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DAIWA戦争 〜異世界古事記〜  作者: 葉之和 駆刃
第二篇 オロチ
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『焔の使役者』

 神力の扱いにもだいぶ慣れてきた頃。雪太達は、アメノーシに集められた。


「これから、化物退治に向かう!」


 突然のことに、五人は何のことかさっぱり分からなかった。それを見て、アメノーシはフッと笑った。


「いやぁ、すまんすまん。最近の君達を見ていたら、こっちも高揚してしまってね。これから君達に頼みたいことは、ヤマタイ族が送ってくる化物の退治だ。君達はここ数週間で、神力の扱いにも慣れてきたと思う。だから、一度実践的なことをしてみてもいいかもしれない、イーザ様もそう仰っているのだ」


 イーザは、ウルフット三姉妹の父であり、大和帝國を築いたナギの子孫。つまり、現在の国王だ。そのイーザから、直々に討伐命令が下ったのだという。これまでに、何人もの人間が化物退治に出向いているが、成功した例は非常に少ない。


「召喚者を派遣するのは、君達が初めてだ。今からオノゴロ山という山に出向いてもらう。そこは、ヤマタイ族が度々出入りしており、化物も多く生息している。今回は、その中の炎龍を討伐してほしいとのことだ」


 一言に「倒してほしい」と言われても、その炎龍がどんな化物なのか見当もつかない。そこで、また例によって春也が説明を始める。


「炎龍というのは、火を操る怪物のことだよ。この国における神話にも登場する、伝説の生き物さ」


 得意気に話す春也。しかし、それが実在するとなると、簡単には近づけない。


「でも、炎龍は雨に弱いらしいんだ。雨が降っている時は、炎を繰り出すことができない。消えちゃうからね」


 今彼の言ったことが事実だとするならば、麻依の神力「天操」は必須らしい。あとは、残りのメンバーで敵を倒せばよいだけだ。四人も春也の言葉を信じ、その作戦でいくことにした。



 オノゴロ山に入ると、奥から不穏な咆哮のような声が聴こえてくる。一歩進むごとに、女子二人は自分の足音に怯えている。本当にこんなメンバーで化物退治など務まるのかと、雪太は不安を抱いた。

 やがて、段々と声が近くなってくる。きっと、この近くに化物がいるのだろう。五人は木の陰から、そっと顔を覗かせた。向こうに、体長五メートルはありそうな、巨大な龍の姿があった。早速、作戦を決行することにした。


 まず、麻依が目を閉じて手を合わせ、呪文を唱え始めた。すると、急に空が暗くなり、雨が降り始める。更には雷鳴も轟き、草木が激しく揺れた。見ると、炎龍が自分の住処に戻ろうと身を捩らせる。


「じゃあ、作戦通りいくよ」


 春也が振り向くと、皆はそれぞれの持ち場に散っていった。

 由佳が地面に両手を当て、瞼を閉じて念じ始める。すると、地面から蔓のようなものが飛び出した。その蔓は炎龍の手足に巻きつくと、動きを封じた。暴れる炎龍の前に春也が立ち、両手をかざすと強い光が炎龍の瞳を襲った。その光をまともに受けた炎龍は、目を開けなくなってしまい、余計に暴れ出した。

 春也が振り返り、


「今だよ」


 と叫んだ。彼が目を向けた先に立っていたのは、第六線のリーダー、雪太だった。雪太は由佳の出した蔓に手を当てると、蔓が凍り始める。雨が止むと、雪太の後ろから光河が走って来た。光河は高く跳び、雪太の肩をジャンプ台代わりにして更に弾みをつけた後、炎龍の背中に飛び乗った。そして自分の手から発火させ、その手を炎龍の背中につける。火は瞬く間に炎龍の全身を覆い、化物は咆哮を上げた。


