表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DAIWA戦争 〜異世界古事記〜  作者: 葉之和 駆刃
第二篇 オロチ
31/37

『紗矢香の気持ち』

 中庭のコート周辺は何やら騒がしかった。春也に連れられて雪太が戻ってくると、闘技場の中であきら広陵ひろおかが揉めているようだった。


「俺の方が善戦してただろ! なんで俺の勝ちじゃねえんだよ!」

「往生際が悪いぞ、お前。もう決まったことだからグチグチ言うなや!」


 瑛と広陵が大声で怒鳴り合い、火花を散らしている。


「あ〜、まだやってる。あれはもうしばらく続くね」


 半ば呆れたように、春也は独りちた。

 彼の話によると、瑛と広陵による第五試合は五分以内では決着がつかず、延長線になっても勝敗が決まらなかったため、ツキヨミの評定に委ねられたという。しかし、その判定に納得がいかない瑛が不服を述べたところ、広陵も噛み付いたということだった。


 しまいには口喧嘩に拍車がかかり、誰も介入できなくなっている。もとより、この二人はクラスの中でも不良という地位を確立していることから、普段から敬遠されがちなのだ。


 二人を取り巻く生徒の中に、深いため息をつく者が一人いた。それを聞いて、雪太は斜め前に目を配った。


「はあ〜、俺も明日は桜井さんと第一試合か……。もしそれに勝てても、その次は崇君と……はあ〜……」


 大淀も第一線の一人で、明日は明日香と試合が控えている。ただ、他の不良と違ってどこか地味な風体である。髪色は赤が差しているが、全体的に短く刈られた頭は真面目なそれだ。噂によると、歯科医の跡取り息子らしい。

 大淀は顔を真っ青にして、仲間の喧嘩を止めようともせず、息を吸うごとに憂鬱そうにため息を吐いている。


 ようやく収拾がついてきた頃、生徒が三々五々散り始め、各部隊の部屋に引き返す者も出てきた。雪太も例に漏れず、春也に促されて自分の部屋に戻った。



 部屋に帰ってくると、春也は自分のベッドに腰掛けながら、笑いを堪えるような具合でこう言い出した。


「いやあ、初日から予想が外れまくって俺としては楽しかったね!」

「自分が出場してないからって、よく言うわよ」


 すかさず、麻依が横槍を入れる。


「でもさ、本当に何が起きるかわからないよね。本日最後の試合だって、二階堂君が勝ちそうなものなのに」


 春也が第五試合――瑛と広陵との対戦に言及すると、麻依が所見を述べた。


「だけど、二階堂君が初戦で敗退してスッとしたよ。これで郡山君のことをあれこれ言えなくなるね」


 それが耳に入った瞬間、雪太はまた胸が縮まる思いがした。これ以上その話は聞きたくないと、体が拒否反応を起こしているみたいだ。

 すると、そこに由佳も口を挟んだ。


「でも結局、二回戦進出したのはあの不良でしょ? それって、何も変わらないんじゃ……」

「そうね。だけど、京子ちゃんも二回戦に進んだし、明日香ちゃんだって明日試合だし、あの二人だったら応援してあげてもいいかなって思うよ」


 麻依の意見に賛成なのか、由佳はうんうんと大仰に頷いた。


 話が妙な方向に逸れていってくれて安堵する半面、雪太は複雑な心境にもなった。明日香のことだ。彼女は、仲間達と「戦うこと」についてどう感じているのだろう。余計な心労を負わせてしまっているのではないか。自分が蒔いた種ながら、それだけが雪太を苦しめていた。


 突然、誰かが雪太の足を掴み、引きずり倒した。雪太が慌てて起き上がろうとする前に、彼の足にまとわりついていた光河が、自らの四肢を雪太の胴体に絡めて動きを封じた。


「約束、忘れてないよな? 俺が勝ったら、俺の抱き枕になるって」


 光河に耳元で囁かれ、雪太は辟易した。約束と言われても、それを承認した記憶はない。ただ、そうは言っても、雪太にはもはや抵抗する気力も残っていなかった。


「やあ、雪太。災難だね、こうなると、平城君は執着がすごいからね」


 春也も相変わらず、楽しいものでも見るような目で冷やかしてくる。雪太は女子二人からの憐憫の視線をも耐え忍びながら、この地獄のような場を過ごした。



 夜。皆が就寝した後、雪太は目が冴えてなかなか寝付けず、そっとベッドから出た。頭にはスノーのことがあった。一回戦で負けたことによる悔しさと怒りが、湧き水のごとく溢れ出て眠れそうもない。それは無論、すべて自分自身に対しての感情だった。


