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DAIWA戦争 〜異世界古事記〜  作者: 葉之和 駆刃
第二篇 オロチ
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『全線合同トーナメント!』

 日が落ち、生徒達が寝静まった頃、ベッドに横たわって目を開けていた雪太は静かに身体を起こした。床に足を下ろし、ベッドから徐に立ち上がる。ドアを開け、ランプの灯りが完全に消えた暗い廊下を壁に手をつきながら歩いていく。


 雪太は二階に行くための階段を探し、転ばないように慎重に上った。二階に着くとツキヨミの部屋を目指し、また手探りで歩を進める。

 しばらく進んでいくと、向こうの二枚扉から部屋の明かりが漏れているのが見えた。あれはツキヨミの部屋からのものだとわかった雪太は、ゆっくりとそこに近づき、コンコンと数回、ノックをする。


「何の用だ」


 扉の向こうからは、やや警戒したような声が聞こえる。


「こんな夜中にすみません。トーナメントの参加を表明しに来ました」

「ん……その声は雪太か。入ってきてくれ」


 返事を聞くと雪太は安心し、そっと片方の扉を押し開けた。ギイィ……と音を立てながら中から光が解放され、廊下に一閃の模様を描く。


 扉が閉まると、雪太は部屋の中央辺りにいたツキヨミを見る。


「参加を告げに来たのは、君が初めてだ」


 ツキヨミは穏やかな笑顔で、雪太を迎えた。その表情が、雪太には心苦しかった。同じほどの痛みを彼女も感じているはずなのに、一向にそれを見せようとしない。妹のことを思うと、夜も眠れないのではないかと雪太は案じているのに。


「ツキヨミさん……もしかして今回の話、全部あいつのためなんですか?」


 雪太の質問にツキヨミは数十秒、口を噤んだ後、口を開いた。


「スノーは、言っていたのだ。召喚者の中で、最強の者を自分の護衛に据えたいと」


 その言葉に、雪太は絶句した。やはり「最強」という言葉にコンプレックスを感じているのだろうか。そんなことを考える雪太に対し、ツキヨミさらに続ける。


「これは私が決めたことではない。スノー自身が言い出したことだ。もう一度、スノーの側に行きたいなら……このトーナメント戦で己の強さを証明するしかない。……私から言えることは、以上だ」


 ツキヨミの話を、雪太は俯きながら聞いていた。スノーは、本当は自分を必要としていないのではないか――もうとっくに見限られたのではないか、雪太の頭の中はそんな思考によって満たされつつあった。

 思わず、心にもない台詞が出てしまう。


「スノーは……他の強いやつを探してるんじゃないですかね、俺以外の……」

「私はそうは思わない」


 雪太の言葉は、ツキヨミによって即否定される。雪太が顔を上げると、そこには相変わらずのツキヨミの優しそうな微笑があった。初めて出会った時から考えられないほどの、優しさに溢れた微笑みであった。


「スノーは、君がこの戦いで勝利すると信じているからこそ、トーナメントを計画したのだ。君の強さを……証明するために」


 もしもこの戦いで雪太が上の部隊の生徒に勝ち続けたら、必然的に皆の見識も変わるだろう。雪太のことを見直し、第六線でありながら「強い者」として認められることになるだろう。それをツキヨミは言いたいのだと雪太は理解した。


「ありがとうございます。何人参加するかわからないけど、俺、絶対に勝ちますよ」


 ツキヨミは雪太の話を聞くなり安心したようにさらに口許を綻ばせ、


「期待している」


 とだけ言った。



 部屋を出た雪太は、急ぎ足で部屋に戻った。必ず勝者になってやる……という意気込みとは裏腹に、やはり不安もあった。途中で敗れてしまったら、スノーとツキヨミの期待を裏切ってしまう。そうなることだけは避けたい。明日から、少しでも己を鍛え上げようと特訓の日程を雪太は心の中で練っていた。

 もう一つの不安といえば――もしも参加者が自分だけだった場合、勝敗はどうなるのだろうか……と言うことであった。



 翌日、広間で皆と一緒に朝食をとった後、雪太は建物の外に出て門をくぐった。自主練習は誰にも気づかれない場所でするしかない。自主練の場所として、雪太は山を選んだ。スノーが住んでいる屋敷の近くにあり、標高はあまり高くない。ここで練習すれば、クラスメイトの誰かに見つかるという不安はない。雪太は懸命に竹刀を振り、弓を射た。だが、彼にはもう一つ狙いがあったのだ。

 スノーが、ここに来るのではないかという予感がした。屋敷の近くにあるこの山は、スノーがよく修行をしていると聞いたことがあったのだ。だが、日が暮れる時刻になるまでスノーが現れることはなかった。


 雪太は帰り際、ウルフット一族が暮らしている屋敷を覗いた。誰の気配もなく、庭はしんと静まっている。ツキヨミは今日も帰ってきていないのだろうかと、雪太は地面に道具を置き、門の外からじっと縁側に並ぶ襖を見ていた。すると、後ろから声がかかった。


