プロローグ 〜神に選ばれし召喚者達〜
初めてのファンタジー物です。
よろしくお願いします。
古風な、日本式の家々が立ち並ぶ小さな村。そこで、首がいくつもある蛇のような怪物が暴れ回っている。逃げ惑う子供、女達。鎧を身に着けた男達も必死に戦おうとするが、歯が立たない。家屋は薙ぎ倒され、怪物は村の中心部にまで侵食してくる。警鐘用の櫓を踏み付け、怒り狂ったような咆哮を上げる。
もうダメだ――誰もがそう思った時、一人の少年が日本刀のような剣を持ち、その怪物に向かっていく。黒い洋服に身を包み、剣だけを持って……。
男達は、呆然とそれを見つめている。自分達でも歯が立たなかったというのに、あんな無防備な格好で果敢に挑んでいく、そんな少年に対して驚愕の目を向けるのは当然だ。
しかし少年は、怯みもせずに剣を振りかざし、化物に向けて一気に振り落とした。その瞬間、眩いばかりの閃光が村中を照らす。その顛末を見ていた者達は、眩しさのあまり一斉に目を閉じた。
恐る恐る目を開けてみると、化物はどこにもいなかった。そして、少年の姿もいつの間にか消えていたのだ。あれは誰だったのか、知る者はいない。ただ、これだけは明白であった。その村は、少年によって救われたのだと。
女達は、涙を流して喜んだ。男達も歓喜に満ち溢れた声を上げたが、それはどこか虚しく響いた。残った者は潰れた家屋、荒れ果てた大地のみだった。確かに、あの勇者は化物を退治してくれた。しかし、それ以外の幸福は残してくれなかった。
「あのお方は、ナギ様の化身かもしれない」
不意に、一人の男が呟いた。
「ナギ様は、この村を我々の力だけで立て直せと仰せなのだ!」
「これまでの考えを改め、この村をもっと豊かにしよう!」
人々は口々にそう言って意気込んだ。村を救ってくれた礼に、今度は自分達だけで村を再び作り上げよという神のお告げだという風に、村の人々は考えたのだ。そしてそのことを記録するために祠を建て、この国を創った神を祀った。
しかしそれが数万年後、争いの火種となることに人々は気付く由もなかった。付け加えて、のちに二十九名の勇者達が現れることも……。
※
ここは日本。朝の教室。郡山雪太は誰かに叩き起こされ、目が覚めた。周りを見渡すと、いつも通りの風景が広がっていた。クラスメイト達の様々な会話が、入り混じって聞こえてくる。
「もう一限目始まるよ」
起こしてきたのは、雪太の前の席に座っていた女子、桜井明日香だった。雪太は、直前まで変な夢を見ていた気がしたが、よく思い出せない。
前の黒板の上にある壁掛け時計を見ると、明日香の言う通り、間も無く一限目が始まろうとする時刻だった。
雪太の通っている学校は、高ノ原学園高等学校という県立高校だ。
この日は月曜日。しかも、一時限目はいきなり数学という過酷なスケジュール。雪太は怠そうに欠伸をすると、授業の用意に取りかかった。
「……そうだ、雪ちゃん。次の授業が終わったら昨日言ってた、分からないとこ教えてよ」
また、明日香が振り向いた。明日香は、雪太のことを「雪ちゃん」と呼んでいる。雪太とは幼稚園からの幼馴染であるため、当時呼んでいた呼び名が、未だに抜けきっていないようだ。雪太からすれば、もうかなり恥ずかしい年頃だというのに。
雪太は眠たい目を擦りながら、
「いいよ」
とだけ、答えておいた。
「また、寝るの遅かったの?」
眠そうにする雪太を見て、明日香が尋ねてくる。雪太は完全な夜型で、朝には弱いのだ。家族からは早く寝ろと小言のように散々言われるのだが、どうしても治らない。勉強も、朝より夜の方が捗るくらいなのだから。
一限目が終わり、雪太は明日香に勉強を教えることになった。雪太は、このクラスの中では二位という高順位だった。そのため、クラスメイトなどから「勉強を教えてほしい」と言われることが多い。
雪太が明日香の勉強を見てあげていると、横から話しかけてくる男子がいた。
「やぁ、雪太。また明日香に勉強を教えてやってるのかい?」
横を向くと、吉野春也という男子生徒が立っている。彼は、身長は百六十五センチと男子にしては低く、童顔である。童顔といっても、顔は普通なのだが。春也もまた、二人の幼馴染だ。また読書家であり、よく難しい言い回しをしようとして、意味が通らずにいつも空回りしてしまう癖がある。それに付け加え、勉強が極端に苦手でテストで毎回欠点を複数取っている。
