『.vs 第三線』
雪太達は朝、食堂で朝食を振る舞われた。思えばここ数日、ろくなものを食べていなかった。この日は、全部隊同じものを供給された。侍女達が、次々と料理を運んで来る。皆、それを待ち遠しそうに見ていた。
全ての料理が運び終わると、侍女達は厨房に戻っていった。クラスメイト達は好きな席に座り、友達と談笑しながら食べ始める。ここに連れて来られた時とは、何かが違うように見えた。雪太は敢えて、誰も座っていない席を選んだ。
次の戦いに備え、集中したかったのだ。次の対戦相手は、やはり第三線だった。思った通り、第四線では勝ち目がなかったのだろう。
目の前には、料理の乗った皿が綺麗に並べられている。食べ始めようとした時、誰かに声をかけられた。
「ねぇ、相席いい?」
前を向くと、同じクラスの女子が立っている。特に断る理由もないので、雪太は頷いた。その女子は、生駒恵美という。恵美は、第二線に配属されている。
「私のところ、女の子が多いから、お互いの関係とかあんまりよくないんだ。だから全然チームワークとかできなくて、負けちゃった」
恵美は、食べながら語った。第二線は一条以外、女子ばかりの部隊だ。それにしても、恵美は毎日、あの吹部三人とナルシスト一条を相手にしているのだろうか。そう思うと、少し同情した。本当に、ご苦労様としか言いようがない。
「ねぇ、郡山君達は第五線との試合、勝ったんでしょ? すごいなぁ、私達も見習わなくちゃ」
無言で食事している雪太に対し、恵美は気さくに話しかけてくる。恵美は現実世界でも、初対面の人とも仲良くできるタイプだった。しかし雪太にとって、正直今はあまり構ってきてほしくなかった。
次も、どうにかして勝たなければいけない。内容はまだ知らされていないが、神力を得るためには、この戦いで優勝するしか方法はない。だから、今は少しでも心を落ち着かせておきたかったのだ。
「そう言えば郡山君、この国の人に直々に鍛えてもらってるって本当?」
「誰から聞いた?」
「吉野君。あれ、確か同じ部隊だよね?」
恵美は、不思議そうに尋ねてくる。つまりあの時、春也は雪太とスノーが一緒にいるのを見て、気が付いたのだろう。春也のお喋り癖は今に始まったことではないが、それでもこの時の雪太には応えた。
「ちょっと、今集中したいんだけど……」
雪太が恵美に言った直後、
「あ、私達も相席でいい?」
と、橿原藍が尋ねてくる。見ると、紗矢香も一緒だ。雪太は仕方なく、許可を出した。そして、二人とも同じテーブルの席に着く。
「私、第四線だけど、一回戦で負けちゃったの。やっぱり、人数一人少なかったからなぁ。郡山君達は、一つ上の部隊に勝ったんでしょ? すごいね、トミーもそう思わない?」
藍が、目の前に座っている紗矢香に話しかける。しかし、紗矢香は口を開こうとしない。それもそのはずだ。雪太達が勝ったのは、紗矢香が所属する部隊だったのだ。藍もそれに気付いた様子を見せた。
「あ、ごめん……」
藍は、紗矢香に謝った。しかし、紗矢香は無言のままだった。それを横から雪太も見ていると突然、紗矢香が自分の茶碗を雪太に差し出してきたのだ。そこには、肉団子が一つ入っている。それを不思議そうに見ていると、
「あげる」
と、紗矢香が言ってきた。
「あ……、いいのか?」
雪太は尋ねると、紗矢香が言うのだ。
「あの時の……、お返し……」
紗矢香が言うには、一回戦で足に怪我を負った際、雪太が手当てをしてくれた。その時の礼をまだしていなかったから、肉団子をくれるのだという。雪太は、特に気にしていなかったが、これが紗矢香の気持ちなのだろうと思い、受け取ることにした。
「あれ? トミー、肉団子食べられないだけじゃないの?」
すかさず、藍が茶々を入れてくる。すると、
「関係ないから!」
そう言いながら、紗矢香は席を立った。そして、雪太の方を向くと、
「いい? 勘違いしないでよね、借り作られたままだと気分が悪かったから、あげただけだから。それと、私達に勝ったんだから次も勝ちなさいよね。じゃないと、許さないから!」
