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DAIWA戦争 〜異世界古事記〜  作者: 葉之和 駆刃
第二篇 オロチ
22/37

『儀式』

 雪太達は、ツキヨミの部屋に出向いた。本当ならば、アメノーシを通してでないと入ることはできないのだが、今回は直接行くことにした。その方が、本気なのだということを相手に示せるからだ。


 雪太は、部屋をノックした。すると、すぐに返事が返ってきたので、雪太はそっと扉を開けた。中には、やはりツキヨミの姿があった。しかも、部屋には雪太だけではなく春也や他のメンバーも入ってきたで、ツキヨミは少し驚いたような表情を見せた。


 そこで、雪太は例のことをツキヨミに話した。部屋に引きこもっているアマテルを、外に連れ出したいという旨を、真剣に伝えた。彼らの話を聞いたツキヨミは、本気なのかといった顔をしている。しかし雪太達の顔を見て本気だと分かったのか、難しい顔になった。


 そこで、雪太は自分の考えた作戦をツキヨミに述べた。それを聞いて、ツキヨミも納得してくれた。が、次にある質問をされた。


「何故君は、そこまでして姉上を連れ出そうしてくれているのだ」


 その理由の一つとして、まずアマテルが哀れでならないというのがある。しかし、理由はもう一つあった。


「スノーと……対面させてやりたいんです」

「スノーと?」

「あいつ、いつもは強く振る舞ってるけど、内心はとても辛いんだと思います。見てると、そんな気がしてくるんですよ。それ見てたら俺、昔の自分見てるみたいで、心苦しくなるんです」

「……分かった。君の言う通りにしよう」


 ツキヨミは、笑顔で承諾してくれた。そして背を向けると、部屋のカーテンを開ける。すると、外の陽射しが中に舞い込んできた。あまりに眩しく、思わず春也達は目を細めた。そして、ツキヨミがこんな話を始めるのだ。


「姉上は、この国の太陽だった。人々の間に争いが生じれば、その心を鎮めておられた。この国で暮らす人々にとって姉上は、なくてはならない存在だったのだ。しかし、姉上がいなくなってしまわれた今では、この国は憎悪に満ち溢れている。人を憎しみ、罪を擦り付け合っているのだ。姉上がこの国を照らしてくださらない限り……人々の心は、より闇に覆われていくだろう」


 ツキヨミは再び雪太達の方を向くと、


「すまない、余計な話をしてしまった。我々も、出来る範囲で協力させてもらおう」


 と微笑しながら言うと、部屋を出ていってしまった。雪太は今の話を聞いて、何が何でもアマテルを助け出したいという気持ちになった。彼女が出て来なければ、この国は滅茶苦茶になってしまう、そう思えたからだ。


 外に出ると、春也が尋ねてきた。


「で、どうするんだい? ほんとに、あの作戦でいくのかい?」

「あぁ、それしか方法がない気がするんだ」


 屋敷の庭に来ると、雪太は使用人に頼んで物置から太鼓などの楽器を持ってこさせた。まるで今から祭りでも行われるかのように、庭には多くの太鼓が並べられた。


「雪太様、これは……?」


 使用人の中に、ウヅメの姿もある。ウヅメは、綺麗な着物を身に纏っている。雪太は、ウヅメに近づくと告げた。


「今夜は、よろしく頼む」

「ほ……、本当に私でよろしいのですか?」

「あんたしかいないんだ、頼む」

「……分かりました。私も、あなた様のお役に立ちたいですもの」


 ウヅメはニッコリ微笑むと、向こうに行ってしまった。今の言葉が気になるところだが、今は目の前のことに集中しなければならない。雪太は、次に何をすればよいか考えていた。