雪太は、春也のことをクラスの中で唯一下の名前で呼ぶ。
「何だよ、春也。お前も勉強ほしいのか?」
「いや、いい。雪太はレベル高すぎるから、何言ってるのか分かんないし。俺バカだから、少し上の順位のやつに教えてもらいたいよ」
春也が陽気に笑う。彼は実家が八百屋を営んでおり、毎日帰宅すると、すぐに手伝いに駆り出されるのだという。雪太は幼馴染ということもあり、実家には何度も遊びに行ったことがあるから知っているのだ。
春也は、雪太の一つ後ろの席に座ると、また前に話しかける。
「そういえばさ、今回の中間テスト、どうだったの? 大和君はまた、五教科すべて満点らしいよ? 雪太は?」
「うるさいな……」
雪太はいつもより増して眠かったせいか、少し苛々していた。しかし、それはいつものことであるため、春也は構わずに続けた。
「君はどうやったって、あいつには勝てないもんね! 将棋に剣道、おまけにゲームでもフルボッコ。だから、何においても二位。安定の二位。そう、常に約束された二位!」
春也があまりにもしつこく言うので、雪太は嫌気がさした。折角、明日香の勉強を見ていたのに、それすらやる気を喪失したように、面倒になった。
「あ、ごめんな、桜井。続きは、自分で考えてくれ」
「うん。分かった。もう、春也くんのせいで、雪ちゃんのやる気が無くなっちゃったよ。責任とってよね!」
「あぁ、悪い悪い。あとでジュース奢るから、許してよ」
「ほんとに?」
怒っていた明日香に、また笑顔が戻った。それを見て、雪太は呆れていた。明日香は、昔から単純だった。だから、雪太も彼女を宥める術は身につけている。
話を戻すが、先ほど春也が名を出した生徒は大和千尋といい、雪太と同じクラスの男子生徒だ。成績優秀で、東大合格は絶対と言われている。雪太からしてみれば、何故一般の県立高校に通っているのか不思議なレベルだ。
春也が話していた通り、雪太は何においても大和を上回ることができなかった。勉強にスポーツ、凡ゆることにおいて、劣っているのだ。得意とするゲームでさえも、一度大和の家へ行った時、一緒にプレイしたことがあるが、見事に敗北を食らった。どう足掻いても勝てない、それは、もはや認めるしかなかった。しかし、雪太にはそれができなかった。どうしても大和に勝ちたい、と何度も思い続けてきたのだ。
ただ優秀なだけであれば、まあ諦めがついたかもしれない。しかし、雪太が絶対に負けられないと思う理由は、ちゃんと存在していた。それは、大和が滅多に学校に姿を見せないことだ。噂によると、学校の授業はレベルが低すぎるため、家で家庭教師を雇っているのだという。そして、試験の日のみ登校してくるらしい。学校側も、成績に配慮して単位は与えているという話だった。
そんな奴に負けてたまるかと、雪太は今回も必死に勉強し、試験に臨んだが、またもやクラスで二位という結果に終わった。
納得がいかない。どうして、不登校の奴に負けなければならないのだと、雪太は大和に対する嫉妬心を燃やしていた。
昼休みになり、雪太が教室に戻ろうと廊下を歩いていると、前を歩いている女子達が、大和のことを話題にしているのが耳に入った。
「ねぇ、聞いた? 大和君、今回の中間も五教科全部満点なんだって」
「うわ、バケモンでしょ、それ」
「でき過ぎるっていうのも、なんか気持ち悪いかも……」
それは、次第に悪口のようになっていく。その女子達も雪太と同じクラスであり、高田亜梨沙、北みさと、高円遥香という。三人とも、吹奏楽部に所属している。クラスでは、吹部三人衆という呼称があるが、彼女達は知らない。何故、そう言われ始めたのかというと、今のように人の陰口や悪口などを言っていたなど、よく目撃証言があるせいだ。因みに、いつもいるのに三人の中は悪いという噂まである。
雪太は、彼女達と距離をとり、なるべく気付かれないようにしながら後ろを歩いていた。そこに、ある声がかかった。
「おう、雪太!」
振り返れば、またしても春也が手を振りながら歩いてくる。
「どうした?」
「君こそ、珍しいじゃん。教室の外にいるなんてさ」
「今日は弁当持ってきてないから、買いにいってただけだ。お前は?」
「俺も。教室で一緒に食べよう」
