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DAIWA戦争 〜異世界古事記〜  作者: 葉之和 駆刃
第二篇 オロチ
24/37

『義兄と義妹』

お久しぶりでございます。約一年ぶりの投稿です。

あまりにも暑く、バテておりました。この暑さが後一ヶ月ほども続くのかと思うと、落胆していますね。

今まで投稿をサボっており、申し訳ありませんでした。何でもしますから、許して下さいね。

今回は、7000字以上といつもよりは長めとなっております。

 雪太はスノーを追った。スノーは、更に前を浮遊する火の玉を追っているのだ。


 ある森の入口が見えてきた時、突然、火の玉は中に姿を消した。木々が細道に影を落とし、木漏れ日すらも拒んでいるように仄暗い。その中では火の玉は目立ってしまう……と思われたが、木と木の隙間に入っていった後、すっかり見えなくなってしまった。


 スノーは森に入ったところで、走る足を止めた。


「おい! どこ行った! 逃げるなんて卑怯だぞ!」


 その叫びも翳りに吸い取られ、木霊するだけだった。


 雪太はようやくスノーに追いつき、後ろから問いかけた。


「おい。あいつと、何かあったのか?」


 しかしスノーは雪太の方を振り向くと、


「お前には関係ないだろ……」


 そう答えて強く地面を蹴り、前面から雪太を通り越して来た道へ駆けて戻っていった。その冷たい態度が雪太は気になり出したが、再び追う気にはなれなかった。きいたところで、答えは望めそうにないと悟ったからかもしれない。

 雪太は、各部隊の寝室がある建物に向けて歩き出した。



 戻ってくると、中庭で各部隊の生徒が弓を引いていたり、竹刀を持って素振りをしていたりする。皆、雪太には気付かずに黙々と剣を振るっていた。いや、正確には気付いていたのだが、敢えて無視していたのである。

 雪太はそんな皆の事情がわかっていたため、特に気にすることもなかった。


 建物の中に入ると、唯一、雪太を背後から誰かに呼び止めてくる者がいた。


「調子はどうだ」


 耳に残るほど鋭く、それでいて声音の高い穏やかな声。雪太はその相手を理解し、ゆっくりと振り返った。

 彼の後ろに立っていたのは、ツキヨミであった。腰には金属のベルトを巻きつけ、後ろに剣の鞘が二本伸びている。相変わらず長い漆黒の髪は、上方の後頭部で一つに括り上げられ、腰の上辺まで下ろしている。


「神力の扱いにはもう馴れたか?」


 悪意のない微笑を浮かべながら、そのように話しかけてくる。


「はい、お陰様で……」

「スノーは他人の気持ちを滅多に顧みないからな。だが、今の君は適した環境だろう」


 スノーの指導は、並の人間にとっては厳しすぎる。それは雪太も同じだった。しかし弱さを克服するためには、まずは神力を使いこなさなければならないのだ。


「俺の目的は、元の世界への帰還ですので、あんなくらいの訓練、大したことないですよ」


 これが今の雪太にとっての、精一杯の言葉だった。


「……ならば良かった。スノーも、君がいてくれて心強いと思っているだろう。あいつも本当は寂しいのだ。母親を幼いうちからなくし、甘える相手があまりいないのだから」


 ツキヨミのその言葉で、雪太の脳裏には先程の出来事が過った。


 母親の仇…………あの言葉は、何を意味していたのだろう。スノーの母親は、何故この世を去ったのだろう。そんな疑問が、次々と生まれてくる。


「ツキヨミさん」


 雪太はツキヨミを呼んだ。彼女も、彼に不思議そうな視線を向ける。


「ちょっと、話……ききたいことが」

「何だ?」


 ツキヨミは、怪訝そうに眉を寄せる。それでも、雪太は好奇心を抑えられなかった。


「あいつの……三姉妹の母親は、誰かに殺されたんすか?」


 不本意なきき方をしてしまったと雪太は少しの後悔を覚えたが、ツキヨミは冷静な顔で問い返してきた。


「何故、そう思う?」

「さっき、妙なやつにあったんですよ。多分、炎の使い手だと思うんすけど、スノーがそいつに〝母の仇〟なんて言ってて……」

「少し……私の部屋で話さないか?」


 ツキヨミは雪太の言葉を遮ると、歩き出した。雪太もツキヨミが自分の横を通り過ぎると、すぐに振り向いて彼女の後に続いていった。


 暗い廊下に、ツキヨミのブーツの音が高らかに響く。その少し後ろを、雪太は無言でついて歩く。二階に続く長い階段を登りきると、紅の絨毯が敷かれた廊下をしばらく進み、ツキヨミは金箔の装飾が施された自分の部屋の扉を開ける。


