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DAIWA戦争 〜異世界古事記〜  作者: 葉之和 駆刃
第二篇 オロチ
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『敗北と激励』

 雪太はゆっくりと瞼を上げた。霞む視界の中、ぼんやりと白く丸い明かりが見えた。


「雪ちゃん、気がついた?」


 上から顔を覗かせたのは、明日香だった。雪太はどこかの部屋で寝かされ、そこには明日香だけがいた。雪太は頭を横たえたまま、左右に首を動かし、部屋の様子を見る。ちょうど明日香の後ろあたりに二段ベッドがあった。


(ここは……第六線の部屋か……?)


 そう思ったものの、わずかに違和感を覚える。若干、レイアウトが異なっているようだ。


「雪ちゃん、まだ動いちゃダメだよ。しっかりと傷が癒えてからね」


 明日香は優しく声をかけてくれる。


「桜井。ここ、どこなんだ……?」


 未だに状況がよくつかめない雪太は、明日香に尋ねた。


「私の部屋。……って言ったら、語弊があるよね。第一線の部屋なの」


 あぁ、なるほどな、とそこで雪太もようやく納得した。それにしても、彼女はここまで雪太を自力で運んできたというのだろうか。


「雪ちゃん、闘技場で倒れて気を失ってたみたいだから、春也君がここまで雪ちゃんをおんぶして運んできてくれたんだ。戦いで負った傷は、私と第四線の藍ちゃんが多動治癒で癒やしたの」


 明日香の説明を聞き流しつつ、雪太は自分がこの戦いにおいて敗北したことを悟った。明日香は、雪太を元気づけるようにことさら明るい口調で、さらに説明を加えた。


「私一人でいいよって言ったんだけどね、藍ちゃん、『自分が出場するのは二回戦からだから、元気が有り余ってる』って言って、協力してくれたの。あと、雪ちゃんを応援してるから、って」

「さすが橿原だな……」


 そんなごく普通の言葉しか返せなかった。己の不甲斐なさを思ったら、もはや何も考えられない。あれほど、誰よりも勝利を切望していたにもかかわらず、同じ部隊の光河にさえ手も足も出なかった。明日香がいなかったら、涙を流していたかもしれない。


 自分の弱さを超えられなかった。己の欠点を打ち砕けなかった。そんな思いが、雪太の心のうちに渦巻いている。


 雪太が上体を起こすと、明日香がそれを支えた。


「……俺、勝てなかった。優勝することばかり考えて、目の前の敵に目を向けられなかった。俺が今、一番向き合うべき相手を倒せなかった。自分に、勝てなかった……」


 雪太は顔を伏せ、必死に涙をこらえた。

 一方、明日香は雪太のその情動を見抜いたように、彼の背に自分の手を当てた。彼女は初めから、雪太の胸懐を看破していたのかもしれない。明日香は先ほどとは一転して、落ち着いたトーンで話した。


「私、知ってるよ。雪ちゃんが、なぜあのトーナメントに真っ先に参加を表明しに行ったのか」


 雪太は顔を上げ、明日香の目を見た。彼女も雪太と目を合わせたまま、かすかに頬に微笑を浮かべ、言葉を続けた。


「全部、スノーちゃんのためだったんでしょ? 雪ちゃんがいの一番に参加を決めたって耳にした時、私、安心したの。やっぱりまだ諦めてなかったんだって。だから私も、頑張ろうってその時に参加を決めたの」


 語調とは裏腹に、明日香の目は決然と輝いて見えた。雪太はそこで、あることに考えが及んだ。彼女ならば、自分が果たせなかった望みを叶えてくれるのではないか、と。ただ、明日香は了承してくれるだろうか?