雪太と春也は、一緒に教室まで帰ることにした。それにしても、春也は雪太が始業から終業まで、移動教室以外は一日中一歩も外へ出ない、陰性だと思っているのだろうか。雪太からすれば心外極まりないが、言うのが面倒だったので、敢えてスルーすることにした。
教室に着くと、二人に気付いた明日香が声をかけてきた。
「あ、雪ちゃん、春也君! 一緒にご飯食べよう」
明日香の机には、まるで二人が戻ってくるのを待っていたかのように、触り心地の良さそうな、綺麗な布地の袋に包まれた弁当箱が置いてある。
「お、待っててくれたの?」
春也は明日香の誘いに応え、自分の椅子を明日香の机の横に持ってきた。雪太は彼女の一つ後ろの席だったため、いつものように自分の席に腰を下ろした。
明日香はいつも、女子とはあまり関わらず、雪太や春也にばかり構ってくる。だから、女子の友達は少ない方だった。
「あれ、雪ちゃん、お弁当それだけ? それにご飯と肉ばっかり。野菜も食べないと!」
明日香は、雪太の買ってきた弁当を見ながら言った。普段は、一緒に暮らしている家族に作ってもらっているから、多少は野菜が入っているのだが、自分で買ってくるとどうしても栄養が偏ってしまうことがある。その日は、たまたま家に雪太一人だったため、購買で買うことにしたのだ。
「私の、分けてあげようか?」
「いいよ、桜井。お前の分が減っちゃうから、悪いし」
「お、女の子からの頼みを断るなんて、なかなか罪だぞ、雪太」
隣から、春也が茶化してくる。すると明日香が、
「春也君は黙っててよ。でも、これじゃ体に悪いよ」
と、雪太に野菜を勧めてくる。明日香は昔から、少しお節介気質だった。それは雪太からしてみれば、迷惑極まりないのだけれども。
雪太は、面倒事は逸早く終わらせたい主義だった。よって結局、明日香から少し野菜を分けてもらうことにした。
三人は食べ終わり、春也は他の女子の中に入って、楽しく笑談している。社交的な春也に相反して、雪太は人見知り思考が強いため、自分の席からそれを見ているだけだった。雪太自身、全くタイプの違う春也と何故親しくなれたのか、今でも不思議でならなかった。
「いやあ、あれは本当にバケモンだね。噂では、もう東大への内定もらってるって話さ」
「え? マジで言ってる? いいなあ、私もそのくらい賢かったらなぁ」
「羨ましい〜」
春也と話しているのは、同じくクラスメイトの、登美紗矢香と橿原藍だ。二人とも成績は平均以上で、そこそこできる方だった。雪太はボーッとそれを眺めていると、突然また明日香が話しかけてくる。
「そういえば、雪ちゃん。好きな人っているの?」
明日香は、たまに突拍子もないことを言うことがある。どこから出てきたのか、というような話を突然持ち出してくるのだ。しかし、雪太はそれには慣れているため、
「いねーよ」
と、適当に答えた。そうすると、明日香が少し寂しそうな表情をしたように見えた。
「そうなんだ……。でも、雪ちゃん結構モテそうだけどね。私なんか、顔も性格も地味な方だし、雪ちゃんほど頭よくないし……」
明日香は、自分に自信が無いようだ。明日香の顔は、クラスの女子の中では一番と言ってよいほど綺麗な方なのだが、それでも自信が持てないというのは、なかなかの贅沢ではないかと雪太は思うのだった。口には出さないものの、明日香と昔ながらの友人であるということが、雪太にとって誇りに思えるほどだった。
突然、雪太は男子三人組に絡まれた。
「よう、郡山。また桜井とイチャイチャしやがって!」
そう言ってきたのは、二階堂瑛だった。金髪の彼は、遅刻や停学の常習犯だった。この間は喫煙が見つかり、停学期間が終わって出てきたばかりの不良だ。
瑛の後ろに控えているのは、広陵崇と大淀海だった。二人は、瑛のことを親分のように慕っており、いつも行動を共にしている。
単刀直入に言えば、三人とも明日香のことが好きだった。それ故に、明日香と一番仲のよい雪太にいつも突っかかってくるのだ。
「何を話してたんだよ?」
「あ、雪ちゃんに好きな人はいるかって聞いてたの」
瑛にきかれ、雪太が何か言う前に明日香が答えた。それは雪太にとって、最も余計な台詞だった。それが、更に瑛達の爆弾に火を点けたらしい。瑛が雪太を睨むと、同じように後ろの二人も睨んでくる。
「ほぅ、いい度胸じゃねえか。ちょっと廊下出ろよ」