 雪太は彼女に続き、部屋の中に足を踏み入れる。

 扉が閉まると、ツキヨミは改めて雪太の方を振り返った。


「改めて話そう。スノーの過去、そしてカグナのことを」


 雪太は何も返さない。スノーのことを気にかけるあまり、早く聞きたいという衝動に負けてしまったらしかった。


 ツキヨミは大きく息を吐き、語り始めた。



 スノー含め、ウルフット三姉妹の母親はさつきといい、三人をとても可愛がっていた。皐はよく幼いスノーを背負いながら、娘二人を連れて野花を見に山に登ったりした。


 ある日、四人が山を降りると、麓に古い小屋があった。その小屋の側には揺り籠が置かれてあり、皐がそれを覗くと籠の中で赤子が眠っていた。

 この国では、捨て子は珍しくなかった。きっとこの子もそうなのだろうと思った皐は、夫のイーザに内緒で娘達と一緒にその赤子を連れて帰った。


 その晩、イーザに見つかり、皐は強く詰問されたが、手をついて育てたいと懇願した。皐のその振る舞いに流石のイーザも折れてしまい、泣く泣く許すことにした。


 皐はその赤子をカグナと名付け、自分の娘達と同様に可愛がった。スノーとは歳が近かったため、二人は双子のように仲良く育っていった。また、スノーはカグナも皐から生まれた自分の実の兄妹だと思っていた。

 皐はイーザに、スノーに本当のことを告げないのはカグナとの関係を崩したくないからだと打ち明けていた。イーザも彼女の気持ちを察したのか、何も言わなかった。


 そんなある日、国王のイーザですら予測していなかった事件が起こった。

 スノーはカグナの手を引き、その日も登山していた。姉たちは弓術や剣術を習っていたが、二人はまだ習うまでの年齢に達していなかった。

 山に入る時は必ず供が必要なのだが、スノーは家来がつくことをひどく嫌がっていた。そのため、スノーは度々、イーザや皐に黙ってカグナと二人だけで山に登っていたのだ。イーザに見つかってはこっ酷く叱られるが、スノーとカグナは懲りずに無断外出を続けた。


 カグナが頂上にある松の木の下で休んでいる間、スノーは虫を捕らえたりして遊んでいた。その時、冬眠から目覚めたばかりの大蛇が彼女の目の前に立ちはだかった。

 スノーは木の棒を使い、応戦を試みたが、いかんせんびくともしなかったのは言うまでもなく、とうとう間合いを一メートルほどにまでに詰められてしまった。


 じりじりと後退るスノー。だが、大蛇は確実に彼女に狙いを定めてくる。逃げようにも、背を向けると襲いかかられてしまうだろう。大人であれば、大したことのない大きさである。しかし、スノーにとっては大きすぎた。大人なら噛みつかれても負傷するだけで済むが、五つにも満たないスノーにとっては怪物同然だった。


 ――――食べられるかもしれない。

 その言葉が頭の中で繰り返される度、スノーは身も凍るほどの恐怖を覚える。「シャーツ」と蛇は勢いよく咆哮を上げ、スノーに急接近する。スノーも無意識のうちに、後退し続けていく。


 大蛇が勢いよく口を開いた時、一メートルくらいの一本の木の棒が蛇の舌から顎を貫いた。俊敏な速度で蛇に思い切り蹴りを入れると、スノーの前に着地した。

 赤い髪に紅い浴衣をまとった、どこか少女のような風貌の少年――カグナがそこには立っていた。カグナの腰からは、漆黒の残り帯が風を受け、尾のように揺れていた。


 下顎から木棒を突き出した大蛇が、再び大口を開け、今度はカグナとの距離を縮めていく。カグナはすかさず強く地面を蹴って飛び上がり、大蛇の上に降りた。スノーは何もできずに、ただ立ち竦んでその光景を眺めていた。