とだけ言い、またどこかに行ってしまった。
「あ、じゃあ私達もそろそろ行くね。生駒ちゃん、行こう」
「そうだね。郡山君、頑張ってね」
藍と恵美も、そう言うと立ち上がって向こうに行ってしまった。雪太は、また一人になった。雪太は、紗矢香がくれた肉団子を食した。人からもらったものを食べると、何故か妙な味がする。これが気持ちの味だろうか、いや、多分気のせいだろう。第一、紗矢香がそのようなことを考えるはずがない。
雪太は、今はできるだけ余計なことを考えないようにした。これから、大事な一戦がある。今は、気持ちを集中させよう。そう思った矢先、また空気の読めないやつが声をかけてくる。
「いやぁ、この間は色々とミスカルキュレーションがあったみたいだね!」
その話口調、顔を見なくても分かる。第五線のリーダー、法隆寺だ。
「あれは、僕らが弱かったんじゃない。君達がラッキーだったからだよ!」
典型的な負け惜しみを述べる法隆寺。聞いていて甚だ寒い部分がある。雪太も、適当に聞き流していた。
「ま、次も頑張るといいね! 応援するよ」
法隆寺は雪太に対し、軽く手を振ると余裕な様子でその場から離れていった。それだけ言うために、態々雪太のところまで来たのだろうか。そうだとすると、ご苦労様だ。
そして、第三線との試合が始まる。二回戦は、一回戦とはルールが異なる。
メンバー一人ひとりに、担当者から竹刀が渡された。それを持って山の中に入り、対戦相手と出会ったら互いに対峙するという勝負のようだ。相手の攻撃をかわしつつ、相手の体のどこかに、竹刀の先を当てると勝ちらしい。
負けた者は山を下り、どちらかの部隊が全滅した時点で勝敗が決まる。よくある、生き残り戦というやつだ。
早速、二つの部隊はフィールドとなる山を登った。そこで、また第六線だけ一ヶ所に集まり、作戦会議をする。
「さて、今回は前回に比べて厳しい戦いになりそうだ。前線は誰が張る?」
先に、春也が切り出した。皆、それを聞いて黙ってしまう。この中では、一番瞬発力があるのは雪太だ。次に光河だが、本調子の時とそうでない時があるため、前線には不向きだった。麻依は、この中では誰よりも足が速いが、今回はあまり使わないだろう。春也と由佳に関しては、運動は全くできない。
相談した結果、雪太が先頭を歩くことになった。次に光河、麻依が続き、春也と由佳は後方を歩いた。
「ねぇ、相手チームには誰がいるんだっけ?」
由佳が、春也にきいた。
「うん。まぁ、リーダーの榛原君以外は、文化系オタクの集まりだからね。俺達にも、勝ち目はあるんじゃないかな」
対戦相手である第三線のメンバーは、榛原生、五條勇太、御所実、王寺ひかり、山辺真由子という面子だ。リーダーである榛原は、現実世界で剣道部に所属しており、その中で最も警戒すべき相手だ。それ以外の面子は、春也の言った通り文化系なので、そこまで警戒しなくてもよいだろう。
などと言っているうちに、光河がごね始めた。これ以上歩けないと言い、地面に座り込んでしまった。それも、皆にとっては想定済みと言えば想定済みだった。幸い、敵は近くにいないようだ。雪太は、今のうちに光河を立たせようとした。
「おい、こんなとこ見つかったら相手の思う壺だぞ。終わったら休めるから、今は頑張れよ」
「嫌、もう疲れた。休む」
「おい、立てって」
「ヤダ~、休む~」
光河は、なかなか立ち上がろうとしない。どうしたものかと、雪太達は頭を悩ませた。すると、春也が言った。
「ここは俺達に任せて、雪太は先に行けよ」
「え、でも……」
「大丈夫、何とかするから」
女子二人も、雪太を見て頷く。雪太は不安だったが、四人を残して足を進めた。春也の話では、敵はバラバラに動いているとのことだ。それなら、数人と遭遇する可能性は少ないだろう。
……と思っていると、いきなり二人同時に遭遇した。五條と御所だ。二人は出席番号が続いているせいか仲がよい。そのため、一緒に行動をとっていたのだろう。二人は雪太を見ると、咄嗟に竹刀を構える。雪太も、腰につけていた竹刀を抜くと二人に向けた。