 押しつけることはできても、そのことで彼女に余計な圧迫感を与えてしまわないだろうか。けれど、託すなら彼女以外に当てはない。


「桜井。厚かましいかもだけど、お願いがあるんだ」

「何?」


 優しい語調を崩さず、明日香が問い返してくる。雪太は真っ直ぐな視線を彼女に送り、言葉を継いだ。


「このトーナメント、お前が、優勝してくれないか」


 明日香の表情から、笑みが陽炎のごとく消えた。それは少し戸惑っているようにも見える。当然だろうな、と雪太は心で失笑した。自分の言動に呆れてしまったのだ。いくらなんでも、それは求め過ぎである。自分が敗れたのを棚に上げて他の者に優勝を押しつける、少々歪んだ行為だったと反省した。


「ごめん……。お前ならスノーも懐いてるし、俺の代わりにあいつの護衛役が務まると思っただけなんだ。今のは、忘れてほしい」


 雪太は目線を落とし、明日香の手許を見つめた。明日香は両手をギュッと固く結び、じっと固まっている。明日香もきっと、自分だけのために戦うのは嫌に決まっているだろう……雪太がそう思っていた矢先、明日香はやおら口を開いた。


「わかった」


 雪太は再び視線を彼女の顔に戻すと、彼女は打って変わって決意を固めたように凛々しい顔つきになっていた。口許は引き締まり、これから戦場に赴く戦士のごとく瞳孔には光が宿っている。


「私、必ず優勝するから。全試合に、勝ってみせる」


 こんな強気な明日香を見ることなど、幼馴染の雪太でも初めてだった。


「いいのか? 無理してないか?」


 不安になり、そう問い質すと、明日香はゆっくりと頭を振った。


「雪ちゃんが叶えられなかった願い、私がきっと叶えるよ。だから、雪ちゃんは休んで。もう何も心配しなくていいから!」


 明日香の優しさにまた雪太は涙がこぼれそうになり、彼女から目をそらすと、


「悪い。ちょっと、外の空気、吸ってくる」


 と言って、ベッドから降り立ち、部屋を出た。長い廊下を歩き、試合が行われている中庭と反対側の扉から、外に出た。爽やかな微風が雪太の肌を撫でた。


 そこは建物の裏手で、土手の下を細い川が流れている。雪太は土手に腰を下ろすと、瞼を閉じてゆったりと流れる川の音を聞いた。少しでも自分の心を慰めたかった。

 ちょうどその時、水が跳ねた気がした。まるで誰かが小川の中を歩いているような、じゃぶじゃぶという音が聞こえてきたのだ。


 雪太は目を開けると、目の前の川の中を、一人の女子生徒が制服姿のまま、まさに遊歩していた。女子としてはかなり長身で、雪太ともほとんど変わらない。それでいて足が細く、少し繊細なイメージを与える。

 雪太達と一緒に召喚されてきたうちの一人、山辺真由子であった。


 山辺も、雪太の存在にすぐに気づいた。


「あれ? 郡山君。そんなところで何してんの? トーナメント、出てるんじゃないの?」


 不思議そうな、柔らかな口調できいてくる。雪太は、何と答えようか逡巡した。少しばかり言うのが憚られたが、嘘偽りを言っても詮ないということは自明の理であった。


「一回戦、敗けた。平城に」

「……えっ、うっそ!?」


 山辺は両手で口を押さえ、驚きを隠しもせずに目を丸くする。


 彼女は、トーナメント不参加の一人だった。同じ学級の仲間同士が傷つけ合うのを見るのに耐えかね、ここで自然と戯れていたのだと、彼女は活き活きと話した。


「私ね、人が幸せそうにしてるのを見るのが好きなの。どんなに些細なことでも、面白可笑しく笑っていられる、そういうありふれた日常が、いいんだ。戦いなんてくだらない、戦争なんてなくなっちゃえばいい、そう思ってたんだけどね。だけどこの世界に来てから、何が正しいのかがよくわからないんだよね……戦争って、そういうものなんだろうね」


 少し寂しそうな声色で、山辺は空を見上げながら語った。


「ねえ、ちょっとした疑問なんだけど、きいていい? 郡山君はさ、なんでトーナメント、参加しようって思ったの?」


 山辺に問われ、雪太はまた迷った。スノーのことは、あまり言いたくない。相手が女子とはいえ、一度口外すればどこまでもリスクはつきまとうだろう。しかし……。


「俺の今から言うことが嘘だと思ったら、誰にも言わずに自分の中だけに留めておいてくれ。だけど、もし信じてくれるなら、みんなに言っていい。そのかわり、事実だってことを、説得する手助けをしてほしいんだ」