 カグナが男とはいっても、スノーと年齢が変わらないため、巨大な蛇を相手にするには無理があったようだ。蛇は、カグナを地面に振り落とすと、彼が起き上がる前に足に巻きついた。そこから腿、胴体へと這い上がっていく。カグナは必死に抵抗するが、ついに首より下を蛇に巻きつかれ、捕らえられてしまったのだ。


 苦しむカグナを前に、スノーは立ち尽くしてしまった。大蛇は、棒が突き刺さった大きな口を、ゆっくりとカグナの頭に近付けていく。


 ……その時だった。カグナの体が、夕日の色に包まれ始めたのだ。瞬間、蛇は驚いたのか力を緩める。その隙を逃さなかったカグナは再び地面を蹴ると、蛇の頭の背後に降りた。そして両方の掌で火の玉を作り出すと、それを次々と蛇に向かって投げつける。

 カグナによって投げられた赤い火の玉が、どんどん蛇に命中していく。蛇は再び鈍い咆哮を上げると木の陰に隠れ、見えなくなってしまった。


 それをカグナが追い、幹の裏を覗いたが、そこにはもう蛇の姿はなかった。カグナはそれを確認すると、佇んだままのスノーの方を振り向き、大丈夫だと伝えた。だが、スノーは無反応だった。今、目の前で起きた出来事が未だに信じられないのだろう。


 カグナはスノーに近付いて彼女を抱きしめるが、やはり彼女から言葉は返ってこなかった。



 その日の夜、二人は日中に山で遭遇した出来事をイーザと皐に洗いざらい打ち明けた。話を聞くなり激怒したイーザは、すぐに家来に命じ、二人を別々の倉庫に閉じ込めたが、三日後に許されて外へ出された。


 父の話によると、三日の間に隣のヤヨイから占い師を呼び、カグナから生まれた力の正体を占わせたという。その結果、神力と判断された。この大和帝國において、仏力ではなく神力を開放させた事例は嘗てなかったため、国全体で大きく取り沙汰された。


 タカマに多くの者が訪れ、国王のイーザに問いかけが殺到した。だが、イーザは一切無言を貫いた。皐は今まで以上にカグナを庇うようになり、彼と付きっきりでいることが多くなったが、それをスノーは羨ましがった。しかし、カグナの存在が余計に負担をかけたようで、皐はある日を境に寝たきりの日々を送り始めた。


 スノーはそれ以来、一歩も屋敷の外へ出ず、三日三晩、母の側についていた。スノーは年齢のせいもあって、まだ姉二人のような訓練は受けられなかった。だから、血の繋がった姉妹の中で唯一、昼夜母の側にいたことになる。

 そんなスノーを、部屋の外からカグナも見ていた。皐はカグナには本当のことをまだ伝えていなかったが、彼は母の自分に対する言動などが、スノーとは違うことに気付き始めていたのだ。


 真相を知りたい……という好奇心のあまり、スノーが去った後、カグナは布団の中で眠っている皐を起こしにいった。

 皐は目を開けると体を起こし、カグナと向き合った。カグナも母に対し、幼い、それでいてキリッと据わった目を向ける。


 皐は彼の心中を察したように、ききたいことがあるのか、というようなことをきいた。するとカグナは、以前から引っかかっていたことを母に質問した。自分はスノーとは血が繋がっておらず、本当の母はもういないのではないか、と。


 皐はじっとカグナの紅の瞳を見つめた後、微かに頷いた。そして、これまで黙っていたことを詫びた。母は涙を流しながら、あなたに可哀想な思いをさせたくなかった、と話した。カグナも、すぐに母の気持ちを理解した。だが、そこに激しい憤りも覚えた。


 心の奥から湧き上がってくる、筆舌に尽くしがたいほどの怒り。生まれて間もない自分を無慈悲に捨てた、実の両親に対する怒り。そして、何も知らなかった自分への怒り。

 ――それらの感情が、カグナの体内で炎を生成した。


 カグナの体を、橙色の光が包み始めた。

 皐は、そのカグナの体を強く抱きしめる。カグナを落ち着かせようとしたのだが、その行動が取り返しのつかない悲劇を生んでしまった。カグナの発した炎が皐の衣服に燃え移り、それはやがて畳にまで広がった。そして、部屋が大きく燃え出したのだ。


