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DAIWA戦争 〜異世界古事記〜  作者: 葉之和 駆刃
第二篇 オロチ
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『打ち砕かれた決意』

“この世界に来てから、何もかもが変わってしまった。”


 それは雪太にとって、ここの世界に召喚されてからずっと感じてきたことだ。無論、紗矢香や京子だけではない。以前は明るかった者でさえ、冷淡になってしまった気がする。雪太にはそう思えてならない。


「いやあ、西さんのあんな怖い顔は俺も初めて見たね」


 午前の二試合で一旦休息が入り、皆は各々の部屋に戻ってきていた。春也は自分のベッドに腰掛けながら、第二試合目の京子について触れた。

 ただ、皆は口を閉ざしたまま俯いている。かなりナイーヴになっているのがわかる。由佳に至っては、先程の京子の変貌ぶりを見てショックを受けたのか、顔面蒼白している。もしも、自分が勝ち進んで京子と当たったら……などと考えているのかもしれない。


 雪太を含め、誰もが口を噤んでいる中、春也だけがいつもと変わらぬ調子で皆を鼓舞した。


「まあ、いつまでも悲観してても埒が明かないよ。これから、雪太と平城君の試合が始まるんだから!」


 春也は雪太に視線を送った後、ぐるりと第六線メンバーの顔を見渡すと、ふと何かの異変に気がついたように言った。


「……って、あれ? 平城君は?」

「そういえば、さっきから見えなくない?」


 麻依もそこで初めて気がついたように、部屋の中を見回す。

 彼らの言う通り、雪太も先程から光河の姿を見ていないような気がする。その理由は、雪太もなんとなく予期するところだ。これから戦う相手と一緒にいたくない、そういうことなのだろうか。雪太もそれは同じといえば同じで、ここに光河の姿がないのは、かえって有り難かったかもしれない。


 雪太は毎日のように剣で素振りをしていたが、光河もきっと、何かしらの特訓はしてきたに違いない。いつもは寝ているばかりで、訓練すらまともに参加しているのを見たことがない。雪太達から見た現実世界でも彼は寝ていることが多かったが、この大和帝國に来てから、それがますます顕著になっていた。本気を出せば、運動も勉強も雪太には及ばないものの、学級順位はかなり上の方に食い込んでくる。


 彼は、この世界でこれまでに何を学んだのだろうか。それらをすべて、この全部隊合同トーナメントでぶつけてくるだろうか。自分が知らぬ間に、自分と同じかそれ以上に訓練に励んできたのではないか、と雪太には思われるのだった。

 ……油断してはならない。もとより、するつもりもないが。



 雪太達は再び庭に出て、トーナメント会場に足を運んだ。すると、もうすでに一回戦の第三戦目が始められようとしていた。


 次に登場してくるのは、第四線の西和清と同じく第四線の朱雀あかねだ。二人は円形のコートの中に踏み入り、互いに距離をとって向き合う。


「悪ぃな、朱雀。ちょっと痛えかもしれねえが、我慢してくれよな」


 西和は犬歯を下唇に擦りつけるようにして笑う。それに対し、朱雀は無表情かつ無言だ。しかし、どこかリラックスしているようにも見て取れる。


 西和の武器は包丁を少し長くしたような小型の短剣だ。すでに鞘から抜かれてあり、剣先がキラリと光を放つ。一方で、朱雀の手にしているのは、武器と呼べるのかどうかも怪しい、金槌だった。西和はもう勝利を確信しているように、ニヤッと張り付くような笑みを浮かべる。はやく人の返り血を浴びてみたいと言わんばかりの、残虐さを内包したような笑いだ。


 二人の間に立ったツキヨミが手を振り上げ、銅鑼が鳴り響く。


 試合再開の合図とともに真っ先に動いたのは西和……ではなく、朱雀だった。

 彼女は勢いよく地面を蹴り、西和を目がけて急接近を開始。西和も身構えるが、彼の目前で朱雀は大きく跳躍したかと思うと、片手に持った金槌を指で激しく回転させながら、思い切り彼の首筋あたりに蹴りを入れる。


 間一髪のところで西和はそれを避け、地面を転がっていき、その勢いのまますぐに体勢を立て直す。だが、朱雀の猛攻は終わるどころか、それが始まりだと教えるように、彼女の正拳や足が次々と繰り出される。

 西和はそれらをすべて避けていくが、次第に息は荒れていく。


「ちょっ、おまっ、……やめっ!」


 朱雀は金槌を別の手に持ち替えたり、宙に放り投げて反対の手で受けたりしながら、自らの手足を振り回して西和に優位を取る。

 やがて限界が訪れたのか、とうとう西和の動きがやや鈍った。その隙きを逃さず、朱雀の膝が彼の脇腹の下あたりを捉える。次の瞬間、西和の鳩尾に、特別強烈な膝蹴りを食らわせた。