 雪太は山辺を真摯に見つめながら、言葉をつなげていった。彼女もはじめはきょとんとしていたものの、次第に眉を下げて穏やかな微笑を浮かべた。


「いいよ。話して」


 そう言われ、雪太も幾分か安心できた。そして、言葉を続けた。


「この国を統治する王の末娘、ツキヨミさんの妹、スノーっていう名前なんだけど、なんでか俺、そいつに妙に懐かれちゃってさ。警護役っていう名目で、ずっとそいつの身の回りの世話とかさせられてたんだ。しかもすっごいわがままで、やりたい放題やって……。だけど、戦闘能力自体はかなり優れてて、俺もそいつに特訓してもらってた」


 雪太の言葉に、山辺は時折何度も相槌を打ちながら、真剣に聞き入っているようだった。


「けど、この間、強い敵が現れてさ、スノーでも刃が立たなかったんだ。それであいつ、自信を喪失して……俺の警護を解いた。正しくは、もう俺の師範にはなれないって言われたんだ。だから、このトーナメントは俺にとって最大のチャンスだと思った。勝ち上がって、そしたらまたスノーの警護ができる。今はそれしか、あいつのところに戻る方法がなかったんだ。なのに……」


 話してると、次第に涙が湧いてくる。全然関係のない人間に、こんな話をしても意味がないということは、雪太もちゃんと理解していた。しかし、話さずにはいられなかったのは、何故だろう。ツキヨミの部屋に参加を表明しに行き、誓いを立てたあの夜から、雪太の心にはそのことしかなかった。

 ――また、スノーに逢いたい。


 いつの間にか、顔を伏せていた。すると、山辺のこんな声が耳に届いた。


「郡山君って、本当は強いんでしょ?」


 顔を上げると、山辺は優しげな表情をしていた。何故か、それでいくらか心が軽くなった気がした。


「だって、普通に考えておかしいじゃん。勉強もスポーツも万能で、ちょっと暗いけど、見た目もカッコいいし。よく知らないけど、何か事情があって、第六線にいるんでしょ? そうでなきゃ、みんなも納得しないよ。口ではあんなこと言ってるけど、ほんとはみんなも気になってるはずだよ。実を言うと私も、あなたが第六線になったって知った時、少し安心したんだ。初めて郡山君に勝った! って……。


 みんな、羨ましいんだよ、あなたのこと。でも、今日話しててわかった。他の連中は自分の力を見せびらかしたいやつがほとんどだと思うけど、あなたは違う。明確な目標を持って参加してる。だから、やっぱり強い。そしてもっと強くなる。私はそう思うな」


 そんなことを言いながら山辺は川から上がると、岸に置いてあった革靴を履いた。そうして静かに歩き出し、雪太のところに向かってくる。


「こんなこと言ったら同じ部隊の人に疎まれちゃうから今まで言わなかったけど、本当は私、リスペクトしてるんだよ、第六線のこと。応援してるね、これからも」


 そう言って笑うと、山辺は雪太を通り過ぎて建物へと入っていく。雪太は立ち上がることもできず、その様子を自分の肩越しに見つめていた。彼女が建物の奥に姿を消すと、雪太は川辺に一人、取り残され、空を仰いだ。自分たちの暮らしていた世界と何ら遜色のない青空が視界を覆い、白い羊雲が何匹も追いかけっこをするように緩やかに流れていく。

 雪太はしばらくそれに見とれていると、隣に誰かが座る気配を感じ、そちらを振り向いた。


「やあ。こんなところにいたのかい」


 春也の演技くさい笑顔が、雪太を現実に引き戻した。


「一回戦の五戦目の試合、終わったよ。最後までもつれて勝負がつかなかったから、ツキヨミさんが裁定して広陵君に軍配が上がったよ」


 春也はそれだけを報告しに来たのだろうか、と雪太はやや疑問に思ったが、彼が呼びに来てくれたことを嬉しく思った。


「さあ。戻ろう。広場でみんな待ってる」


 と言って春也が立ち上がると、雪太の腕を掴んで強引に立ち上がらせた。雪太は背中を春也に押され、中庭へと戻ることにした。目覚めた直後の絶望感は、いくらか収まっていた。

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