 それを偶然、近くを通った使用人が見つけ、イーザに報告しにいった。すぐに多数の役人が消火活動に当たり、部屋の中を探し回ったが、二人の姿は見つからなかった。

 火が完全に消え、焼け崩れた屋敷の一部からは、皐の遺体だけが見つかった。カグナの姿はどこにもなかったが、イーザは民に皐とカグナはともに心中したと伝えた。


 それから数日も経たないうちに、数人の民が皐はカグナに殺されたのだと騒ぎ出した。初めは口を重くしていたイーザも、とうとう耐えきれなくなったのか、


「確かにカグナは皐の生んだ子ではない。しかし、カグナが皐を殺す理由がどこにある」


 と多数の民を前に公言してしまったのだ。それが更に民衆の糾弾に火を点け、「きっとカグナは生きていて、どこかにいるはずだ」と一人の民が見当をつけ、大捜索が始まった。しかし、カグナを見つけるまでには至らなかった。


 それがここ数日の間、カグナを見たという者が後を絶たない。カグナは生きていたのだ、と民は不本意ながらも嬉しがったという。やはり、憶断は間違っていなかったのだと。


 スノーもその噂を聞きつけ、カグナを探し回っていた。スノーは母の死を知らされた時、涙を流さなかった。悲しくなかったからではなく、信じたくなかったのだ。これまでずっと一時も離れずにいた母が、もうここにはいない。スノーにとって、これ以上の悲劇は二度と来ないのではないかと思うほど、大ダメージであった。


 スノーも本心ではないものの、心のどこかではカグナを恨んでいた。母を殺した張本人――即ち、仇をとらねばならない相手だからだ。



 雪太は予想を遥かに超える重い話に、開いた口が塞がらなかった。あんな活発な、元気そのものであるスノーに、そんな過去があったとは思い難い。


「今君に話したことは、すべて父上から聞いた話だ」


 ツキヨミは次いで、「多少の脚色が入っているのは否めない」と付け加えた。


「でも、なんで……あいつ、そんなこと一言も言ってなかったのに」

「君には聞かれたくなかったのだろうな。珍しく懐いている、たった一人の弟子に」


 雪太は床に敷かれた真紅の絨毯を見つめながら、唇を噛みしめた。だが、スノーの見せた、あの冷たい態度の正体がようやく理解できた。


「俺、あいつを探してきます」

「探して、どうする気だ」


 雪太の言葉に、すぐさまツキヨミは疑問を返してきた。もっともな質問に、雪太は顔を上げると再び彼女の男勝りな顔を見つめた。


「あいつを、安心させてやりたいんです」

「よくわからないが……私も手伝おう。スノーは、カグナを殺すつもりだ。だが、彼は神力を持っている。身体能力が優れているスノーであっても、とても敵う相手ではないだろう。万が一に備えて、一刻も早く見つけた方がいい」

「……はい」


 雪太は笑みで返事をし、扉の方に背を向けると部屋を出ていった。



 雪太は建物を後にすると、そのまま森に向かった。

 途中、またもや数人のクラスメイトと出会ったが、今度は雪太から視線を外した。後ろから冷たい視線が感じられるが、すべて無視した。今は、彼らのことを気にしている時ではない。早く、スノーに会わなければ。


 森の上空には雲が広がり、今にも降り出しそうな様子で居座っている。何故か、森に行けばスノーに会えると雪太は確信していた。足を踏み出すごとに、何かよくないことが起こりそうな予感が背筋を迸る。


 カグナは今日、初めて会ったが、何故か雪太に興味を持っている様子だった。雪太にも、これと言って心当たりがあるわけではないが、好奇心を寄せていたように思われる。あの熱気に満ち溢れた体は、思い返せば間違いなく神力であった。


 光河と同じ、焔の使い手。

 ――――火人。


 奥へ進んでいくに連れ、視界が暗くなる。遠くから、烏よりも凶暴そうな鳥の鳴き声。木々が風に煽られ、怪しい音を立てる。徐々に、雪太の心にも不安が芽生える。一旦、引き返そうかと思い始めたその時、何かが轟音とともに、炎のような光を放ちながら、雪太の頭上を通過した。