 と、そこへ聞き覚えのある声がした。


「おい、何だこれ!」

「まるで、何かのフェスティバルみたいだね!」


 振り向くと、各部隊のリーダーが集まってきている。


「こっちは大変だってのに、お前らは楽しくお祭りごっこかよ! 殺すぞ!」


 西和が近づいてくるや否や、雪太の襟を掴んだ。今にも殴りかかってきそうな西和を、春也が宥める。


「まぁまぁ、俺達はこれからこの国のために大切なことをするんだよ」

「大切なことだと?」

「みんな、アマテルさんが引きこもっているのは知ってるよね。俺達は、これから彼女を外の世界に連れ出そうとしているんだよ」

「それの、どこが大切なことなんだい?」


 春也の話を傍聴していた一条も、嫌味っぽく尋ねてくる。


「僕らからしたら、エスケーピズム(現実逃避)してるようにしか見えないけど」

「俺達よりも先に神力得たくらいで、あんま調子に乗んなよ」


 法隆寺と榛原も、口を揃えて言う。しかし、その場にいた中で明日香だけは違った。


「ちょっと、そんな言い方しなくてもいいでしょ。雪ちゃん達だって、きっと理由があるのよ。だから、私は応援するね」


 明日香は、雪太の手をとった。しかし、それにより場の空気はますます悪くなる。無論、明日香には悪気はないのだが。


「チッ、行こうぜ!」


 西和達は、雪太達を睨むと帰っていってしまった。彼らは、やはり第六線のことが気に入らないのだろう。一番下の部隊であるにもかかわらず、どの部隊よりも先に神力を得てしまった。あそこでイーザが第六線の勝利を宣告しなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。人間というのはどこの世界でも、理不尽な理由ですぐに人を恨むものだ。その時、雪太は改めてそう思った。

 他の者達は帰ってしまったが、明日香だけが何か手伝えることはないかときいてきた。そこで雪太は、スノーの姿が見えなくなっていることに気づく。あれから、どこに行ってしまったのだろう。そして、明日香にスノーの捜索を頼むことにした。アマテルが部屋の中から出て来た時、できればすぐに会わせられるようにしておきたいからだ。


 明日香は雪太からの頼みを聞き入れると、すぐに森の奥へと走っていった。雪太が彼女に依頼したのは、自分が捜しに行くよりも彼女が行った方が、スノーも戻ってきてくれるような予感がしたからだ。



 やがて陽が沈み、夜になった。外は真っ暗で、あるのは行燈の灯りだけだ。間もなく、儀式が執り行われようとしている。部屋の前で騒げば、アマテルもきっと気になって部屋の戸を開けるに違いない。その隙を狙って、部屋から引っ張り出すのだ。


 時に、明日香は大丈夫だろうかと雪太は心配になった。あの森には化物も多く生息しているのだ。明日香はまだ神力を手に入れていないため、襲われたら為す術がない。それを危惧していたのは、もちろん雪太だけではなかった。


「雪太、様子を見に行った方がいいんじゃないのかい?」


 春也もまた、心配そうに雪太を見ている。明日香の幼馴染として、通ずるものがあったのかもしれない。雪太が行こうとした時、笛が鳴り響いた。ついに、儀式が始まったのだ。太鼓の音も、近くの木々に振動を与えている。笛の音色に合わせ、ウヅメも踊り始める。やはり美しい。少し見ているだけで、見惚れてしまいそうな舞いだ。


 ――――その時。小石が雪太の足元に当たり、撥ね返った石が数センチ先へ転がった。


 周りを見回すと、遠くの木の上に影が見える。そこから、誰かが次々とこちらに小石を投げてくる気がした。それは、ウヅメや演奏している者を無差別に攻撃した。

 雪太は目を凝らしてみるが、暗くてよく見えない。その時、春也が前に出てきた。


「俺に任せて」


 春也は両手を頭より少し上に掲げると、掌からカメラのフラッシュのような強光を放出した。それにより、その人物の顔が鮮明に照らし出される。

 石を投げてきていたのは、第四線の香芝健一朗だったのだ。香芝は、


「失敗しちゃえ~、死ね死ね!」


 などと言いながら、木の上から次々に石を投げ続けてくる。周りは騒然となり、演奏は一時中断せざるを得ない状況となった。


「ちょっと、やめてよ~!」


 由佳は叫んだが、香芝は無論やめようとしない。それを見て、雪太は大体の見当をつけた。きっとこれは西和からの命令だ。雪太達の作戦を、台無しにしようと目論んでいるのだろう。ウヅメもやめるよう懇願するが、やはり香芝はきかなかった。


