『理不尽な階層』
雪太は、ツキヨミから指定された部屋に行った。広間を出るとすぐ、木造のアパートのような大きさの建物が目に入る。入口から中に入り、長い廊下を歩くとその先に幾つもの部屋が並んでいた。ドアには、「第◯線」と書かれている。その中の「第六線」と書かれた部屋の戸の前に、雪太はしばらく立っていた。すると、話しかけてくる者が約一名いた。
「あれぇ〜? もしかして、雪太も第六線になっちゃった? いやぁ、世の中何が起きるか分からないね。奇想天外とは、まさにこのことだね!」
春也だった。彼の右手首にも、雪太と同じ黄色の勾玉の付いた飾りが付けられている。それを見ると、雪太は安堵した。春也がいてくれることにより、少し気が軽くなったような気がしたのかもしれない。雪太は、明日香や春也以外のクラスメイトとは、あまり口を利かないのだ。勉強を見てほしいと言われることが多いが、断ることも多い。
ドアを開けると、中にはすでに二人の女子がいた。一人は添上麻依といい、現実世界では陸上部に所属している。肌は日焼けしており、半袖を着ていると、日焼けしている部分としていない部分との境界線が袖口から垣間見える。
二人目は磯城野由佳といい、実家が農家で、たくさんの野菜を育てているため、春也の実家である八百屋でも、磯城野家で獲れた野菜をよく扱っているのだという。
四人が部屋に集まったが、他に誰も来る気配がしない。ここは第六線。生徒一人ひとりの資質を調べられた結果、雪太はここに放り込まれてしまったのだ。第一線が前衛を張れるほどの強いチームだとしたら、第六線は一番後衛、言わば「最弱組」というレッテルが貼られたことになる。
一位を目指すはずだったのに、あろうことか、一番弱いチームに入れられてしまったことに雪太は憤りを覚えたが、これも神が選んだことなのだろう。文句を言えるはずもない。
部屋には、ベッドが五つ用意されており、テーブルや椅子、食器戸棚など暮らすために重要なものは、一通り揃っている。一見して、和風な世界なのかと思っていたら、現代の日本とあまり遜色がない、和洋折衷のような部屋だった。その時、ベッドの数を確認した雪太は、あることに気づいた。こちらは四人なのだから、ベッドの数も四つでなければおかしいのではないか。
雪太のクラスは、全員で三十人。しかし、大和が学校に来ていなかったため、この世界に来たのは二十九人ということになる。それを六つの部隊に分けたのだとすると、一部隊あたり、四〜五人という計算になる。第六線は最も下の部隊であるので、四人だけという可能性は十分考えられる。しかし、ベッドの数を見る限り、五人分用意されているのだ。
もしかしたら、まだ来ていないメンバーがいるのかもしれない。だとしたら、どうして来ないのだろう。心配になった雪太は、念のためもう一度、先ほどまでいたあの広間まで戻ってみることにした。部屋を出ると、また長い廊下を歩かなくてはならない。そう思うと、戻るのが少し億劫になる。それでも、取り残されている生徒がいるかもしれないので、一応広間に向けて歩き出した。
そうすると、後ろで誰かの気配がした。振り向くと、そこに明日香が立っていた。彼女は、じっと雪太を見つめてくる。心配そうな瞳は、気を抜けば吸い込まれてしまいそうなほど澄んでいた。雪太もそれを見つめ返し、しばらくの間、沈黙が二人を支配した。
そして明日香が何かを言いかけようとした時、彼女の背後から二階堂瑛が姿を見せる。
「いやぁ、最弱さん。どうしたんですかぁ?」
嫌味っぽく瑛は言う。その手首には、赤い勾玉があった。第一線の証だ。瑛もまた、明日香と同じく第一線だったようだ。雪太にとって、瑛には勉強やスポーツにおいて、一切負ける要素がないのだが、こればかりは敗北感が襲ってくる。そして瑛の更に後ろからは、広陵と大淀も顔を出す。二人とも、第一線の飾りを手首にはめている。
広陵も、
「お、悔しい? 聞かせてくれよ、今の気持ち。お前、異世界でもトップに立てないのか、可哀想に」
と、雪太をバカにしたように言っている。微塵も同情などしていないくせにと、雪太はその三人とは目を合わせることをしなかった。今、どんな顔をしているか、見なくても大体想像がつくからだ。きっと雪太を、嘲笑したような顔で見下しているに違いない。
「行こうぜ!」
瑛は、明日香の肩を持ち、無理やり連れていった。雪太は、それを止めなかった。
ところで、明日香は何を言いたかったのだろう。雪太は、彼女の後ろ姿を見つめながら考えていた。その直後、雪太に近づいてくる他の女子がいた。京子だ。彼女もまた、赤の勾玉を揺らしながら雪太に歩み寄ってくる。
京子は雪太の前まで来ると、こう告げた。
「……みんなの前ではあんなこと言ったけど、私も本当は怖いの。もうすぐ死ぬかもしれないって思っただけで、鳥肌が立って、息もできなくて……何もできない自分が情けないの」
珍しく、弱気なことを言っている。普段は学級委員として、強気な発言ばかりしていた京子が、今はまるで別人のようだ。それでも、最後に京子はこう言うのだ。
「でも、明日香は私が絶対守るから。郡山君は、心配しないでね」