瑛が、雪太の襟を掴む。雪太は助けを求めようと、春也の方を振り見たが、春也はまだ女子達との会話を続けていて、雪太の危機には当分気付かなさそうだ。雪太はもはや諦めモードになり、潔く立ち上がった。そこへ、一人の女子が通りかかった。雪太が不良達に絡まれているのに気付き、彼に助け舟を出した。
「ちょっと、何してんの!」
それは、ショートカットがトレードマークの西京子という女子だ。彼女は、学級委員を務めており、曲がった行いを見逃さない。瑛も京子に気付くと、
「何って、ちょっと遊んでやってるだけだよ」
「そんなこと言って、また暴力振るったら先生に言いつけるわよ!」
京子は、不良三人を前にしても肝が座っている。瑛は「チッ」と舌を鳴らし、自分の席に戻っていった。他の二人も、雪太を一瞥するなり瑛についていった。京子が来てくれなかったら、雪太は今頃殴られていたかもしれない。しかし京子が言うには、あくまで学級委員としての秩序を守っただけとのことだ。もう少し素直になればいいのにと、雪太は心の中で呟いた。
昼休みが終わる頃、席に春也が戻ってきた。
「いやぁ、さっきは大変だったみたいだね。助けに行ってもよかったけど、それじゃ君のためにならないと思ってね」
春也も、先ほどの出来事には気付いていたようだ。それでいて助けに来なかったというのは、自分の何を試したかったのだろうかと雪太は少し疑問に思った。
「私も、びっくりしちゃった。彼、なんで怒っちゃったのかな」
張本人の明日香も、そう呟いている。雪太は呆れてしまい、何も言う気になれなかった。しかしそれは、一種の日常茶飯事であり、雪太は反論することを諦めた。それでも、雪太はこんな思わずほっこりしてしまうような、極普通の日常が嫌いではなかった。ふと時計を見ると、間もなく昼からの授業が始まろうとしていた。
午後の授業も滞りなく進み、何事もなく終わった。昼からの授業は、どうしても眠たくなってしまうため、クラスには寝ている生徒も数人いたが、雪太は頑張って起きていた。授業が終わると寝ていた生徒も起き始め、帰りの用意をしたり、部活へ行く準備をしたりしている。雪太は部活には入っていないため、終わりのホームルームが始まるのを待っていた。
そして皆、担任の教師が入ってくるのを待っていた時、事件は起こる。待っている間、皆は様々な話に花を咲かせていた。春也も、前に座っている雪太にこう話しかけた。
「なぁ、これ終わったら寄り道していこうよ」
「ダメよ、ちゃんとまっすぐ帰らないと」
すかさず、明日香が注意する。
「いやぁ、やっぱり明日香は真面目だね。雪太も見習った方がいいよ」
「お前がな」
雪太は何気に前を向くと、異変に気付いた。明日香が、椅子に座ったまま硬直しているのだ。それを不審に思った雪太は、明日香に呼びかけてみる。
「おい、桜井? どうした?」
「身体が……、身体が動かない……」
明日香は何かに怯えたように、ただそう言っている。雪太は、彼女が何を言っているのかよく理解できなかった。しかしその直後、雪太も自分の足が動かなくなっていることに気が付いた。まるで金縛りにでも遭ったかのように、身体が言うことをきかない。そしてそれは、この二人だけではなかったのだ。
「ちょっと、何なのよこれ!」
「か、身体が動かねえ!」
皆、混乱したように口々に声を上げる。その時に春也が、
「これは、もしかしたら俺ら全員、異世界に連れていかれちゃったりして」
と、呑気に言っている。このクラスの中では、唯一呑気だ。しかし、雪太もそれどころではない。そのようなことがあるものかと思っていると、唐突に教室内の電気が消える。普通はカーテンの隙間などから光が漏れてくるはずだが、それすらもない、真っ暗闇だ。クラスの皆は、ますます混乱しているのが分かった。その時、教室の中を急に光明が照らし始めた。雪太は、もう何が何だか分からなかった。そして、目も開けていられなくなるほど、太陽よりも眩しい光に全員が包まれる。……いや、飲み込まれると表現した方が適切かもしれない。
この瞬間、雪太から意識が、感覚が、すべてなくなり、まるで「無」の世界に来たように、その光に吸い込まれていった。やがて光明が治まり、カーテンから太陽の光が射す頃には、教室内は蛻の殻となり、あるのは、それぞれの席に乱雑に放置された、鞄やノートなどの持ち物だけだった。
語彙力なくてごめんなさい!
これが限界です(笑)。
どうか、長い目で見てやって下さい(色々な意味で)。