「ぐぎゃ!」


 西和は痛みに耐えきれず、その場にうつ伏せで倒れた。砂埃が舞い上がるが、彼はなかなか起き上がれない。


 そして、


「勝負あり!」


 と宣言するツキヨミの声とともに、再び銅鑼の音が鳴った。


 その一部始終を目撃した生徒達からは、どよめきが起こった。皆、予想もしなかった朱雀の破天荒たる勝利に、度肝を抜かれたのだ。


「カナヅチ関係ねえ!!」

「あいつ、生身だけで西和に勝ちやがった!」

「あかねちゃん、つよ〜い!」


 そんな声が四方八方から次々に飛ぶ中、朱雀は一人、涼しい顔で闘技場から去っていく。藍がすぐに出てきて西和を助け起こすが、周りからは同じ部隊の女子に敗北を期したことによる軽蔑の視線よりも、憐れみの目を向けられていた。


 この結果は予想屋の春也も想定していなかったようで、彼は感嘆の息をついた。


「いやあ、この勝負、実に見ものだったね。始まる前は、西和君が暴走して手がつけられなくなるんじゃないかって心配してたけど、さすがは朱雀さんだね。彼には相性抜群だったみたいだ。まったく、同情するレベルだよ」


 面白がっているのか、感動しているのかよくわからぬ言い草だ。ただ単に、日和見していることに変わりはないのだが。


「さて。お次は君の番だよ、雪太」


 春也は笑いを収め、真剣そのものといった視線を雪太に向けてくる。そこで、雪太も自分の試合がすぐそこまで迫ってきていることを実感する。スノーと再び会うため、相手が同じ部隊の仲間であろうと、必ず勝たなければならない。これは雪太にとって、宿命なのだ。



 雪太は仕切りの縄をまたぎ、コートに入った。周りを見てみると、生徒達のほとんどが建物の中に入らずに闘技場の外郭を囲み、中に立つ雪太を嘱目している。それは、雪太の想像の外だった。てっきり、第六線同士の戦いには皆、興味を示さないものだとばかり思っていたのだが、「どちらが勝ち残るのだろう」という好奇心は、他の部隊の者達をも引きつけているのかもしれない。それなら、尚更、勝たねばならない。自分が勝利をもぎ取ることで、皆を納得させなければならない……と、雪太は自分を奮い立たせた。


 雪太の目の前に現れたのは、直径5センチ程度、長さ1メートルほどの鉄の棒を手にした、光河だった。


 光河は数メートル開けて雪太の面前に立つと、いきなり欠伸をかました。大丈夫なのだろうかと、それは雪太に不安を誘う。彼が本調子でないならば、こちらもリズムを乱される恐れがあるからだ。ただ、どの道、一発勝負なのだから、相手が誰であろうと、どんなに不調だろうと、全力で挑まなければ、衆目に示しがつかない。


 ――必ず、認めさせる。


 その気迫が、雪太の目をきりっと凛々しくさせる。


 鉄棒を手にした光河は、まだ眠たいのか、眼をこすりながら雪太の前に立ちはだかる。雪太はわずかに身を低くし、いつでも交戦できるように構えた。


 ツキヨミの家来によって銅鑼が鳴らされた。雪太にとって決して負けられない第一戦の火蓋が、切られたのだ。ここで挫ければ、すべての思いが水泡に帰す。


 銅鑼の音と同時に、雪太は迷わず地面を蹴り、剣を握った腕を突き出して光河に最初の攻撃を仕掛けた。すると、光河はするっと身を反らして雪太の攻撃をやり過ごした。

 雪太は肩透かしを食らい、勢い余って地面を突いた。砂埃が舞う中、足を減速させて体勢を立て直す。止まると同時に光河の方を振り返った。


 一方、光河は微動だにせず、荒涼とした円形のフィールドの中に佇んでいる。彼のその顔を見て、雪太は違和感を覚えた。光河の口許に、わずかながら笑みが浮かんでいたのだ。


「雪太……。また、あの子のそばに行こうとしてるんだろ?」


 突然、光河が口を開く。それを聞いて、雪太には考えずとも理解が及んだ。「あの子」とは、スノーのことだ。光河は、雪太の目的を見抜いている。いや、光河だけではないだろう。麻依も、由佳も、春也でさえ、第六線のメンバーならば察しがついているはずだ。


 雪太がかすかに頷くと、光河は続ける。


「俺も、この試合に勝ったら、やりたいことがあるんだよね……。雪太がちゃんとした目標を持ってこの戦いに臨んでるのに、『ただ面白そうだから』って理由で参加を表明した他のやつらと一緒っていうのは、俺のポリシー的に気に入らないんだよね。だから、俺も自分なりに目標を立ててみたんだ。正確には、初戦の相手が雪太だってわかった時からだけど」


 雪太は息を呑んだ。彼は、何を提案してくるのだろうか。第六線のリーダーを自分に譲れ、とでも言うつもりだろうか。しかし、光河は身体能力では雪太にも引けを取らないとはいえ、オン・オフの切り替えが激しいため、リーダーに向いているとは到底思えない。