そう言い残し、京子も第一線用の部屋に戻っていった。きっと、京子は無理をしているのだろう。今の発言からも、それは想像に容易い。
しかし、その言葉を聞いて、雪太は京子がいてくれるだけでよかったと思うのだった。明日香のことを思うと、あの不良に囲まれていたら、何をされるか分かったものではない。それ故に、雪太にとって京子の存在が、今は何よりも頼もしかったのは言うまでもない。
雪太は、広間に戻った。先ほどとは違い、灯りが消えている。中は薄暗い。中に入った雪太は耳を澄ましたが、特に何も音がしない。やはり、ここには誰も残っていないのだろうと思い、部屋に引き返そうとした。その時、どこからか寝息のような声が聞こえてくるのだ。初めは気のせいかとも思ったが、確かに聞こえてくる。そこで、雪太は耳の聴力をフル発動させる。間違いない、人の寝息だ。この部屋に、まだ誰かが残っている。雪太はそっと、音のする方へと足を進めた。
そこで、一人の生徒が寝ているのを発見する。それは、平城光河という男子だ。よくもまあ、このような状況でスヤスヤと眠れるなと半ば呆れつつ、雪太は光河を起こすため、近づいた。そして、手首についている勾玉の色をチェックする。黄色だった。
雪太は光河を背負い、部屋に戻るため再び歩き始めた。因みに、光河は雪太の次に成績上位で、オンとオフの切り替えの差が激しい性格をしている。
部屋に戻り、雪太は光河をベッドに寝かせた。光河は、依然として起きる気配すら感じさせない。それを見ていた女子達は、雪太に「お疲れ様」と言わんばかりの視線を送ってくる。春也は、ちゃんと声に出して雪太を激励した。
「いやぁ、まさか君が本当に第六線だなんて思わなかったよ。一位を目指すはずの雪太が、こんなところにいたんじゃ本来の強さを発揮できるわけがない。ツキヨミさん達は、それを分かっていないのかね〜」
「でも、資質とか潜在能力とかを見て分けたんだろ? それじゃ、仕方ないよな……」
「雪太って、本当にいつも当たり前のことしか言わないよね。論理的な事柄だけを言っても、解決しないこともあるさ。データで証明されたことだけが真実じゃない、俺はそう思うな。君の脳はツヤツヤし過ぎているよ。論理的にしか考えられない、残念な脳さ。勉強はできるのにね」
何言ってんだ、と思いながらも雪太はそれを適当に聞き流す。
すると、春也の話を聞いていた由佳が、いきなり話に入ってくる。
「ツヤツヤ……、それって野菜に例えるとナスビだよね!」
「何でだよ!」
由佳はクラス順位でいうと、下の方だった。また、家が農家ということもあり、思ったことを何でも野菜に例える変な癖がある。雪太は、これからこいつらを相手にしなければならないのかと思うと、内心溜息が漏れそうになる。
その時、ドアが開いて着物を着た女性が部屋に入ってきた。その格好はどちらかというと庶民的で、現代でもよく見かける一般的な着物だ。おそらく、侍女か何かだろう。
「お食事をお持ちいたしました」
侍女はそう言いながら、静々と出てきて、五人分の食事をテーブルの上に置く。しかし、それを見た雪太達は愕然とした。そこに置かれたものは、とても客人を持て成す料理とは思えないものであった。まして、この世界を救うために無理やり連れてこられた者に食べさせる料理には見えなかった。おかずは魚を擂り潰したようなものと、漬物だけであり、ご飯の量も茶碗半分程度しかない。それを見た麻依が、椅子から勢いよく立ち上がった。
「ちょっと! 何なんですか、これは! これ、絶対にお客に出す料理じゃないですよね? 私達、無理やりこの世界に連れてこられたんですよ! それだったら、もっとマシな料理出しなさいよね! もっと、勇者を持て成しなさい!」
「す、すみません……。この大和帝國では、ヤマタイ族の侵撃に遭い、食糧が不足しているのです。誠に申し訳ありません」
侍女はそう話し、逃げるようにして部屋を出ていってしまった。しかしそれが何を意味していたのか、雪太はすぐに理解した。多分、第一線の明日香達は今頃、今までに食べたことがないような、豪勢な料理を食べているのだろう。自分達は第六線にいるから、ろくな料理が出てこないのだ。雪太は、そう考えた。侍女が、食糧が不足していると言ったのは、他の生徒達に持て成す料理を作っていたからだろう。それにより、第六線に出す料理に手が回らないのだ。
本当に、どこの世界においても、ヒエラルキーはついて回るということなのだろう。改めて、雪太はそれを思い知らされたような気がした。仕方なく、雪太はその非常に不味い料理を食べ始めた。他の三人も嫌々ながらそれを食し、光河は未だに寝ている。このままでは、初戦でこのパーティは全滅しかねない状況だ。
どうにかして、打つ手を考えなくてはならない。この調子だと、この部隊はろくに訓練する機会すら与えてくれなさそうだ。
焦りと憤りを必死に隠しながら、雪太は考えを巡らせていた。時に、明日香は今頃どうしているのだろう。不良三人組から、嫌がらせを受けていないだろうか。京子がいるとはいえ、雪太はまた少しずつ、明日香のことが心配になってくるのだった。
キャラが被らないようにするのって結構難しい・・・。