 スノーに罷免を言い渡されてから、雪太の「強くなりたい」という意志が、これまで以上に固まった。だから、精一杯鍛錬を積んで臨んだ……つもりだった。

 そのはずなのに、肝心なところを失念していた。自身の欠点に目を向けなかった結果、勝てなかった。あの時、身じろぎもせずに雪太に斬られたのは、光河の確固たる思惑だったのではないか。部屋に帰ってきてから、雪太はそう考えるようになった。仲間を強くしたいからこその行為ではなかったのか、と。


 雪太は立ち上がり、扉を開けた。視界には、ただただ暗闇が広がっている。ランプの明かりはすべて消え、月光すらも届いてこない。壁を伝って、手探りでしか進めない状態だ。


 雪太は壁伝いに進んだ。中庭に出れば、月明かりくらいはあるだろう。目を開いていても光ひとつもない闇の中を直進する。

 やがて硬いものに手が触れ、それ以上進めないのを確認すると、扉に手を当てて、這わせるようにまた動かし、取手を探す。そうして前方に強く押すと、鈍い音とともに、廊下に一条の光が舞い込んだ。


 今日は満月が空に浮いていた。今までは意識して眺めたことがなかったが、雪太が暮らしていた現実世界で見る月と何も遜色がない。強いて言うなら、地球から見た月が西から欠けるのに対し、東向きに欠けるという点くらいだ。


 しばらく扉の前で立ち止まり、月を見上げていたが、何かの足音のようなものが響いてきて雪太は我に返った。

 こんな時間に起きているやつが他にもいるのか、と不審に思って、周りを見渡してみると、正面から一人の影が歩いてくるのを認めた。よくよく目を凝らすと、月明かりに照らされたのは、第五線の紗矢香だった。


「こんな時間に何してるんだ?」


 先に声をかけたのは雪太だ。相手もそれに気づき、足を止め、まじまじと彼を見つめる。


「何だっていいでしょ」


 紗矢香は冷たく恬然と言い返す。反応がいつも通りだから、特に塞ぎ込んでいるような様子ではないと雪太も判断し、次にこんな質問をした。


「登美って、トーナメント、確か二回戦からだったよな。次、誰と戦うんだ?」


 なんとなくきいてみただけだが、何故こんなことを尋ねてしまったのだろうと雪太は思わず苦笑したくなる。どうやら、まだ敗退したという事実を受け入れられず、思考が少し不安定になっているようだ。

 それに対しても、紗矢香の反応は至って似たようなものだった。


「はあ? 誰だっていいでしょ。あんたには関係ないじゃん」


 そう答えた後、紗矢香はやや視線を伏せながら、雪太にも尋ねた。


「あんたこそ、ここで何してたの?」

「ちょっと、散歩。眠れなくてな」

「私も。明日はまだ試合じゃないけど、それでもやっぱり不安。なんで参加しようと思ったのか、自分でも謎」


 そんなことを早口でまくし立てた後、紗矢香は月を仰ぎ見ながら、呟くようにして続けた。


「ほんと何考えてんだろ、どいつもこいつも。参加する方もおかしいけど、それを企画する方も大概だよね。守護役か何か知らないけど、有志を募るなら、もっとマシな方法考えなさいよね。公募制にするとか!」


 紗矢香は大きくため息を吐き、雪太と視線を合わせた。


「じゃあ、私はもう戻るから。あんたも、大概にしておきなさいよね」


 そう言って彼女は早足で歩いてくると、雪太の脇を通り過ぎる際に小声でこう囁いた。


「さっきの質問だけど、今日の第一試合目で勝ったやつとやるの。別に来るなら好きにすればいいけど、やるからには私も全力で戦う。見くびらないでね」


 紗矢香は歩く速度を緩めることなく、建物の中に入っていった。優しい夜風がなぞるように雪太の髪を揺らし、辺りはいっそう静寂に包まれたように思われた。


 今日の第一試合……同じ部隊の麻依を下して勝利したのは第三線の五條だ。五條は手強い。あの試合の最中も、どこか飄々として見えた。相手が第六線だから単に見下していたとする説が濃厚だが、それでもやはり気を抜けない相手なのは間違いない。


 雪太は、紗矢香が去っていった扉の奥に目をやりながら、「頑張れよ」と口を動かした。


 森の奥から獣のような咆哮が聞こえた気がし、雪太は衝動的に肩を震わせる。ただ、そこに向かっていくほどの勇気は、まだ雪太の中には芽生えていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