 だが、光河が発信した内容はこうであった。


「俺、火人だからさ、代謝がよすぎてずっと暑いんだよね。だから雪太が抱きまくらになってくれたらいいんだけど、ダメかな……?」


 雪太は内心、呆れてしまった。そんな頓珍漢な理由で、こんな命懸けも甚だしい勝負に参加したというのか。


「それなら、棄権してくれないか? 俺はそんな約定は飲めない。俺は、命をかけてでもこの試合に勝って、優勝しなければならないんだ」


 雪太はそう言うと、周囲に目を配った。第一線から第六線までの生徒が、ほぼ全員、二人の試合を観ている。第六線の者同士の試合なんて、第六線以外の生徒は興味を持たないと思っていた。それなのにこの観衆だ。雪太にとって、ここはこれまでの成果を見せつける絶好の場なのだ。スノーによる特訓も無駄ではなかった。頼んでもいないのに、雪太を気にかけ、傲岸な態度で練習の機会をくれた。それも、他のメンバーよりも遥かに過酷な条件で。


 光河は雪太の話を聞いて、「ふうっ」と息を吐いた。諦めのような吐息だった。


「……じゃあ、いいよ。君がどこまで強くなったのか見てあげるから、かかってこいよ」


 光河の目が変わったように雪太には思えた。雪太は躊躇わずにまた、光河に向かって剣撃を敢行した。だが、直前まで迫った時、雪太はまたしても違和感を覚えた。今度は、光河はその場から動かず、避ける素振りも見せない。雪太は力を込めていた手から、わずかに力を緩めた。それでも剣の勢いは止められず、光河を袈裟斬りにしてしまった。


 真新しい血が飛び散り、雪太は自分の顔に鮮血がかかるのを肌で感じた。恐る恐る自分の手を見ると、真紅の液体がベッタリと貼りついている。その瞬間、雪太の鼓動が速まる。


「雪太、動物の血を見るの、克服できた?」


 正面から、光河の声が聞こえる。だが、雪太は顔を上げられない。何かに取り憑かれたように、体が重い。


「まさか、自分の欠点もカバーしきれてないのに、この合同トーナメントで優勝しようとか、……思ってないよな?」


 皮肉交じりの光河の声が、雪太の発作に拍車をかける。


「俺、『自動治癒』持ってるからさ、多少の傷は自分で癒せるんだよ。だから遠慮せず、もっと攻撃してきていいよ」


 雪太はついに頭を抱え、しゃがみ込んでしまう。


「なあ、あいつ、神力持ってるよな。なんで使わないんだ?」

「仏力は使っていいけど神力は使ったら失格だって、事前説明でツキヨミさん話してただろ」


 そんな声がコートの外側から聞こえてくるが、雪太の動悸は静まらなかった。誰の声なのかも判別がつかなくなっている。


 光河がさらに、煽るように言葉を吐く。


「雪太、全然たいしたことないから、つまらないな。俺が二回戦進んじゃうことになるけど、それでもいいの? あのお姫様をもう一度、守りたかったんじゃないの?」


 ……そうだ、スノーに会わなければならない。また彼女にこき使われながら、特訓の課題をこなして見返してやりたい。そうしなければならないのだ。俺がここで勝つことでしか、彼女とは会えない。

 雪太は何度も何度も自身を鼓舞しつつ、疼痛が走る膝を押さえながら立ち上がった。


「お」


 光河は驚いたような、それでいて嬉しいような声を発した。光河を見ると、彼の傷はすでにふさがって見える。どうやら雪太が戦意を失っている間に、『自動治癒』が発動したらしい。


 雪太は両手で剣を握り、そして駆け出した。余裕綽々と鉄棒を構えようともしない光河に向けて、無策に突っ込んでいく。

 勢いよく剣を振りかざし、雪太は光河に迫った。


 ――が、あと一歩のところで、やはり躊躇してしまった。


『自動治癒』――それは、命にかかわるような深い傷でもない限り、自力で治せる力だ。光河はその仏力を第六線の中では誰よりもはやく解放させた。ただ、雪太はどうしても手を下せなかった。それは仲間だからか? 血を見るのが怖いからか?


 剣を振り上げたまま目の前で固まっている雪太に対し、光河は言い放った。


「残念だよ、雪太。せっかく、自分の弱さを克服して、みんなをあっと言わせる絶好の機会だと思ったのに。俺は別にいいんだけど、君はスペック高いし、ここで優勝でもすれば他のやつらの評価も変わってくるのに。……雪太って、弱いんだな」


 光河の最後の言葉が、雪太の心を深く突き刺した。その言葉の刃が、雪太の心の奥底を掻き回しながら侵していく。

 直後、雪太の背中を硬いものが叩き、雪太はその場に倒れ込んだ。起き上がろうとしても、身動きが取れなかった。光河が雪太の背中に鉄棒を突き立て、しっかりと固定し、雪太の動きを封じている。


 意識が朦朧とする中、雪太の目に不意に飛び込んできたのは――コートの外で試合の様子を見ている、明日香の不安そうな顔だった。彼女は胸の前で両手を組み、恐怖に怯えたような、悲しみに耐えているようにも見える顔で、雪太を見つめている。


(……桜井、ごめん……)


 雪太は心の中で、何度も明日香に謝った。

 次第に意識は薄れていき、雪太の視界は完全に闇に堕ちた。

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