『黙秘と憶測』
全部隊合同トーナメント
三日目(二回戦)組合せ
(一試合目)五條勇太 対 登美紗矢香
(二試合目)西京子 対 広陵崇
(三試合目)朱雀あかね 対 法隆寺大志
(四試合目)高田亜梨沙 対 平城光河
屋外から、生徒達の歓声が断続的に響いてくる。雪太は窓辺にもたれかかりながら、木霊のように響くそれをただただ聞いた。
今日から二回戦が始まり、いよいよシードが登場してくる。春也の話では午前二試合、午後二試合という日程らしい。
ただ、そんなことは雪太の思念の外だった。皆、何故あのように熱中できるのだろう。誰かが話していた気もするが、本来の目的を忘却しているようにすら雪太には思われる。
ここにいても尚更気分が塞ぐだけだ。雪太は立ち上がり、廊下へ出た。裏口に向かって歩きながら、このトーナメントの行く末を案じた。もしもこのまま戦いが進行して優勝者が決まったとしても、何も起こらないし、何も変わらない。
スノーの目付役を選出する戦いであるはずなのに、スノーと面識がある者は少ないだろう。なにを思って皆、参加するのだろう。敗北したあの瞬間から、その疑問が日に日に雪太の中で存在を膨らませつつある。
スノーは、いったいこのトーナメント戦をツキヨミに提言した時、どういった心境だったのだろうか。もしかしたら、雪太に優勝してほしかったのだろうか。そうして彼に自信をつけさせ、新しい警護役として再び迎え入れたかったのかもしれない。
……そこまで考えたところで、それは傲慢そのものだと雪太は首を振って、余念を思考から追い払った。
裏口扉を開け、雪太はそこの段差に腰掛けた。すると、右手から歩いてきた者と不意に目が合った。木刀を携えた紗矢香が建物に戻ってきたのだ。彼女と目が合ったことによって、雪太は少々気まずい空気を体感することになる。
「……よう」
何と声をかけてよいかわからず、とりあえずそう言葉を投げかけてみる。
けれども、紗矢香は相変わらず無言のまま、雪太を見つめている。
「……どうしたんだ?」
「あんた、結局、見に来なかったの?」
紗矢香の発言に、雪太はようやく思い出した。
「そうか。一回戦だったんだよな、勝ったのか?」
「勝てるわけないでしょ」
紗矢香は雪太の隣に来ると腰を下ろし、手に握った五十センチほどの木刀を眺めた。
「私もけっこう鍛錬積んでたつもりだったけど、それ以上に男子の力には勝てない。あいつ、一回戦で相手の子に言ってたでしょ? お前は、所詮女なんだって……」
「本当に、それだけが敗因だと思うか?」
珍しく弱気になる紗矢香を前に、雪太は彼女に問を呈した。
「もちろん、力の差もあるってわかってる。能力が低いから、今の部隊に入れられたんだし」
「俺は、それだけじゃないと思う」
その言葉に反応したように、彼女は雪太を見る。
「個々の能力なんて、表向きの理由でしかない。きっと他にも、複雑なロジックが絡み合って、部隊編成してるんだと思う。もし各々の能力だけで構成しているなら、今勝ち上がってるやつらは全員、格下の部隊の相手を倒してることになる。……なんて俺が言っても、説得力ないよな」
雪太は苦笑を浮かべたが、紗矢香はにこりともせずに彼をまじまじと見続けている。雪太は少しばかり後悔し、気恥ずかしさを表に出さないように気を配りながら、さらに言葉を続けた。
「引き合いに出すとしたら、法隆寺かな。登美の所属部隊のリーダーだったよな、たしか。第五線にもかかわらず、格上の相手に互角以上に渡り合っただけじゃなく、ちゃんと勝利した。だから、この部隊編成にまだ誰も気づいてない穴があると思うんだ」
「穴……?」
「あぁ。能力だけじゃない、何かがある。それをこの国のやつらは俺達に隠してるんだ。知られたらマズい、何かを……」
そこで雪太は、話しすぎてしまったと我に返り、笑って誤魔化した。
「……なんて、半分、俺の妄想だけどな」
「それがもし本当なら、どうするの?」
意想外にも紗矢香からそんな質問をされたので、雪太は空に目を向けながら答えた。思いのほか、心は落ち着いていた。
「いつか証明してみせるさ、俺が」
そう言ってから雪太は立ち上がり、建物内に引き返そうとすると、紗矢香が呼び止めてきた。