「いやぁ、凍らせてからだとよく燃えるね」


 雪太の隣で、春也が感嘆したように呟いている。光河が飛び降り、しばらく経つと炎龍は灰になって消えていった。


「ふぅ、これでミッション完了だね。それじゃあ、このことをアメノーシさんに報告しにいこうか」


 春也が言うので、皆もそうすることにした。雪太も歩き出そうとすると、どこからか誰かの強い視線を感じたような気がした。咄嗟に振り返るが、誰もいるはずがない。それに気づいた春也が、


「雪太、どうしたの?」


 と声をかけてくる。きっと気のせいだろう。そう思うことにした雪太は、


「いや、何でもない」


 そう告げると、皆のところに向かった。あれは一体、何だったのだろうか。まるで誰かに見られているような、そんな気がしたのだ。それも、ただ視線を感じるというだけではなく、一言で言えば殺気のようなものが感じられたのだ。本当に気のせいだったのだろうかと、雪太は帰る途中、何度も後ろを振り返ったが、やはり誰もいなかった。



 帰ってくると、アメノーシは機嫌よく「イーザ様に報告しておく」とだけ言って帰っていった。この日は、それから特に訓練もなく、皆も自主練に行ってしまった。雪太と春也はタカマの森を歩いていると、春也が急に話し出した。


「それにしても雪太。君は訓練には全然参加してないのに、かなり使いこなせていたね。正直、ビックリしたよ」


 春也は、知っていてわざと言っているのだ。雪太はスノーに散々扱かれている。それ故、「氷成」という神力を捌けているのだ。

 その時、前方から声がした。


「あの、すみません」


 そこには、クシハダが一人でぽつんと立っている。


「どうかしたのか?」


 雪太がクシハダに声をかけると、彼女は少し顔を赤らめた。


「あなたと……お話がしたくて」


 恥ずかしそうに言うクシハダに雪太は近づいていくと、彼女の頭をそっと撫でた。そうすると、クシハダは更に嬉しそうな顔になる。雪太は、ふと後ろにいる春也のことが気になり、振り返った。その春也は、雪太を指差しながら、おどろおどろしく驚きの眼差しを向けている。


「雪太……、その子と友達なのかい?」

「友達っていうか、知り合いなんだけど……。お前、知ってるのか?」

「もちろんだよ!」


 そう言って走ってくると、春也が雪太の袖を掴んだ。


「一体、どこで知り合ったんだ?」

「何だよ」


 雪太は、春也の手を払った。何故、春也がここまで興奮しているのか見当もつかない。次に、春也はこう言うのだ。


「この方は、クシハダ様。隣の国、ヤヨイの姫だぞ!」


 それを聞いた雪太は、またクシハダの方を振り返った。クシハダはそれを聞くと、今度は俯いてしまい、雪太と目を合わせようとしない。


「やめてください……。私は、一人の少女としてあなたとお話したいだけなのです」


 彼女はまた、恥ずかしげに言った。雪太も、クシハダがヤヨイの姫だということは初耳だった。ただ単に、スノーの幼馴染だということしか聞いていなかったのだ。きっとまた春也は、ツキヨミの書斎に忍び込んで調べたのだろう。それから雪太は、春也から詳しく聞いた。


 大和帝國を築いたナギの家来の子孫が、クシハダの父であるイカヅチだ。イカヅチは、ヤヨイを統治している。クシハダはその娘だから、姫となるわけだ。


 三人はその後、スノーの屋敷に行った。いつもの如く、ウヅメが茶や菓子を出してもてなしてくれた。雪太はその光景に慣れているが、春也がここへ来たのは今回が初めてだった。


「この間は、協力してくれてありがとう」

「いえいえ、こちらも楽しかったです」


 春也は、すぐにウヅメと親しくなったようだ。二人が楽しく会話するのを、雪太は退屈そうに見ていた。そうすると、クシハダが雪太の隣に座った。

 まるで人形のように、可愛らしい佇まいをしている。


「先日は、ありがとうございました」

「……えっ?」

「その……父と母に色々なことを教えていただいて……」


 クシハダは、まだ少し気恥ずかしそうだ。すると彼女が突然、雪太の手を握ってきた。もしもここにスノーがいたら、あとで蹴り飛ばされそうだ。


「雪太様は氷人だとお聞きしましたが、やっぱり冷たいですね」


 雪太はもともと冷え症であるため、よく人から手が冷たいと言われる。現に、明日香も言っていた。そして、手に入れた神力も『氷成』ときたものだから、身体中が冷たくなるということだろう。雪太はあまり感じないが、他人からすればそうなのだということは、ここ最近の暮らしで分かってきている。