 炎のボールは、雪太の数メートル前まで来ると着地し、人の姿と化した。


 短い赤髪、獣のような瞳、整った容姿……カグナだ。


 カグナはゆっくりと雪太に歩み寄ってきた。


「よう。また会ったな」

「スノーはどこだ」


 雪太は怯むことなく訊問する。


「さぁ、知らねえな。一人山奥で修行して、タカマに戻ってきた時に色々調べたけど、お前、あの例の召喚者の一人なんだろ? んで、今はスノーの召使いなんだってな」


 どのようにして調べたのか見当もつかないが、今は深く考えないことにした。雪太はカグナを紅い眼を見つめながら、


「お前に……ききたいことがある」

「何だ? スノーなら知らねえよ」

「いや、違う。ツキヨミさんから、お前のことを少し聞いた。本当にお前が……あいつの母親を殺したのか?」

「へえ、姉さんもお喋りになったもんだ。昔は口が堅くって、自分のことですら滅多に話さなかったんだけどな」


 カグナは雪太から視線をそらし、両手を後頭部に当てて木々の間から見える、灰色に染まった空を仰いだ。そして、ニヤリと口許を緩ませる。


「あぁ、そうだよ。だとしたら、何だって言うんだ?」


 もう一度、カグナは雪太を嘲笑するような眼差しで見た。その瞳に、雪太は少しの違和感を拭えなかった。

 小馬鹿にしたような笑いの中に、罪悪感らしきものを感じる。孤独で、寂しい、それでいて誰にも縋ることのできない惨忍な波動。その正体が、雪太は掴めなかった。


 刹那、何かが俊敏な勢いで背後から雪太を通り過ぎた。二本の短剣を手にしたスノーが、地を強く蹴ってカグナに襲いかかった。それを予め読んでいたのか、カグナもスノーの二重剣撃が当たる前に急いで飛びしきった。だが、スノーはそのくらいでは諦めるはずもなく、カグナ目がけて再び突進した。


 カグナはスノーの攻撃をすべて避け、彼女から十分な距離をとると、両手から炎の玉を繰り出した。しかしスノーは、片方の手に握られた一本の剣を前に突き出しながら、カグナの胸元へと突っ込んでくる。

 雪太は危機感を覚え、彼女に注意を呼びかけようとしたが、間に合わなかった。


 一つの玉がスノーの腕に直撃し、彼女の速度が一気に落ちる。更に、もう一つの玉が右足に当たり、スノーは勢いよく倒れ込んだ。咄嗟に雪太は駆け出し、スノーを抱き起こした。彼女は目を閉じ、荒い息を吐いている。カグナはこれ以上、攻撃してこなかった。


「そいつ、弱いよ。昔も、俺がいなけりゃ何もできなかったしな。お前も、そろそろ見切りをつけた方がいいんじゃねーの?」


 雪太は顔を上げると、カグナに強い視線を送りつけた。悔しさとも怒りともつかない、名のつけようもないほどの鮮烈な感情。それらが雪太の心を奮い立たせ、カグナに対してこれ以上ない憎悪を抱かせる。


「そんなに凄むなよ。別に殺したわけじゃねーし」


 カグナはまた嘲笑を浮かべ、踵を返したかと思うと、忽ち炎の球となって森の更に奥へと飛び去ってしまった。


 雪太は再び、スノーに視線を落とした。スノーは少しだけ目を開き、力の抜けた腕を雪太の顔に伸ばしてきた。


「……ごめん……雪太……」


 雪太は初めてスノーから本名で呼ばれたことよりも、こんなに弱った彼女をこれまでに見たことがあったかと思いを巡らせた。

 雪太は、優しくスノーを抱いた。助けてあげられなかった……謝るべきは自分の方だ、そう言おうとしたが、言葉が出なかった。


 雪太はスノーを背負うと、村の方へ引き返した。主を守れなかった自分が悔しい。今度は、必ず守る。雪太の心は、次第に疼いていった。

ひとつ言い忘れましたが、更新はぼちぼちやっていきますので、よろしくお願いいたします(読んでくれてる人がいるかわかりませんが)。

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