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(八)古語の助動詞「り」 上(導入)

▼「り」の活用


 「り」の活用は「ら・り・り・る・る・れ」です。「たり」の活用から前半を取った形ですね。

 この中で使う可能性が高いのは、「き」「たり」と同じく、終止形と連体形ぐらいだと思います。ちょっと書く程度なら、終止形「り」と連体形「る」を覚えておけば十分です。


 雰囲気をつかむために有名そうなフレーズを出しておきますね【注10】。


 「我、発見せり」の「り」

 「自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり」の「り」

 『眠れる森の美女』の「る」


 だいたいこんな感じで使われています。




▼「り」の連体形「る」は意外に馴染み深い


 もしかしたら、子供が読むような『眠れ()森の美女』を例に挙げたことで、驚いた方もおられるかもしれませんね。でも、ここで使われている「る」は間違いなく古語です。


 実は、連体形「る」には有名なフレーズが結構あるんです【注11】。


 ――眠れ()獅子

 ――死せ()孔明生け()仲達を走らす

 ――十二人の怒れ()

 ――さまよえ()オランダ人

 ――沈め()

 ――禍福はあざなえ()縄のごとし

 ――迷え()子羊

 ――狂へ()悪魔(※旧仮名遣い)


 ざっと思いついただけでも、これだけあります。「たり」の連体形「たる」の時には一つしか思い浮かばなかったのに、この差は一体何なんでしょうね(笑)

 このように


 動詞+連体形「る」


の組み合わせは結構馴染んだ表現が多いので、現代日本語でも、書名や新聞の見出し等で使われることがあります。ただし他の活用形ではほぼ見られない現象ですので、いわば連体詞の扱いということになるのでしょうか。


 では、なぜ、こんなによく使われているのに本編で「り」を扱わなかったのか、と申しますと……


 「り」はぶっちゃけ、一番面倒くさいんですよ!


 誰にとって、そしてどういう風に面倒くさいのかは、お読みになるうちにお分かりになるかと存じます。




▼「り」と「たり」は意味が同じ


 辞書で「り」と「たり」の説明を読み比べると、似ているような、似ていないような、そんな感じにまとめてあることが多いです。

 でも実際は、この二つの助動詞は全く同じ意味なのです。


 「眠れる森の美女」を「り」ではなく「たり」を使って書き換えてみますね。


 ――眠れ()森の美女

 ――眠り()()森の美女


 これ、意味は全く同じなんです。音が違うだけで、意味は完全に一致しています。

 要するに、どちらも連体形なので、存続/状態とお考えください。すなわち、くだんの森の美女は、現在眠っている状態にあります。

 ちなみに、


 ――眠り()森の美女


の場合は、過去しか意味がありません。よって彼女は、現在は目覚めている可能性大です。


 そんなわけで、「り」の意味についての解説はバッサリ省略!

 というか意味について書いても、本当に「たり」と同じことの繰り返しになるだけなんですよ(苦笑)。ですから、「たり」がうろ覚えな方は、恐れ入りますが本編をご参照ください。


 でもここで「り」の解説が終わるわけではありません。まだまだ先は続きますよー。




▼「き」「たり」二点セットから「き」「たり」「り」三点セットへ


 面倒な話はできるだけ後回しにしたいので、まずは「き」「たり」二点セットから「き」「たり」「り」三点セットへ移行することによって、どういう風に文体の幅が広がるかを見ていただこうかと思います。


 例文ですが、本編の「き」の解説で使った文章を再利用しますね。

 元の文章です。


 ――雷光をまとい()剣を掲げる姿に、一同は地にひれ伏した。


 自分で書いておいてアレですが、「雷光をまとい()剣」なんていう表現を使っている時点で、きっぱり悪文です。センスのかけらもありません。

 この時点では「き」(及び現代語の「た」)しか使えないという縛りプレイだったこともあって、大変お目汚しをしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。

 ということで、改めて書き直しますね。


 まずは、「き」「たり」二点セットでやってみます。


 ――雷光をまとい()()剣を掲げる姿に、一同、地にひれ伏し()

 ――雷光をまとい()()剣を掲げる姿に、一同、地にひれ伏し()()


