そして仕方なく、雪太達は渋々元の場所に戻ることにした。しかし、神力のことがどうしても気になり、訓練どころではなかった。
やはり神力を得るには、訓練で結果を出し、認められるしか方法がないのだろうか。
廊下を歩きながら、春也が雪太に尋ねた。
「ねぇ。君は、どう思ったの? 今の話」
「どうって……どういう意味だよ」
「俺、前から何か変だと思ってたんだよ。絶対に、あの人達は何かを隠してるってね」
春也の話を聞いて、雪太は確信した。そう思っていたのは、自分だけではなかった。皆、同じ疑惑を抱いていたのだ。それなら、尚更詳しく知っておきたい。この国のことを。
そして、神力のことを。
しかし、それは現状不可能だ。大人しく、毎日の訓練に打ち込むしかない。
外に出ると、いつの間にか雨が降っていた。空が荒れ、雷鳴が轟いている。
やはり、ツキヨミが言っていた通り、神域の存在を皆に教えてしまうと、その日のうちにでも探しに向かおうとする。それは間違いないだろう。
雪太は尚更、自分が無力に思えた。何もできない。何故、この世界に呼ばれたのかも分からない。それでも、今は強くなりたかった。
何としてでも、強くなってやる。そして、この世界で生き残ってやる。雪太は、心の中でそんな言葉を反芻していた。
数分後、再び空は晴れ、雲の隙間から太陽の光明が射し込み、大地を静かに照らし始めた。