「……どうしたのですか?」


 無言の雪太に対し、クシハダが不思議そうに声をかける。その手は、まだ雪太の手に重なっていた。前を見ると、先ほどまで話を続けていた春也とウヅメも、こちらを見つめている。

 雪太は急に恥ずかしくなり、帰ろうと立ち上がった。


「もう、行ってしまわれるんですか?」


 クシハダが、寂しそうに尋ねる。しかし、雪太はあまりここいたくはなかったのだ。


「悪い、また今度な」

「あれ~、せっかくお隣の国のお姫様が話したいって仰ってるのに、もう帰っちゃうの? まったく、罪な王子様だね」

「誰か王子だ」


 春也の戯言も軽く流し、雪太はそそくさと部屋から離れた。クシハダに手を握られた時、不覚にもドキドキしてしまった。廊下を歩きながら、雪太は今日のことを思い返していた。


 今日は、運がよかった。普通なら、あんなにあっさり敵を倒すことはできないだろう。あの時は皆で協力できたから、無事に成し遂げられたのだ。本番では、すぐ近くに仲間がいるとは限らない。もしも自分一人だけだったら、敵の餌食になることは目に見えている。そう思うと、雪太は遣る瀬無い気持ちになっていった。


 そんなことを考えていると、アマテルの部屋を通りがかった。時に、アマテルは元気にしているだろうか。気になった雪太は、そっと部屋の戸を開けてみた。

 しかし、中には誰もいない。すると、後ろから誰かが声をかけてきた。


「雪太さん?」


 ビクッとなり、振り返るとそこにはアマテルが立っている。


「また……来てくださったのですね」


 アマテルは、嬉しそうに笑った。


「いや、ちょっと通りかかっただけで……」

「よかったら、中で話しません?」


 アマテルも、そう言って雪太を誘ってくる。仕方なく、雪太は彼女の部屋に上がらせてもらうことにした。


「今日は、化物討伐に行かれたと聞きましたが、大丈夫でしたか」


 アマテルも、雪太達が炎龍の討伐に行ったという話は耳にしているようだった。雪太が頷くと、


「実はわたくしも、心配しておりました。ですが、無事に帰って来られたようでよかったです」


 と、アマテルは心からの笑顔を見せる。雪太もそれを視界の中に収めると、今までにないくらいの安堵を覚えた。


「ところで、何か悩みがあるのではないですか」


 雪太を見つめながら、不意にアマテルが尋ねてきた。何故分かるのだろうと考えていると、彼女が先にこう答えた。


「あなたの先ほどの顔を見て、そうではないかと思ったのです」


 ……当たりだ。これほどまでに、他人の考えていることを言い当てられるだろうか。


「わたくしでよければ、何でも言ってくださいね。少しでも……あの時の恩返しがしたいので」


 アマテルが優しく言ってくれるので、雪太は思いきって尋ねることにした。どうすれば、神力を上手く使いこなせるのか。また、強くなるにはどうすればよいのか。最初からこの国で暮らしてきたアマテルなら、知っているはずだという確信があったからだ。

 しかし、雪太の話を聞いたアマテルから出た言葉は、意外なものだった。


「神力というのは本来、戦争のための力ではなかったのです」

「どういうことだ?」

「神力はもともと、神から授かりし力。人々の暮らしを豊かにするための力なのです。雪太さんの持つ‘氷成’も、本来は病人の熱を冷ましたり、夏の暑さをしのいだりするためのものであり、決して誰かを殺すためのものではありません。しかし、ヤマタイ族が攻めてくるようになってから、この国に暮らす人々の考えが根本的に変わってしまったのです」