 どうにかできないものかと雪太は周りに目を配るが、これといって役に立ちそうなものはない。すると、寝ている光河に目がいった。こんな状況でよく寝ていられるものだ、とまた呆れてしまう。それにしても、香芝がいる木と雪太達の距離は外見上、五十メートルほどもあるに、的確に狙ったところへ石を投げつけている。

 香芝のコントロールは、クラスの中でもトップクラスだ。しかも、小石を投げる様子は楽しんでいるようにも見て取れた。


 数分経っても、次々に石が雪太達のところに飛んでくる。雪太は諦め、相手からやめるのを待つことにした。しかし、この判断が悪運を招いてしまったようだ。

 香芝の投げた小石のうち、一つが寝ている光河の頭を直撃したのだ。それを見た瞬間、光河の性格を知っている第六線のメンバーは凍りついた。


 ウヅメは不安気に、


「だ、大丈夫ですか?」


 と光河に声をかけている。雪太は咄嗟に、ウヅメの手首を掴んで光河から引き離した。そして、光河はゆっくりと起き上がる。


「誰、安眠妨害したの……殺す」


 光河の手から、炎が燃え上がった。その炎は徐々に大きくなり、香芝のいる木まで火の粉を飛ばし始めたのだ。香芝は咄嗟に別の木に乗り移り、難を逃れた。その直後、先ほどまでいた木に火が点いて激しく燃え始めた。この屋敷は、全体を森で覆われているため、このままでは燃え広がって山火事になってしまう。

 雪太は、振り向きざまに由佳に指示を出した。


「磯城野。川から水、運べるか?」

「分かった、やってみる」


 由佳が答えると、目を閉じて念じ始める。数十秒後、大量の水が庭に押し寄せてきた。燃え上がった木々を洗い、消火した。

 由佳の神力は「緑心」のため、自然を思うままに操れるのだ。日々の訓練により、扱いにもだいぶ慣れていた。

 それでも、まだ火は残っている。そのため、仕上げは天気を操れる麻依が雨を降らし、完全に消火した。これで一安心だ。


 香芝はすでに帰ってしまったらしく、また演奏ができる状況にできた。使用人達はまだ少し混乱しているようだったが、徐々に落ち着きを取り戻し、演奏を再開しようとした。


 すると、ウヅメが何かに気付いた様子を見せる。


「スノー様……」


 森の奥から、明日香がスノーを連れて戻ってきた。明日香はスノーから手を離し、雪太の前まで来た。


「ごめんね、雪ちゃん。捜してたら、遅くなっちゃって」


 雪太がスノーの方を見ると、彼女は俯いたまま顔を上げようとしない。それはようやく自覚し、反省しているような顔にも見えた。雪太は、やはり明日香に頼んで正解だったと思った。

 そして演奏が再開され、ウヅメはまた踊り出した。その音は、部屋の中にいるアマテルにも聴こえていたのだ。


 雪太は、アマテルがいる部屋の前に立った。そして、


「聴こえるか? みんな、あんたのことを心配してる。だから……聞かせてほしいんだ、あんたの声」


 と声をかける。無論、返事はない。


 ……と思ったら、聞こえたのだ。微かな、女性の声らしきものが。


「外が賑やかですが……何かあったのでしょうか」


 その質問に、雪太は冷静に返答する。


「あんたよりも美しい女が、今踊ってる。大層な美人で、非の打ちどころがないくらい、美しい舞いを披露してくれている」


 これは、雪太がついた嘘だった。確かにウヅメは美しいが、アマテルとは対面したことがないので、彼女より美人かどうかも分からない。すると、今度は強い口調でこんな返事が返ってきた。