 この時点であまりパターンを増やすと面倒なことになるので、とりあえずはこの二つにしておきます【注12】。

 前半は「雷光をまとい()剣」が使えないので同一となりますが、文末は二つの選択肢があります。静止画像的な「き」を取るか、動的な印象を与える「たり」を取るか、それは書き手の好み次第です。


 では続いて、「き」「たり」「り」三点セットに行きます。

 最初の二つはさっきとよく似ていますけれど、私の個人的な趣味で、動詞を口語活用ではなく文語活用にしておりますのでご注意ください(掲げる→掲ぐる)。


 ――(ア)雷光をまとい()()剣を掲ぐる姿に、一同、地にひれ伏し()

 ――(イ)雷光をまとい()()剣を掲ぐる姿に、一同、地にひれ伏し()()

 ――(ウ)雷光をまとい()()剣を掲ぐる姿に、一同、地にひれ伏せ()

 ――(エ)雷光をまとえ()剣を掲ぐる姿に、一同、地にひれ伏し()

 ――(オ)雷光をまとえ()剣を掲ぐる姿に、一同、地にひれ伏し()()

 ――(カ)雷光をまとえ()剣を掲ぐる姿に、一同、地にひれ伏せ()


 この通り、組み合わせが一気に増えましたね。

 何度も繰り返しますが、「たり」と「り」は意味は同じです。ですから、これらの例文において、(ア)と(エ)は全く意味は同じです。同様に(イ)、(ウ)、(オ)、(カ)も全部同じ意味ですので、どれを選んでも構いません。




▼完全に同義である「り」と「たり」を使い分けることの意味


 なぜ全く同じ意味の助動詞が二つあるのでしょうか?


 辞書によりますと、歴史的には、当初――上代の頃――は「たり」は存在せず、「り」だけが用いられていたそうです。

 その後、古代の頃に「たり」が加わり、中世になると、今度は「り」があまり使われなくなりました。最終的には「き」「けり」「つ」「ぬ」も全部「たり」に吸収されて、現代語の「た」の原型となるわけですが、六つの過去・完了グループの助動詞の中で最初に消えたのは「り」だったようです。

 しかし、一般的に「古典文法」と言われているものは平安時代の文法が基準となっていますので、古文を勉強する人は「り」「たり」を両方覚えなければいけないわけですね。


 さて、「り」が真っ先に淘汰されのには、主に二つの要因が考えられます。


 一、同じ意味を持つ「たり」の登場。

 二、「たり」に比べると、使い勝手が悪い。


 特に問題となるのは二番目です。

 「たり」はラ変の動詞に使えない、という例外を除けば、かなり現代語「た」に近いニュアンスで使えます。汎用性が高いんですよね(形容詞と形容動詞にも使えませんけれど、そもそもくっつけようという発想の方はおられないと思いますので、その点については本編同様、スルーさせていただきます)。

 一方で、「り」はどうかというと、禁則を覚えるよりも、使える条件を覚えたほうが早いという……。汎用性、何ソレ美味しいの?という世界なのです。


 そんなわけで、当時の人々も面倒くさいと思ったのでしょう、鎌倉文学を代表する『徒然草』『方丈記』や『平家物語』などで既に、使用頻度が減っているのが見て取れます。




▼それでも「り」はしぶとく生き残った


 しかし一方で、和歌の世界においては「り」は重宝される存在であり続けました。

 だって、「たり」と「り」って、まず音数が違うじゃないですか。定型詩である和歌にとって、一音の差というのはきわめて大きいのです。【注13】

 もう一つ、「たり」と「り」は、音数だけでなく響きも明らかに違います。

 活字文化の強い影響下にある現代歌壇では、短歌の表記を強く意識する傾向にありますが、古来、和歌は読みあげて耳で聞くものでした。ですから、響きが違うということも重要なのです。


 美しい古文を紡ぎだすためには「たり」と「り」の併用は欠かせません。

 そして、私がこのエッセイを(文法が大っ嫌いにもかかわらず!←ココ重要)書いているのは、ほれぼれするような中二病の擬似古文が読みたいからなのです。


 というわけで、大変前置きが長くなりましたが――単に私自身が書きたくないので、逃げ回っていたとも言えます(笑)――「り」が忌避される理由となった変な癖、及びその対応策についての説明に入りますね。