「ねえ、郡山」
雪太が彼女の方を見ると、紗矢香も立ち上がっていた。紗矢香は言いにくそうに目線を伏せながら、唇を震わせている。そして顔を上げ、首を横に振った。
「ううん、なんでもない」
「登美……」
今度は、雪太から声をかけた。
「何?」
「いや、今度からさ……トミーって呼んでいいか?」
「はあ? なんでよ」
「今の会話でちょっと親しみやすくなったかなって、思ったんだ」
紗矢香の顔が、微量の熱を帯びたように赤く染まった気がした。それを悟られまいとしたのか、彼女は俯き、小さく返答した。
「……お好きにどうぞ」
その思いもよらぬ反応を受けて雪太も笑い、黙って屋内に戻っていった。紗矢香は、特に何も言ってこなかったので、了承したのだろう。
雪太は廊下を部屋に向かって戻りながら、時折外を振り返った。開いた奥の扉から、爽やかな風とともに落ち葉が舞い込んでいた。
部屋に戻ってしばらく経つと、他の第六線の生徒達も帰ってきた。そこで春也が、聞こえよがしに午前中に行われた試合の詳細を話し始めた。
「またしても第一線同士のカードは白熱したね。西さん、あんなに小柄なのに広陵君の攻撃を軽く受け流すんだもの。でもまあ、やっぱり男子としての矜持があったんだろうね。彼は運動部だから、瞬発力も鍛えてるだろうしね。西さん、惜しかったね」
あとの三人も観戦に行っていたようで、この中では雪太だけが留守番していたことになる。春也は、雪太に聞こえるように言ったのだ。
「その試合では、仏力は使わなかったのか?」
食いつくふりをして、雪太もさり気なくきいてみる。
「今日の試合は誰も使わなかったね。使う隙すらないくらい、切迫した戦いが続いたからね。とにかく、すごかったよ。すごいと言えばもう一人、五條君だね。彼こそ、文化部なのに剣を一流剣士のように扱うんだもの。ゲームで鍛えてるだけのことはある。だけど、それについて来れるトミーさんも意外だったね。一応、判定戦に持ち込めたけど、男子の方が力が強いから仕方なかったね」
紗矢香と五條の一戦は先程雪太も聞いたが、春也の口から出た断片的な情報を構築していくと、二試合目の勝者もすぐにわかった。このトーナメント戦、三度目の第一線同士の対決は、広陵が制したということになる。同じ第一線とはいえ、さすがに男子と女子とでは体格差もあるので仕方ないのかもしれない。
現在、第一線で残っているのは広陵と明日香だ。雪太は、数日前に見たトーナメント表を思い出してみた。明日香が次の試合に勝てば、広陵と対戦することになる。
第一線同士の戦いが続く……雪太はそこで、ふと新たな可能性を見出した。思えば、今までにも何度か同じ部隊同士の対決を見てきた。
――各部隊での最強が誰かを探っている……?
そこまで考えつくと、すでに頭が回らなくなっていた。
午後の試合は、春也達に半ば強引に引き連れられ、雪太も観戦に赴いた。四試合目には光河の二回戦がある。三試合目は、法隆寺が第四線の朱雀を下した。
朱雀が西和との試合同様、空手そのままの動きで主導権を探りに来た。しかし法隆寺は身軽に交わし続け、制限時間を使い切る直前、朱雀がスタミナ切れを起こして倒れたのだ。もしも制限時間が経過しても互いが生きていれば、朱雀の勝利だったことは間違いない。
「あれ、きっと計算してたんだよ」
春也は雪太に耳打ちした。彼の予想によれば、法隆寺は相手が倒れるタイミングを見切った立ち回りをしていたという。そこまで読んで、時間稼ぎをしつつ、敵からの攻撃を被弾しないように、そして自分の体力も底をつかない程度にかわし続けていたのだ。
どんな手を使ってでも生き残ってやるという狡猾な手法は、本能的に出た答えなのかもしれないと雪太は考えた。同時に、やはり部隊編成は当てにはならないということも。
四試合目はすぐに決着がついた。光河は男子の威厳を見せつけるべく高田に勝利し、第六線にわずかな希望を示した。由佳に続き、格上の部隊に勝利したのである。
中には不平不満を言うものもいたが、以前のように満場から罵詈雑言が飛び交うようなことはなかった。少しずつではあるが、着実に進歩していると雪太は実感するのだった。