 悲しそうな表情で語るアマテルを前に、雪太は同情せざるを得なくなった。神力は戦いの道具ではない……と言いたいのだろう。


「あなたには、それを知ってほしかったのです。でも、その力を使えばこの国は、以前のような平和を取り戻せると信じています」


 アマテルは、そう言ってまた微笑んだ。解決法は、自分で見つけるしかない。

 時に、雪太の脳裏にふとある疑問が突然現れた。


「ところで、あんたは俺達が使ってる文字を書けるのか?」


 彼女が引きこもっていた頃、雪太とは文字を紙に書いてやり取りしていた。その文字が、雪太が日本にいた頃に使っていたものだった。そのことが、どうしても引っかかっていたのだ。すると、アマテルが答える。


「それでしたら、よく人間界を覗きに行っておりましたもので、そこで覚えたのです。わたくしは、意識だけを別の世界へ飛ばすことができますから」


 そのような力があるとは知らなかった。おそらく、これはアマテルだけが所持している能力だろう、と雪太は思った。


 その後、雪太は黙って部屋を出た。風に当たり、先ほどの話について少し考えることにしたのだ。神力がもともと戦争のための力ではないと知り、誰も傷つけることなく平和な世界を取り戻す方法を模索した。

 しかし、当然ながらそんな都合のよい話はない。それでもアマテルを、この国の人間をこれ以上苦しめたくはなかったのだ。



 雪太が村を歩いていると、また強い視線を感じた。あの時と全く同じだ。咄嗟に身構えると周りを見渡して警戒するが、近くには誰もいない。その時だった。

 雪太の目の前に、炎が現れたのだ。咄嗟に、雪太は数メートル後ろへ退いた。

 その炎は、なんと人間の姿に変化した。炎の中から、一人の少年が現れる。


「これはこれは、召喚者殿」


 丁寧な物言いに、雪太は何故か寒気を覚える。


「誰だよ」


 身構えた状態のまま雪太が尋ねるが、その少年は微動だにしない。


「相手に名前をきく時は、そっちが先に名乗れ」

「郡山……雪太だ」

「俺は加具納カグナ

「加具納……?」


 「カグナ」と名乗った少年はニタリと笑い、雪太に歩み寄ってきた。その顔には、殺気も感じられる。雪太にとって危険な相手であるということは、一目瞭然だ。


「お前、召喚者だろ」

「何故、知ってる」

「やっぱりな……。恰好を見れば、そのくらいのことは分かる」


 雪太は、カグナの正体がよく分からない。一体、何をしようというのだろうか。その時、カグナは言った。


「雪太っていったか? お前、俺と勝負しろ」

「勝負……?」

「どうせ神力使いなんだろ? だったら、俺が品定めしてやるよ。そして、教えてやる。お前が、如何に無力かってことをな!」


 カグナが近づくにつれて、雪太の身体から大量の汗が噴き出してくる。いつ呼吸困難になってもおかしくない状況だ。すると、何かがカグナを攻撃した。カグナは飛び上がり、宙を舞うと雪太から離れて着地した。雪太は汗で滲んだ目を擦ると、目の前にはスノーの後ろ姿があった。

 スノーは剣をカグナに向け、彼を睨みつけている。


「へぇ、久しぶりだね」


 カグナは、スノーのことを知っているように話しかけるが、スノーは睨みつけたまま、今にも襲いかかろうとしている。雪太は、その状況が読めずにいた。そして、再びスノーがカグナに攻撃を仕かける。しかしまたもや避けられ、今度はカグナを炎が包みこんだ。そのまま、炎とともに消えてしまった。いや、逃げていったのだ。スノーもまた、それを追いかけた。


「待て! 母上の仇~!」


 スノーが叫ぶのを、雪太もはっきりと聞いた。


 スノーは、逃げる火の玉を追い続けていく。何かあるはずだ。そんな不確かな確信が、雪太の中で渦巻いた。

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