「雪太様!」


 振り返れば、その声の主はまたウヅメだった。ウヅメは嬉しそうに雪太に近づいてくると、彼の手を握った。雪太は顔に熱がこもるのを覚え、彼女から視線を外す。

 ウヅメは気がついたように雪太から手を離し、


「す、すみません。こんなところでお会いできるなんて、思いもしませんでしたもので……」

「スノーはいるのか?」

「は、はい。お部屋に。ですが、今はお会いにならない方がよいかと。まだ、精神が回復しておりませんもので」


 申し訳なさそうに話すウヅメを見て、雪太は彼女に近づき、その頭の上にぽんと自分の手を置いた。ウヅメはまた動揺したように、あたふたと着物の両袖を揺らす。


「あ、あの……どうされましたか?」

「悪い、なんとなくだよ」


 雪太は手を離すと、道具を持ってウヅメに手を振り、帰路を歩き始めた。ウヅメも、スノーの世話に追われて大変だということは雪太もわかっていた。それ故に、ウヅメが可哀想に見えたのかもしれない。ウヅメは見たところ雪太と歳に差はないようだが、時々幼い少女のように見えることがあった。

 雪太は建物に帰る途中、何度も自分の片手を見つめていた。



 建物に戻り、第六線の部屋まで来ると由佳が向こうの廊下から歩いてくるのが見えた。


「あれ、郡山君」


 由佳は少し驚いたように、雪太に手を振る。


「何してたんだ? もしかして、磯城野も自主練行ってたのか?」

「ううん。今さっき、ツキヨミさんの部屋に行ってたんだ」


 由佳の話に雪太は首を傾げた。一体、由佳がツキヨミに何の用があるというのだろう。雪太に対し、由佳は話を続ける。


「私……やっぱり、トーナメントに参加することにしたんだ」


 その言葉に、雪太は我が耳を疑った。あれほど仲間を傷つけたくないと話していた由佳が、参加を表明しに行っていたと言うのだ。


「もちろん、誰も傷つけたくないし、できることなら戦いたくない。けど……思ったんだ。私の力を、訓練で身につけた力を、試すチャンスなのかもしれないって。だから私、全力で戦ってみる。無理かもしれないけど……それでもやらないよりはいいと思うから」


 由佳の目は輝いていた。考えた末に決意を固めたような、そんな目をしていた。


「……頑張れよ」


 気の利いたことは言えないが、これが雪太の言える精一杯の言葉だった。第六線の仲間として、応援しなければならない。そしてそれを自分の力の糧としなければならない。そんな感情が、雪太の胸の奥を満たしていくようだった。


「うん、郡山君もね。参加、するんでしょ?」


 由佳にきかれ、雪太は頷き返す。今日の日没までに生徒のうち、何人が参加を表明しに行くのかはわからない。しかし、これだけは確かだった。参加するものは皆、相当の覚悟を持って臨んでくるのだろう。こちらも全力で迎え撃たなければならない、雪太のその決心は揺るがなかった。


「そうだ、麻依ちゃんや平城君も参加するって言ってたよ」

「春也は……?」

「何も言ってなかったけど……あの様子じゃ多分、参加しないんじゃない?」


 春也は前もって、「出ない」と公言していた。有言実行をそのまま形にしたような春也のことだから、前言撤回するような真似はしないだろうなと雪太は漠然と思った。……いつか、大和帝國から逃亡すると言っていたこともあったが。


 雪太は部屋のドアを開け、由佳とともに中に入る。


「やぁ、お帰り」


 真っ先に春也が二人に声をかける。光河と麻依もすでに帰ってきており、由佳の話していたように、ツキヨミに参加することを告げてきたということだった。


 その夜は夕食を食べた後、何事もなく眠りについた。雪太は自主訓練の疲れもあり、数分もしないうちに意識が遠のいていった。



 翌日の朝、雪太は春也に連れられて中庭に出た。中庭には、巨大な石碑が建てられている。そこに今回、トーナメントに参戦する生徒の名前が出ていると言い、春也は雪太の腕を掴んで半ば無理やり連れてこさせたのだ。


 春也の話した通り、鈍色の石碑には白い細字が浮かび上がり、生徒達の名前が並んでいる。雪太は石碑の周りに集っている生徒の後ろに立って目を凝らし、そこに書かれてある字を読むと息を呑んだ。

 予想外に、参加する人数が多かったのだ。


 参加人数、二十六名。不参加人数、三名。


「結構、みんな参加するみたいだよ」


 春也は面白がっているのか、心配しているのかわからないような声音でそう言った。


「結局、お前は参加しなかったのか?」

「まぁね。参加しても無駄だと思ったからさ」


 宣言していた通り、春也は参加していなかった。だとすると、不参加の三名のところに春也も含まれているのだろう。


「因みに、あと二人は第三線の榛原君と同じく第三線の山辺さんだよ」


 意外な面子に雪太は思わず苦笑いしてしまう。榛原は現実世界では剣道部だったため、剣の扱いにおいては全部隊引っくるめても、かなりの上位に来るだろう。山辺は正直、雪太もよく知らない。長身だが、特に部活動に所属していたという話は聞かなかった。皆が参加する中、何故出ようとしなかったのか、雪太にはわかりかねた。