「あれ、一人? よっしゃ、ラッキー。じゃあ、さっさと片付けちゃおうぜ!」
「そうだな。コイツさえどうにかすれば、あとは楽勝だもんな!」
五條と御所が、意気揚々と言っている。雪太にとっては、かなり不利な状況を作られてしまった。
「二対一とは、ちょっと不公平じゃないですかね」
「はぁ? ルール説明の時に、一対一じゃないとダメなんて言ってなかったからいいんだよ!」
「そうだ、そんなこと誰も言ってなかったぞ!」
二人は言い放った。確かに、言われてみればそうだ。雪太は、何も反論できなかった。相手は、雪太より運動神経がよくない。とはいえ、二人同時に相手をするとなると、流石に厳しい。
どうすればいい……そんなことを考えていると、ガサガサという音がどこからか聞こえてきた。誰かが、こちらに向かっているようだ。味方ならば吉、敵ならば凶といったところだ。
そして、草むらから何者かが飛び出した。それは、幸運にも味方の光河だった。空中で竹刀を振り上げると、そのまま二人の足を立て続けに攻撃する。二人は、その衝撃で膝を落とした。余程、痛かったのだろう。音だけ聴いても、それが十二分に分かった。
光河は着地すると、欠伸をして力が抜けたように、その場で眠ってしまった。雪太は、それを呆れながら見ていた。
その後、雪太は寝ている光河を背負いながら歩いた。その途中、春也が無線を送ってきた。その話の内容は、三人で行動していたが、途中で敵の女子二人と遭遇してしまったというものだ。そして対峙したが相打ちになってしまい、五人とも退場となったという。
これで、残るは第六線の雪太と光河、第三戦の榛原だけとなった。雪太は、榛原を探した。相手も今頃、雪太達を探しているはずだ。光河が戦意を喪失している今、雪太だけが頼りだった。あと一人倒せば、第一線との決勝に進める。
そして榛原と遭遇した。榛原は二人を見た途端、すぐに竹刀を構える。雪太も、自分の竹刀を構えた。それにしても、光河を背負ったままだと非常に戦いにくい。迷っていると、榛原が先に攻撃を仕かけてきた。雪太は咄嗟に、攻撃をかわそうと身体を逸らす。しかし、榛原の狙いは雪太ではなく、光河だったのだ。
光河の肩に、榛原が振り落とした竹刀が当たる。その瞬間、光河はこの戦いには参加できなくなった。雪太は光河を下ろすと、木の幹にもたれさせた。そして、光河が手にしていた竹刀を手に取る。
雪太は戻ると、二本の竹刀を榛原の方に向ける。先程の逆パターンだ。それを見た榛原が、怪訝そうにした。
「おい、まさか二本使って戦おうってんじゃないだろうな! ズルいぞ、ルール違反じゃないのか?」
榛原が叫んだ。しかし、雪太は言った。
「確かに、多対一がダメだとは言っていなかった。けど……、武器を二本使ってはいけないとも言っていなかったはずだ」
「チッ!」
榛原がそう舌を鳴らし、雪太目がけて駆けてくる。
「なめんなよ! 俺は剣道部だ! どんな状況であっても、絶対に勝ってやる!」
榛原が、竹刀を思いきり振り落としてきた。雪太は片方の手でそれを払い、もう片方の手で榛原の足を狙った。バチン! という音がした。榛原は握っていた竹刀を離し、両手で自分の足を抱える。これで、勝負はついた。
雪太が山を下りると、目の前に春也が来た。
「君なら、やってくれると信じてたよ。これで、あと一戦を残すのみとなった」
春也は、得意気に言った。しかし、その一方で嫌な視線も感じる。ふと春也の向こうを目にすると、五條や御所が不満気な視線を送ってきている。それもそのはずだと、雪太は思うのだった。まさか、第六線が決勝に進むなど夢にも思わなかっただろう。それでも、雪太達がここまで来たのは事実だ。あと一戦、頑張れば神力が手に入る。
アメノーシの話では、決勝戦は明日だ。それまでに、どんな試練が待ち受けていようと、必ず乗りきってみせる。雪太は、そう固く決心した。