「そんな方が、本当にいらっしゃるのですか」

「あぁ、いるよ」

「では、何という名ですか」


 障子に、確かに女の影が映って見える。アマテルが、襖のすぐ前にいるという証拠だ。もうすぐ、彼女に会える。雪太が敢えて何も答えずにいると、鍵の外れるような音が響いて聞こえた。

 襖が、ゆっくりと開いていく。次に、雪太の目に飛び込んできたのは、痩せ細った女の姿だった。しかし、美しい容姿をしているということだけは分かる。


 雪太はその瞬間、アマテルの両手首を掴み、思いきり手前に引いた。アマテルを、外の世界に連れ出すことに成功したのだ。すると、周りからは歓声が沸いた。

 続いて雪太が、アマテルを見つめながら告げた。


「あんたは、この国の太陽だ。太陽は、この世界に二つとして存在し得ない。誰もあんたの代わりにはなれないんだ。この世界をまた、あんたの光で強く照らしてくれ」

「はい……」


 アマテルから、いくつもの涙が零れ落ちた。それとほぼ同時に、何かがアマテルの胸に飛び込んできたのだ。アマテルが下を見ると、スノーが彼女の体にしがみついていた。

 スノーは顔を上げると、アマテルに言った。


「姉上、ごめんなさい! おいら……もう姉上に会えないんじゃないかって思うと、怖くなって……」


 スノーの顔面は、すでに涙に覆われていた。そんなスノーを、アマテルは抱きしめる。


「よいのですよ。私はもう、逃げたりしません。いつも、あなたの傍におります」


 それを見届けた後、雪太は皆のところに戻り、自分達もまた、部屋に戻ることにした。あの一部始終を見ていた明日香の目にも、涙が滲んでいた。



 森を抜け、六人は建物の前に戻ると、何人かの生徒が外に出ていた。各部隊のリーダー達だ。それを認めると、春也が彼らに声をかける。


「やあ、どうしたんだい。お陰様で、作戦は上手くいったよ」

「それはよかったね。まあ、僕達には一切関係のないトピックだけど」


 法隆寺は、また捻くれたことを言う。西和に至っては、「チッ」と舌を鳴らして雪太達を睨んでいる。すると今度は榛原が前に出てきて、


「俺らは、まだお前らのことを認めたわけじゃないからな」


 とだけ言い残し、中に入っていった。ここで、雪太の確信は更に高まる。近いうちに、他の部隊が揃って第六線を潰しに来るかもしれない。そうならないように、今よりもっと強くならなければならない。

 一条が、決心を固めている雪太のところに来てポンと彼の肩に手を置き、無言で建物の中に姿を消した。バカにしたような視線から、同情したような憐れみの眼差しに変わっていた。あの男は、雪太の事情をすべて見抜いているのだろうか。


 後ろからは、由佳や麻依の声が聞こえる。


「何なの、あの目」

「絶対、バカにしてるよね」


 雪太が空を見上げると、朝陽が昇り始めていた。その光は、森中を寂しく照らし続けていた。



 部屋に戻った雪太は疲れてベッドで寝ていると、誰かがドアを開けた。そして、一つの影が雪太を覆う。雪太は目を開けると、そこにはなんとアマテルの姿があったのだ。雪太は驚き、反射的に飛び起きてベッドの上に正座した。何故ここにアマテルがいるのか理解できずにいる雪太に、彼女が笑顔で話しかけたのだ。


「私、ちゃんとお礼を言っておりませんでしたね。あなたが、ツキヨミに提案してくれたのでしょう? 本当に、ありがとうございました」


 アマテルはそう言い終えると、雪太の手をぎゅっと握りしめてきた。その手は温かく、雪太は顔の周りが熱くなるのを覚えた。明日香に握られた時とはまた違う、別の温もりを感じた。

 アマテルはまた彼に優しく微笑むと、部屋を出ていってしまった。雪太はしばらくの間、その場で硬直していた。ますます目が冴えてしまい、今夜は眠れそうもない。

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