「なんか、特別な事情でもあるのかな」

「さぁね。俺と同じで、戦ってもメリットがないと感じたからじゃない?」


 春也は喋るだけ喋って満足したのか、早々に引き返していく。雪太も、その後を追った。


 部屋に帰ると、春也はベッドに腰を下ろしながら言った。


「雪太。あの参加人数を見て、何とも思わなかったのかい?」

「何がだよ」

「君は勉強ができるのに、どうして肝心なところで頭が回らないんだい? 参加者が二十六名。それでトーナメントを実施するとなると、必然的に二回戦から登場する人がいる。一回戦終了時に十六人残ってるとすると、初戦で戦うのはおそらく二十人。残りの六人は、二回戦からの参加となる。ここまではわかるよね?」


 雪太は、無言でこくりと頷いた。それを見ると、春也は言葉を続ける。


「その六人を今は待機組と言い換えよう。考えてみてほしいのが、その人数だ」

「人数?」

「そう。第一線に所属している生徒は五人。その五人が全員、待機組に入る可能性があるってことだよ。そうなれば、この戦いは必然的に第一線が有利になる。部隊別の合戦の時だって、第一線だけ一回戦のみをやって、二回戦を飛ばしていきなり決勝に進んだじゃないか。それと同じく、今回も第一線が有利になることをされたら……君はもちろん、それ以外の部隊の生徒は完全に不利となる」


 雪太はしばらく、言葉が出なかった。春也の考え過ぎではないかという気もしたが、ないとは言い切れない。トーナメント表を作成するのはおそらく、ツキヨミか幹部級の人間達だろう。ツキヨミがそんなことをするとは思い難いが、今は信じることしかできない自分に対し、雪太は一抹の歯痒さを覚えるのだった。


 ドアが開き、残りの三人が部屋に戻ってくる。


「どうしよう、参加しない方が良かったのかな〜」

「そんなこと言ったって、麻依ちゃん。覚悟を決めるしかないよ」


 麻依と由佳は、普段に増して不安そうな声を出している。光河はと言えば、入ってきてすぐに雪太の足に縋ってきた。

 火属性の神力を持っている光河は代謝のコントロールが難しいのか、常に体温が高いのだ。それとは反対に氷人の雪太は体温が低く、抱きついていると気持ちよくなれるようだ。


 雪太は光河を蹴り払った。今の雪太にとって、体温を上げられることはそれなりに危険だと聞いている。スノーとの訓練の時に気づいたのだが、近くで火を焚いていても身体が重くなり、力が抜けるのを感じてしまう。


 光河は怠そうに床を這いながら、再び雪太にすり寄ってくる。


「雪太……冷たくて気持ちいい……」


 雪太は助けを求める視線を春也に向けるが、わざと目を逸らして口笛を吹いたりしている。


「いや〜、平城君は雪太のことが好きみたいだね〜」


 いい迷惑だと言わんばかりに、雪太は光河の身体を両手で押しのけた。その時、ドアが突然開かれ、咄嗟に雪太はその方に視線を送ると、明日香が部屋に駆け込んできた。


「雪ちゃん、大変。中庭でね、トーナメントのスケジュールが発表されてるんだって」

「え……? だって、発表は確か明日だって……」

「気になる、って人が多くいたから、ツキヨミさんが急いで作らせたらしいの。私もまだ見てないから、とりあえず行ってみようよ」


 明日香に誘われ、雪太は行くことにした。もちろん、その話を聞いたのは雪太だけではないため、他の面々も引き連れて中庭へと急いだ。


 中庭には、先ほどよりも多くの生徒が石碑の前に群がって騒いでいる。ツキヨミが石碑の前に立ち、興奮する生徒と向かい合って何かを話しているようだ。雪太達は駆け足ですぐ近くに行くと、その言葉が耳に届いてきた。


「何人もの生徒から要望があったので、日程を繰り上げてトーナメントを発表する。対戦相手は後ろに書かれてある通りだ。尚、試合開始は五日後とする。それまでに各々、試合に使用する武器を取りに来てほしい。倉庫には今、使われていない百以上の武器が眠っている。そこを開放しておくから、好きな時間に取りに行ってくれ。倉庫の場所は私か、各部隊の担当の者にきいてくれるといい。以上だ」


 ツキヨミはそう告げると去ってしまい、生徒達は再びトーナメント表に夢中になっていた。一回戦の相手は誰だなどという声が、四方八方から飛び交う。

 雪太も何人かの生徒を押しのけ、前に進み出ていった。石碑のすぐ前に出ると、自分の名前を探した。


 四ブロックに分けられ、雪太の名前は右下のブロックの一番上にあった。そのすぐ下には、光河の名前。それを見た雪太は息を呑み、呆然と立ち尽くしてしまった。まさか、いきなり同じ部隊の人間と当たるとは夢にも思っていなかったからだ。

次から戦いが始まる予定。

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