 ただ、予想以上に長くなったので、分割して以下次号とさせていただきます。







【注10】

「我、発見せり」

 本当か嘘か知りませんが、アルキメデスがお風呂で比重についてひらめいた時に叫んだという一言ですね。


「自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり」

 オンライン小説から商業出版化され、さらに漫画化・アニメ化とマルチメディア展開している超有名作品……だそうです。実は題名を知っているだけで、読んだことも観たこともありません。ごめんなさい!(超土下座)

 オンライン版の跡地URLは、http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=all_msg&cate=original&all=1507です。


『眠れる森の美女』

 ヨーロッパの民話です。グリムだっけ、ペローだっけ?と思って確認したら、どちらにも入っているんですね。




【注11】

『十二人の怒れる男』

 作者はレジナルド・ローズ。元は一時間の米国テレビドラマでしたが、その後、映画化、舞台化もされました。一番有名なのは、一九五七年にヘンリー・フォンダ主演で製作された映画版だと思います。


「死せる孔明生ける仲達を走らす」

 故事成語?です。本当の原文は少し違うらしいのですが、漢文の白文は読めないので調べられませんでした。申し訳ありません。


『さまよえるオランダ人』

 リヒャルト・ヴァーグナーの楽劇です。


「沈める寺」

 イス伝説を元にしたドビュッシーのピアノ曲です。


禍福(かふく)はあざなえる縄のごとし」

 故事成語。『史記』の一節からだそうです。


『狂へる悪魔』

 スティーブンスンの『ジキル博士とハイド氏』を原作とする映画の邦題です。同作は何度も映画化されていますが、これは一九二〇年のサイレント版にあたります。ジキル博士がハイドに変貌する場面を、主演のジョン・バリモアがメーキャップなしの演技力だけでやってしまっている点が一番知られています。

 でも私は、この邦題もすごいと思うんです。直訳の『ジキル博士とハイド氏』に比べると、はるかにカッコいいですよね!




【注12】

 例えば、「き」も「たり」も取り払って「雷光をまとう剣」にする方法もあります。その場合は次のようになります。


 ――雷光をまとう剣を振り上げ()姿に、一同、地にひれ伏し()

 ――雷光をまとう剣を振り上げ()姿に、一同、地にひれ伏し()()

 ――雷光をまとう剣を振り上げ()()姿に、一同、地にひれ伏し()

 ――雷光をまとう剣を振り上げ()()姿に、一同、地にひれ伏し()()


 まだ「り」を投入していない段階で、これです。あまりに多すぎるので、止めました(笑)




【注13】

 長くなるので具体例はすっ飛ばすことにしました。

 ということで、この注釈はご興味のある方だけどうぞ。

 ここでは先人の名歌をお借りしますと冒涜になってしまいますので、好きに改変できる自作の短歌を使用します。読みづらく理解もしづらいかと存じますが、なにとぞご了承ください。(私の短歌は、残念ながらほとんどの方に評判が悪いんです(苦笑))


 ――この夏の雨は満ち()()今まさに黒茄子の花の小さく咲け()


 この短歌では「たり」と「り」を一回ずつ使用しています。「り」が連体形の「る」になっているのは、この後に何か体言が隠れていますよ~という意味で、最後に余韻を残すという意図があります。音数は「五・七・五・八・七」で、四句が字余りです。


 ではこの歌の「り」を「たり」に差し替えて、どうなるか見てみますね。


 ――この夏の雨は満ち()()今まさに黒茄子の花の小さく咲き()()


 音数が、「五・七・五・八・七」だったのが「五・七・五・八・八」となり、と字余りが一箇所から二箇所に増えてしまいました。しかもこんなに短い短歌でありながら、「たり」が二回も出てきて何だかしつこいですよね。

 では「たり」を「り」に差し替えるとどうなるのでしょうか。


 ――この夏の雨は満て()今まさに黒茄子の花の小さく咲け()


 今度は音数が「五・六・五・八・七」になりました。字足らずと字余りが一回ずつ、ですね。

 結局、音数が一番ましなのは、字余りが一箇所で済んでいる最初のパターンなのです。


 改悪ついでに、「たり」限定にして、かつラストの連体形を終止形に変えたバージョンも披露しておきます。どれほど単調になるか、どうぞ、じっくりとご鑑賞ください(笑)


 ――この夏の雨は満ち()()今まさに黒茄子の花の小さく咲き()()





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